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第十二回 未経験の範囲
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その日、モチルンの買い物への同行を終えて事務所へ帰ると、由紀が一通の封筒を差し出してきた。
「手紙、届いてたわよ」
「僕への……ですか?」
渡されたのは、いたって普通の茶封筒。
切手がとても丁寧に貼られているところから察するに、送り主は真面目な性格の者なのだろう。
しかし、僕に手紙を送ってくる者なんて、心当たりがない。
「そうだよ! ちゃんと、岩山手様って書いてあるから!」
「あ、はい。ありがとうございます」
封筒を渡してくれた由紀に感謝の意を述べ、それから、手の中にある茶封筒をじっと見つめる。
縦長のどこにでもありそうな茶封筒で、口はしっかりと糊付けされている。
今は、事務所には、由紀と自分しかいない。彼女は自分用の机を持っているため、きちんとした席がある。だから大丈夫だろうと思い、僕は、すぐ近くにあった椅子に腰を下ろした。
それから、糊付けされている部分を、手で丁寧に開ける。
しっかりと封されていたため、少々時間がかかってしまった。が、破ることなく綺麗に開けることができた。
多少苦労はしたが、努力して良かった。
「ん……?」
ありふれた茶封筒の中から出てきたのは、便箋。真四角の便箋だ。半分に折って封筒の中に入っていたため、便箋のちょうど真ん中辺りにはくっきりと線が入ってしまっている。
誰からのものなのだろう?
その答えを知るべく、僕は、開封してから改めて封筒を見た。
封筒の裏側を、である。
「あっ」
そこには『A115』との文字が。
どうやら、彼からの手紙らしい。
僕はすぐに、便箋へと視線を戻す。そして、そこに書かれた丁寧な文字を、ゆっくりと読み始めた。
最初はきっちりとした挨拶から始まっていて、彼らしい手紙だなと思った。いきなり本題を書き出すのではなく、敢えて一旦落ち着いて挨拶文を書いているところが、非常に彼らしい。
そこから、話は自然と本題へ移ってゆく。
本題——そう、それは、周囲から仕事を押し付けられてしまうことへの対策を実践した結果だ。
『先日、仕事を頼まれそうになった際、勇気を出して断ってみました。遠回しな言い方をするのも後々問題を生みそうなので、思いきって、正直なところを打ち明けてみたのです。すると、意外にも受け入れてもらうことができました』
そんなことが書いてある。
『全員に分かってもらうことはまだできていません。しかし、もっと早く言ってくれたら良かったのに、と言ってくれた人もいました。勇気を出してみて良かったです』
僕はあの時、A115の気持ちに寄り添えなかった。きちんと聞くことが一番大事だと習っていたにもかかわらず、感情的になり、ついきつい言い方をしてしまった。彼の悩みを軽くすることが一番大切なことだというのに。逆に傷つけてしまったかもしれない、と、そんな風に感じ、不安だった。
でも、少しは彼のためになったのかもしれない。
感謝を綴られた便箋を見ていたら、そう感じることができた。
もっとも、ただの都合のいい解釈かもしれないけれど。
「岩山手くんっ」
「え! えっ!?」
A115からの感謝の手紙を読んでほっこりしていたところ、由紀が急に声をかけてきた。僕はそのことに動揺し、情けない態度をとってしまう。
「何だか嬉しそうね」
「え、あ、いや! そんなことは!」
「良い手紙だったの?」
由紀は僕の手元を覗き込んでくる。
彼女の髪が、微かに僕の頬を掠めた。
「あ、えっと……この前の方からの手紙で」
女性の髪が頬に触れたことなんて、今まで一度もない。それだけに、僕はかなり動揺してしまっている。落ち着いているようになんて、とても装えない。
「あ! A115さんね!」
「は、はい」
返事すらまともにはできない。
いい年してかっこ悪いな、と内心思う。だが、慣れていないものはどうしようもないのだ。
「もしかしてこれ、お礼の手紙?」
「そっ……そうです」
「ふふっ。良かったね!」
A115のために何かできたということは嬉しい。彼の幸福のために、少しでも力を貸せたという事実は、他のものには代えられない嬉しさがある。いや、達成感と言うべきか。
だが、今はそんなことよりも、女性が近くにいるということで頭がいっぱいだ。
……笑われるかもしれないが。
「手紙、届いてたわよ」
「僕への……ですか?」
渡されたのは、いたって普通の茶封筒。
切手がとても丁寧に貼られているところから察するに、送り主は真面目な性格の者なのだろう。
しかし、僕に手紙を送ってくる者なんて、心当たりがない。
「そうだよ! ちゃんと、岩山手様って書いてあるから!」
「あ、はい。ありがとうございます」
封筒を渡してくれた由紀に感謝の意を述べ、それから、手の中にある茶封筒をじっと見つめる。
縦長のどこにでもありそうな茶封筒で、口はしっかりと糊付けされている。
今は、事務所には、由紀と自分しかいない。彼女は自分用の机を持っているため、きちんとした席がある。だから大丈夫だろうと思い、僕は、すぐ近くにあった椅子に腰を下ろした。
それから、糊付けされている部分を、手で丁寧に開ける。
しっかりと封されていたため、少々時間がかかってしまった。が、破ることなく綺麗に開けることができた。
多少苦労はしたが、努力して良かった。
「ん……?」
ありふれた茶封筒の中から出てきたのは、便箋。真四角の便箋だ。半分に折って封筒の中に入っていたため、便箋のちょうど真ん中辺りにはくっきりと線が入ってしまっている。
誰からのものなのだろう?
その答えを知るべく、僕は、開封してから改めて封筒を見た。
封筒の裏側を、である。
「あっ」
そこには『A115』との文字が。
どうやら、彼からの手紙らしい。
僕はすぐに、便箋へと視線を戻す。そして、そこに書かれた丁寧な文字を、ゆっくりと読み始めた。
最初はきっちりとした挨拶から始まっていて、彼らしい手紙だなと思った。いきなり本題を書き出すのではなく、敢えて一旦落ち着いて挨拶文を書いているところが、非常に彼らしい。
そこから、話は自然と本題へ移ってゆく。
本題——そう、それは、周囲から仕事を押し付けられてしまうことへの対策を実践した結果だ。
『先日、仕事を頼まれそうになった際、勇気を出して断ってみました。遠回しな言い方をするのも後々問題を生みそうなので、思いきって、正直なところを打ち明けてみたのです。すると、意外にも受け入れてもらうことができました』
そんなことが書いてある。
『全員に分かってもらうことはまだできていません。しかし、もっと早く言ってくれたら良かったのに、と言ってくれた人もいました。勇気を出してみて良かったです』
僕はあの時、A115の気持ちに寄り添えなかった。きちんと聞くことが一番大事だと習っていたにもかかわらず、感情的になり、ついきつい言い方をしてしまった。彼の悩みを軽くすることが一番大切なことだというのに。逆に傷つけてしまったかもしれない、と、そんな風に感じ、不安だった。
でも、少しは彼のためになったのかもしれない。
感謝を綴られた便箋を見ていたら、そう感じることができた。
もっとも、ただの都合のいい解釈かもしれないけれど。
「岩山手くんっ」
「え! えっ!?」
A115からの感謝の手紙を読んでほっこりしていたところ、由紀が急に声をかけてきた。僕はそのことに動揺し、情けない態度をとってしまう。
「何だか嬉しそうね」
「え、あ、いや! そんなことは!」
「良い手紙だったの?」
由紀は僕の手元を覗き込んでくる。
彼女の髪が、微かに僕の頬を掠めた。
「あ、えっと……この前の方からの手紙で」
女性の髪が頬に触れたことなんて、今まで一度もない。それだけに、僕はかなり動揺してしまっている。落ち着いているようになんて、とても装えない。
「あ! A115さんね!」
「は、はい」
返事すらまともにはできない。
いい年してかっこ悪いな、と内心思う。だが、慣れていないものはどうしようもないのだ。
「もしかしてこれ、お礼の手紙?」
「そっ……そうです」
「ふふっ。良かったね!」
A115のために何かできたということは嬉しい。彼の幸福のために、少しでも力を貸せたという事実は、他のものには代えられない嬉しさがある。いや、達成感と言うべきか。
だが、今はそんなことよりも、女性が近くにいるということで頭がいっぱいだ。
……笑われるかもしれないが。
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