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第一章『放り込まれてきた堕天使』
28 真夜中の対話
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ジョエルは心臓をばくばくさせながら寮に戻り、エントラス前で内心を悟られないよう顔を作った。何気ない顔でいなくちゃと平気なふりをして夕食から入浴、自由時間を過ごす。
友人たちとおやみなさいを言い合ってベッドに潜り込み、毛布を被ったところまで完璧に演じた。
「ジョエル、おやすみ」
「うん、おやすみなさいコタロー」
琥太郎が枕元の蝋燭灯を吹き消す。カーテン越しに月明かりが部屋を包み、静かで柔らかい夜の時間がやってくる。
ジョエルは眠らないままじっとその時を待った。
すぐに寝息が聴こえてきたけれど、嘘か真かジョエルには判断がつかない。ジェイコブからの入れ知恵がなければ、よく眠っていると疑わずに信用していただろう。
(お願い、何も起きないで、朝まで)
毛布の下で右手と左手を組み合わせ神に祈る。
しかし、ジョエルが眠りに誘われ夢の中に片足を突っ込んでしまいそうになった頃、隣のベッドでゴソゴソと毛布を剥ぐ音がした。
(ああ、コタロー・・・・・・嫌だよ、聞いた話を現実にしないで)
自分は信じていたかったのに。がっくりと胸の内で項垂れ、ジョエルは琥太郎の狙いを阻止するため起き上がった。
「何処に行くつもり?」
寝ていると思っていたルームメイトが突然起き出したものだから、琥太郎は驚愕に固まる。
「僕は君がこんなことしてないって確信したかっただけなのに、君の真実なんて知りたくなかった」
「俺のこと張ってたのか」
「コタローが悪いんだよ?」
「はぁ?」
しらばっくれるならまだ理解できる反応だが、何故か喧嘩腰だ。ジョエルに対して本気で怒っている。
(でもそれはおかしいでしょう?)
怒るのはジョエルの方が正しい。
「自分が何しようとしてるかわかってる?」
ジョエルはできるだけ声を低くして威厳を保った言い方をした。
琥太郎の眉が吊り上がる。
「あー、なるほど俺を疑ってんだな?」
「みんなが寝静まった時間に寮を抜け出そうとしてたら誰だって疑うに決まってるでしょ! コタローを怪しんでるのは僕だけじゃないんだよ!」
この一言には興味を示す。ジョエルはさらに畳み掛けた。
「まさかバレてないと思ってた?」
琥太郎の喉仏がごくりと大きく上下する。
「学園側が本格的に動き出してくるかもしれない。シスターが夜の巡回を強化しているかもしれないし、今夜外に出れば捕らえられて過酷な尋問を受ける可能性がある。学園生が受ける罰則よりずっとずっと厳しくて辛い」
そう言い諭し、ジョエルは首を横に振った。
「でも僕は誤解だって知ってる。だって、コタローは別世界のトーキョーから来たんだもんね? それなら怪しまれるようなことしちゃ駄目だよ。お願いだから夜中に学園内を彷徨くのはやめて」
「そうもいかない」
と、琥太郎は決意を込めた顔で言う。
「自分の身の安全以上に何が重要だっていうんだ!」
「・・・・・・もう少しでわかりそうなんだ」
「わかりそうって何? なんの話をしているの?」
噛み合わない会話に気が立ってくる。琥太郎と接っしていると滑らかだった心が刺々してばっかり。落ち着いて説得しなきゃならないのにこれでは・・・、テストでも落ちこぼれて、ここでも落第点だ。
でも、止められない。
「コタローっ、行かせないからね!」
ジョエルはベッドを飛び降りると琥太郎の背中を羽交い締めにした。
「うおあっ!」
思いがけない行動を受けて琥太郎が暴れる。
「ンンんーー! このまま朝までだって離さないからっっ」
すると琥太郎はぴたりと動きを止め、肩を震わせた。
悔しくて泣いているのかと思ったが、それとは様子が異なる。
「ぶっ・・・くくく、もう無理。頭いいのにこーゆうとこアホっぽいのなんでよ」
「は? 笑わないでよ! 僕はすごく凄く真剣に考えて・・・それで」
言いながら目尻に涙が滲んできた。恥ずかしい。
どうでも良くなったわけではないが腕の力が抜けて、琥太郎がするりと身を離した。
「あー、俺が悪かったよ」
やや乱暴にジョエルは瞼の下をごしごしと擦られる。
「何に謝ってるの」
「ん、全部だ、ぜんぶ」
「面倒くさそうに答えないでよ」
「そうじゃねぇよ。ほれ、鼻水を拭け」
「鼻水なんて垂れ流してないよ!」
失礼な男だと憤り、昼間のやり取りからジェイコブと比べた。幼い頃から貴族の高等教育を施された彼ならもっとスマートに慰めてくれただろうに。
しかし認めたくないけれど、琥太郎の手がジョエルの涙を止める一番の特効薬だ。痛いくらいの手つきなのに、少し荒れた手のひらが心地いい。「ちゃんとここに居る」と思わせてくれる皮膚から感じられる体温が嬉しい。
「憎らしいな」
ジョエルの口から言葉の意味と正反対な声色で呟きが落ちた。
「あ? なんか言ったか?」
「言ってない」
「怒んなよ。今夜は外に出ないから」
琥太郎がベッドに腰を下ろし、ジョエルを見つめる。
「俺は犯人を探してた。お前のテストの点数に細工した犯人だ」
ジョエルは耳を疑い、「もう一回言って」と乞う。
「寝ぼけてんのかよ。ジョエルが自分であの点数はあり得ないって泣いてたんだろうが」
「そうだけど、僕のただの負け惜しみでしょ?」
「俺は違うと思うぜ」
琥太郎の言葉には強い確信と、意志が感じられた。そこには危険を犯してまで寮の外に出ようとする確固たる想いが眠っていた。
友人たちとおやみなさいを言い合ってベッドに潜り込み、毛布を被ったところまで完璧に演じた。
「ジョエル、おやすみ」
「うん、おやすみなさいコタロー」
琥太郎が枕元の蝋燭灯を吹き消す。カーテン越しに月明かりが部屋を包み、静かで柔らかい夜の時間がやってくる。
ジョエルは眠らないままじっとその時を待った。
すぐに寝息が聴こえてきたけれど、嘘か真かジョエルには判断がつかない。ジェイコブからの入れ知恵がなければ、よく眠っていると疑わずに信用していただろう。
(お願い、何も起きないで、朝まで)
毛布の下で右手と左手を組み合わせ神に祈る。
しかし、ジョエルが眠りに誘われ夢の中に片足を突っ込んでしまいそうになった頃、隣のベッドでゴソゴソと毛布を剥ぐ音がした。
(ああ、コタロー・・・・・・嫌だよ、聞いた話を現実にしないで)
自分は信じていたかったのに。がっくりと胸の内で項垂れ、ジョエルは琥太郎の狙いを阻止するため起き上がった。
「何処に行くつもり?」
寝ていると思っていたルームメイトが突然起き出したものだから、琥太郎は驚愕に固まる。
「僕は君がこんなことしてないって確信したかっただけなのに、君の真実なんて知りたくなかった」
「俺のこと張ってたのか」
「コタローが悪いんだよ?」
「はぁ?」
しらばっくれるならまだ理解できる反応だが、何故か喧嘩腰だ。ジョエルに対して本気で怒っている。
(でもそれはおかしいでしょう?)
怒るのはジョエルの方が正しい。
「自分が何しようとしてるかわかってる?」
ジョエルはできるだけ声を低くして威厳を保った言い方をした。
琥太郎の眉が吊り上がる。
「あー、なるほど俺を疑ってんだな?」
「みんなが寝静まった時間に寮を抜け出そうとしてたら誰だって疑うに決まってるでしょ! コタローを怪しんでるのは僕だけじゃないんだよ!」
この一言には興味を示す。ジョエルはさらに畳み掛けた。
「まさかバレてないと思ってた?」
琥太郎の喉仏がごくりと大きく上下する。
「学園側が本格的に動き出してくるかもしれない。シスターが夜の巡回を強化しているかもしれないし、今夜外に出れば捕らえられて過酷な尋問を受ける可能性がある。学園生が受ける罰則よりずっとずっと厳しくて辛い」
そう言い諭し、ジョエルは首を横に振った。
「でも僕は誤解だって知ってる。だって、コタローは別世界のトーキョーから来たんだもんね? それなら怪しまれるようなことしちゃ駄目だよ。お願いだから夜中に学園内を彷徨くのはやめて」
「そうもいかない」
と、琥太郎は決意を込めた顔で言う。
「自分の身の安全以上に何が重要だっていうんだ!」
「・・・・・・もう少しでわかりそうなんだ」
「わかりそうって何? なんの話をしているの?」
噛み合わない会話に気が立ってくる。琥太郎と接っしていると滑らかだった心が刺々してばっかり。落ち着いて説得しなきゃならないのにこれでは・・・、テストでも落ちこぼれて、ここでも落第点だ。
でも、止められない。
「コタローっ、行かせないからね!」
ジョエルはベッドを飛び降りると琥太郎の背中を羽交い締めにした。
「うおあっ!」
思いがけない行動を受けて琥太郎が暴れる。
「ンンんーー! このまま朝までだって離さないからっっ」
すると琥太郎はぴたりと動きを止め、肩を震わせた。
悔しくて泣いているのかと思ったが、それとは様子が異なる。
「ぶっ・・・くくく、もう無理。頭いいのにこーゆうとこアホっぽいのなんでよ」
「は? 笑わないでよ! 僕はすごく凄く真剣に考えて・・・それで」
言いながら目尻に涙が滲んできた。恥ずかしい。
どうでも良くなったわけではないが腕の力が抜けて、琥太郎がするりと身を離した。
「あー、俺が悪かったよ」
やや乱暴にジョエルは瞼の下をごしごしと擦られる。
「何に謝ってるの」
「ん、全部だ、ぜんぶ」
「面倒くさそうに答えないでよ」
「そうじゃねぇよ。ほれ、鼻水を拭け」
「鼻水なんて垂れ流してないよ!」
失礼な男だと憤り、昼間のやり取りからジェイコブと比べた。幼い頃から貴族の高等教育を施された彼ならもっとスマートに慰めてくれただろうに。
しかし認めたくないけれど、琥太郎の手がジョエルの涙を止める一番の特効薬だ。痛いくらいの手つきなのに、少し荒れた手のひらが心地いい。「ちゃんとここに居る」と思わせてくれる皮膚から感じられる体温が嬉しい。
「憎らしいな」
ジョエルの口から言葉の意味と正反対な声色で呟きが落ちた。
「あ? なんか言ったか?」
「言ってない」
「怒んなよ。今夜は外に出ないから」
琥太郎がベッドに腰を下ろし、ジョエルを見つめる。
「俺は犯人を探してた。お前のテストの点数に細工した犯人だ」
ジョエルは耳を疑い、「もう一回言って」と乞う。
「寝ぼけてんのかよ。ジョエルが自分であの点数はあり得ないって泣いてたんだろうが」
「そうだけど、僕のただの負け惜しみでしょ?」
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