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第一章『放り込まれてきた堕天使』
29 琥太郎の決心
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「君はそう言い切れる証拠を掴んでいるの?」
ジョエルの問いに、琥太郎が爪を噛む仕草をする。
「掴めそうなところだ」
「犯人まで近いってことなの? これまでしてきた違反行動の全てを教えて」
「話してやるけど説教は解決してからにしてくれよな」
不本意そうに渋々見上げられ、ジョエルは頷いた。実際に怒らないかどうかは聞いてから次第だが。
「わかったから」
「ならいい。俺は学園生に聞き取りをした。女も男もどの寮に属しているのかも関係なくな。そこで気になる情報を得た。テストの前期間にジョエルの行動パターンを訊ね回ってた学園生がいたらしい」
ジョエルは瞠目する。思っていたよりしっかりした情報だ。しかもジョエルという自身の名前が出てきたことで手に汗が滲む。
「僕を嗅ぎ回っていた学園生を突き止めたの?」
「無理だった。その点が二つ目の気になるところ」
琥太郎は親指と人差し指を立てて「二」を数えた。
「俺が昼間の聞き込みをしていると必ずシスターの邪魔が入る。昼間だぜ? 他寮の学園生と喋ってるだけで違反行為になるのか?」
「学園に対する批判とか暴力に発展しそうな内容だったり、過激な話じゃなければならない」
「だろ? なんでシスターは俺の犯人探しを止めたんだろうな?」
首をすくめた琥太郎に、ジョエルは戦慄させられた。正確には琥太郎が出した問いの答えにだ。
「俺は犯人探しが学園にとって不都合だってことじゃねぇかなって思うんだ」
「僕の成績を下げたのは学園の意向・・・・・・」
「ああ。そう言われてるようなもんだ。例の学園生は協力者に過ぎないんだろう、テストに手を加えるとなれば学園内である程度の地位を持ってる人間じゃないと無理だと思う」
理屈が通っていて反論できる余地がない。だが最も不可解な問題が残っていた。
「僕の成績なんて下げて得があるんだろうか」
「それを確かめるのに行くんだ。夜中になら学園の中枢に忍び込めるかもしれない」
「なっ、でももうコタローの動きは知られてる。待ち伏せされてるに違いないよ」
「昼間にできないなら夜に行くしかない。あとちょっとなんだ」
異世界の人間だということが、きっと彼の強さの秘訣なのだろう。
この世界の在り方に染まっていない、堕天使の伝承や学園の理を理解していない彼だからこそできる所業なのかもしれない。
決してジョエルにはできないことだ。やろうとも思いつかない。
(コタローも正しいのかもしれない、けどこの世界では僕が正解だよ)
ジョエルは琥太郎の足元にゆっくりと跪いた。
それから彼の手を取り、自分の両の手のひらで包んだ。
「僕のためにありがとうコタロー。けどいいんだよ、僕のためを想うなら今すぐ中止して。僕は学園の決定を受け入れる」
堕天使の身に降りかかる全ては神からの罰であり、堕天使であるオメガは逆らう権利を持たない。素直に罰を受け入れて、贖いに徹することが、ただ赦された行為なのだ。
「ふざけんなっ、お前のためってだけじゃねぇ」
琥太郎が憤然と手を握りしめ見下ろしてくる。
「コタロー、君は間違ってる」
「間違ってんのはお前らだ。変な思想を植えつけられて、それすらにも気づかないでいるジョエルの方がおかしい!」
「・・・・・・気づいてないわけじゃないよ」
「ならなんで、言いなりになってんの?」
「怖いんだよ。言い伝えに過ぎないことを利用されているんだとわかっていても怖いの。僕たちは生まれた時からそう言われて育ってきてるんだから、この脅迫観念からは逃れられないんだよ」
「じゃあ潔くシスターは諦めるんだな? 卒業して塀の外に出たら、ジョエルの父ちゃんみたいな男の家に嫁がなきゃならなくなるかもしれないんだぞ。それこそ恐れてたことなんじゃないのか。だから必死になって頑張ってたんだろ? 本当にいいのかよ」
ジョエルは答えられなくなった。
首を縦に振らなきゃいけないのに、本音が決心を鈍らせる。
固く口を引き結ぶと、琥太郎に肩を抱き寄せられた。不意の出来事で驚き、しかしジェイコブにキスされそうになった時と異なり拒否反応が出ない。
用具部屋で見かけた絡みつくようなそれではなく、友愛による爽やかなハグだとわかっていたからかもしれない。
「ジョエルは何も心配するな。俺が勝手にやってることだ。俺がシーレハウス学園を出て行くために方法を探ってる。お前のことはそのついでだ」
「本気なの?」
ハッとして顔を上げると、ジョエルの顔を見て琥太郎が眉を顰めた。
「まだ不満なのか?」
「そんな表情してない」
「してるから言ってる」
「違う・・・この顔は違う」
ジョエルは下を向き、頬を隠すようにさすった。
不満じゃなくて、寂しいからだ。針金を呑み込んだみたいに息を吸うと胸の中がチクチクする。
琥太郎に出て行かないでほしいと願ってしまったのは、彼に待つ危険を想定してではないのだ。
琥太郎がいなくなった後に自分の隣は空っぽになってしまう。隣にあったはずの存在感の大きさに切なさを覚える。
(監督生に返り咲いてシスターになっても、結局は安寧は消えてしまうの?)
口に出せないくらい、とても自分本位な理由だった。
ジョエルは今夜ごと琥太郎のことを抱き締めて離したくないと思ったのだ・・・・・・。
ジョエルの問いに、琥太郎が爪を噛む仕草をする。
「掴めそうなところだ」
「犯人まで近いってことなの? これまでしてきた違反行動の全てを教えて」
「話してやるけど説教は解決してからにしてくれよな」
不本意そうに渋々見上げられ、ジョエルは頷いた。実際に怒らないかどうかは聞いてから次第だが。
「わかったから」
「ならいい。俺は学園生に聞き取りをした。女も男もどの寮に属しているのかも関係なくな。そこで気になる情報を得た。テストの前期間にジョエルの行動パターンを訊ね回ってた学園生がいたらしい」
ジョエルは瞠目する。思っていたよりしっかりした情報だ。しかもジョエルという自身の名前が出てきたことで手に汗が滲む。
「僕を嗅ぎ回っていた学園生を突き止めたの?」
「無理だった。その点が二つ目の気になるところ」
琥太郎は親指と人差し指を立てて「二」を数えた。
「俺が昼間の聞き込みをしていると必ずシスターの邪魔が入る。昼間だぜ? 他寮の学園生と喋ってるだけで違反行為になるのか?」
「学園に対する批判とか暴力に発展しそうな内容だったり、過激な話じゃなければならない」
「だろ? なんでシスターは俺の犯人探しを止めたんだろうな?」
首をすくめた琥太郎に、ジョエルは戦慄させられた。正確には琥太郎が出した問いの答えにだ。
「俺は犯人探しが学園にとって不都合だってことじゃねぇかなって思うんだ」
「僕の成績を下げたのは学園の意向・・・・・・」
「ああ。そう言われてるようなもんだ。例の学園生は協力者に過ぎないんだろう、テストに手を加えるとなれば学園内である程度の地位を持ってる人間じゃないと無理だと思う」
理屈が通っていて反論できる余地がない。だが最も不可解な問題が残っていた。
「僕の成績なんて下げて得があるんだろうか」
「それを確かめるのに行くんだ。夜中になら学園の中枢に忍び込めるかもしれない」
「なっ、でももうコタローの動きは知られてる。待ち伏せされてるに違いないよ」
「昼間にできないなら夜に行くしかない。あとちょっとなんだ」
異世界の人間だということが、きっと彼の強さの秘訣なのだろう。
この世界の在り方に染まっていない、堕天使の伝承や学園の理を理解していない彼だからこそできる所業なのかもしれない。
決してジョエルにはできないことだ。やろうとも思いつかない。
(コタローも正しいのかもしれない、けどこの世界では僕が正解だよ)
ジョエルは琥太郎の足元にゆっくりと跪いた。
それから彼の手を取り、自分の両の手のひらで包んだ。
「僕のためにありがとうコタロー。けどいいんだよ、僕のためを想うなら今すぐ中止して。僕は学園の決定を受け入れる」
堕天使の身に降りかかる全ては神からの罰であり、堕天使であるオメガは逆らう権利を持たない。素直に罰を受け入れて、贖いに徹することが、ただ赦された行為なのだ。
「ふざけんなっ、お前のためってだけじゃねぇ」
琥太郎が憤然と手を握りしめ見下ろしてくる。
「コタロー、君は間違ってる」
「間違ってんのはお前らだ。変な思想を植えつけられて、それすらにも気づかないでいるジョエルの方がおかしい!」
「・・・・・・気づいてないわけじゃないよ」
「ならなんで、言いなりになってんの?」
「怖いんだよ。言い伝えに過ぎないことを利用されているんだとわかっていても怖いの。僕たちは生まれた時からそう言われて育ってきてるんだから、この脅迫観念からは逃れられないんだよ」
「じゃあ潔くシスターは諦めるんだな? 卒業して塀の外に出たら、ジョエルの父ちゃんみたいな男の家に嫁がなきゃならなくなるかもしれないんだぞ。それこそ恐れてたことなんじゃないのか。だから必死になって頑張ってたんだろ? 本当にいいのかよ」
ジョエルは答えられなくなった。
首を縦に振らなきゃいけないのに、本音が決心を鈍らせる。
固く口を引き結ぶと、琥太郎に肩を抱き寄せられた。不意の出来事で驚き、しかしジェイコブにキスされそうになった時と異なり拒否反応が出ない。
用具部屋で見かけた絡みつくようなそれではなく、友愛による爽やかなハグだとわかっていたからかもしれない。
「ジョエルは何も心配するな。俺が勝手にやってることだ。俺がシーレハウス学園を出て行くために方法を探ってる。お前のことはそのついでだ」
「本気なの?」
ハッとして顔を上げると、ジョエルの顔を見て琥太郎が眉を顰めた。
「まだ不満なのか?」
「そんな表情してない」
「してるから言ってる」
「違う・・・この顔は違う」
ジョエルは下を向き、頬を隠すようにさすった。
不満じゃなくて、寂しいからだ。針金を呑み込んだみたいに息を吸うと胸の中がチクチクする。
琥太郎に出て行かないでほしいと願ってしまったのは、彼に待つ危険を想定してではないのだ。
琥太郎がいなくなった後に自分の隣は空っぽになってしまう。隣にあったはずの存在感の大きさに切なさを覚える。
(監督生に返り咲いてシスターになっても、結局は安寧は消えてしまうの?)
口に出せないくらい、とても自分本位な理由だった。
ジョエルは今夜ごと琥太郎のことを抱き締めて離したくないと思ったのだ・・・・・・。
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