Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

倉藤

文字の大きさ
上 下
28 / 109
第一章『放り込まれてきた堕天使』

28 真夜中の対話

しおりを挟む
 ジョエルは心臓をばくばくさせながら寮に戻り、エントラス前で内心を悟られないよう顔を作った。何気ない顔でいなくちゃと平気なふりをして夕食から入浴、自由時間を過ごす。
 友人たちとおやみなさいを言い合ってベッドに潜り込み、毛布を被ったところまで完璧に演じた。

「ジョエル、おやすみ」
「うん、おやすみなさいコタロー」

 琥太郎が枕元の蝋燭灯を吹き消す。カーテン越しに月明かりが部屋を包み、静かで柔らかい夜の時間がやってくる。
 ジョエルは眠らないままじっとその時を待った。
 すぐに寝息が聴こえてきたけれど、嘘か真かジョエルには判断がつかない。ジェイコブからの入れ知恵がなければ、よく眠っていると疑わずに信用していただろう。

(お願い、何も起きないで、朝まで)

 毛布の下で右手と左手を組み合わせ神に祈る。
 しかし、ジョエルが眠りに誘われ夢の中に片足を突っ込んでしまいそうになった頃、隣のベッドでゴソゴソと毛布を剥ぐ音がした。

(ああ、コタロー・・・・・・嫌だよ、聞いた話を現実にしないで)

 自分は信じていたかったのに。がっくりと胸の内で項垂れ、ジョエルは琥太郎の狙いを阻止するため起き上がった。

「何処に行くつもり?」

 寝ていると思っていたルームメイトが突然起き出したものだから、琥太郎は驚愕に固まる。

「僕は君がこんなことしてないって確信したかっただけなのに、君の真実なんて知りたくなかった」
「俺のこと張ってたのか」
「コタローが悪いんだよ?」
「はぁ?」

 しらばっくれるならまだ理解できる反応だが、何故か喧嘩腰だ。ジョエルに対して本気で怒っている。

(でもそれはおかしいでしょう?)

 怒るのはジョエルの方が正しい。

「自分が何しようとしてるかわかってる?」

 ジョエルはできるだけ声を低くして威厳を保った言い方をした。
 琥太郎の眉が吊り上がる。

「あー、なるほど俺を疑ってんだな?」
「みんなが寝静まった時間に寮を抜け出そうとしてたら誰だって疑うに決まってるでしょ! コタローを怪しんでるのは僕だけじゃないんだよ!」

 この一言には興味を示す。ジョエルはさらに畳み掛けた。

「まさかバレてないと思ってた?」

 琥太郎の喉仏がごくりと大きく上下する。

「学園側が本格的に動き出してくるかもしれない。シスターが夜の巡回を強化しているかもしれないし、今夜外に出れば捕らえられて過酷な尋問を受ける可能性がある。学園生が受ける罰則よりずっとずっと厳しくて辛い」

 そう言い諭し、ジョエルは首を横に振った。

「でも僕は誤解だって知ってる。だって、コタローは別世界のトーキョーから来たんだもんね? それなら怪しまれるようなことしちゃ駄目だよ。お願いだから夜中に学園内を彷徨くのはやめて」
「そうもいかない」

 と、琥太郎は決意を込めた顔で言う。

「自分の身の安全以上に何が重要だっていうんだ!」
「・・・・・・もう少しでわかりそうなんだ」
「わかりそうって何? なんの話をしているの?」

 噛み合わない会話に気が立ってくる。琥太郎と接っしていると滑らかだった心が刺々してばっかり。落ち着いて説得しなきゃならないのにこれでは・・・、テストでも落ちこぼれて、ここでも落第点だ。
 でも、止められない。

「コタローっ、行かせないからね!」

 ジョエルはベッドを飛び降りると琥太郎の背中を羽交い締めにした。

「うおあっ!」

 思いがけない行動を受けて琥太郎が暴れる。

「ンンんーー! このまま朝までだって離さないからっっ」

 すると琥太郎はぴたりと動きを止め、肩を震わせた。
 悔しくて泣いているのかと思ったが、それとは様子が異なる。

「ぶっ・・・くくく、もう無理。頭いいのにこーゆうとこアホっぽいのなんでよ」
「は? 笑わないでよ! 僕はすごく凄く真剣に考えて・・・それで」

 言いながら目尻に涙が滲んできた。恥ずかしい。
 どうでも良くなったわけではないが腕の力が抜けて、琥太郎がするりと身を離した。

「あー、俺が悪かったよ」

 やや乱暴にジョエルは瞼の下をごしごしと擦られる。

「何に謝ってるの」
「ん、全部だ、ぜんぶ」
「面倒くさそうに答えないでよ」
「そうじゃねぇよ。ほれ、鼻水を拭け」
「鼻水なんて垂れ流してないよ!」

 失礼な男だと憤り、昼間のやり取りからジェイコブと比べた。幼い頃から貴族の高等教育を施された彼ならもっとスマートに慰めてくれただろうに。
 しかし認めたくないけれど、琥太郎の手がジョエルの涙を止める一番の特効薬だ。痛いくらいの手つきなのに、少し荒れた手のひらが心地いい。「ちゃんとここに居る」と思わせてくれる皮膚から感じられる体温が嬉しい。

「憎らしいな」

 ジョエルの口から言葉の意味と正反対な声色で呟きが落ちた。

「あ? なんか言ったか?」
「言ってない」
「怒んなよ。今夜は外に出ないから」

 琥太郎がベッドに腰を下ろし、ジョエルを見つめる。

「俺は犯人を探してた。お前のテストの点数に細工した犯人だ」

 ジョエルは耳を疑い、「もう一回言って」と乞う。

「寝ぼけてんのかよ。ジョエルが自分であの点数はあり得ないって泣いてたんだろうが」
「そうだけど、僕のただの負け惜しみでしょ?」
「俺は違うと思うぜ」

 琥太郎の言葉には強い確信と、意志が感じられた。そこには危険を犯してまで寮の外に出ようとする確固たる想いが眠っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

運命なんて知らない[完結]

なかた
BL
Ω同士の双子のお話です。 双子という関係に悩みながら、それでも好きでいることを選んだ2人がどうなるか見届けて頂けると幸いです。 ずっと2人だった。 起きるところから寝るところまで、小学校から大学まで何をするのにも2人だった。好きなものや趣味は流石に同じではなかったけど、ずっと一緒にこれからも過ごしていくんだと当たり前のように思っていた。そう思い続けるほどに君の隣は心地よかったんだ。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

処理中です...