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第三章

4 sideローレンツ

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「だって、私聞いちゃったんだもん。先生が、『いっそのこと元の世界に帰ってくれたらよかったのに』って言ってるの……そんなに迷惑なら、もう関わらずに生きていくから」
「それは違う!」
 よりにもよってそんな部分を聞かれていたのかと思って、ローレンツは焦った。そんなことを聞いてしまえば、サーヤが傷つくのも当然だ。
 だが、今ここで正しい意味を伝えるわけにはいかなかった。自分以外の相手を想っていることに嫉妬してあんな発言をしただなんて、かっこ悪すぎて知られるわけにはいかない。
「あー……あまりにいたたまれないから俺、口挟んじゃいますね」
 それまでずっと黙って気配を殺していたライマーが、気まずそうに口を開いた。
 そういえば彼をそのままにしてしまっていたと思い出し、何とも言えない気分になったが、ローレンツよりも彼のほうがよほど居心地が悪かっただろう。
 〝無害です〟と印象づけるためであろう笑みを顔に貼りつけ、怒りと悲しみではち切れんばかりのサーヤをなだめるような仕草をする。
「サーヤちゃんは、ローレンツ様にいろいろ口出しされて面白くないんだと思うけど、俺はローレンツ様の気持ちがわかるな。自覚はないのかもしれないけど、君ってば本当に可愛いんだよ? しかも渡り人だから、この国では唯一無二ってことだし。君みたいな可愛い子と付き合いたいなーって思ったって、君の代わりはどこにもいないわけ。つまり、競争率が高いってことなんだよな。だから、君を狙ってるやつがたくさんいて、君を守りたいローレンツ様は気が気じゃないわけ」
 口が上手そうな男だなと感じていたが、ライマーはそんなことをさらりと言ってのけた。サーヤはその言葉を丸々信じたわけではなさそうだが、先ほどまで刺々しい雰囲気だったのが、少し柔らかくなる。
 どうやら聞く耳を持ってもらえそうな空気になったのを感じて、ローレンツは誤解を解こうと口を開く。
「私がなぜ、『いっそのこと元の世界に帰ってくれたらよかったのに』と言ったかというと、あまりにもサーヤが心配だったからなんだ。もちろん、会えなくなるのはつらいし、元の世界でも危険はあるだろう。だが、この国に残ることで生じる危険もある。だから心配で……様々な危険から遠ざけてやりたいと思って、つい口うるさくしてしまった」
「先生……」
 ライマーのとりなしのおかげでか、ローレンツの言葉は何とかサーヤに届いたようだ。悲しそうだった顔に、うっすらと安堵の表情が浮かぶ。それを見て、ローレンツもほっとした。
 真実は伏せつつも、彼女を大切に思っているのを伝えることができてよかった。
「というわけでサーヤちゃんはいろんなやつから狙われて危ないから、家までローレンツ様に送ってもらいなね」
 何とか場の空気が整ったことで、ライマーはそそくさと退散しようとする。それを見てローレンツは焦った。自分が割って入ったことで、サーヤと彼との時間を邪魔してしまったことに、今さらながら気がついたのだ。
「送るって、私がか? それは君の役目じゃないのか?」
「俺の役目じゃないんです。俺こそ、サーヤちゃんの何でもないんで! というより、俺はターニャちゃん狙いなんで」
 言うや否や、ライマーは手を振りながら逃げるように去っていった。残されたローレンツはほっとしたような拍子抜けしたような感じで、一気に気が抜けてしまった。
「……というわけだから、家まで送ろう。まだ明るい時間帯とはいえ、せっかく一緒にいるわけだし」
「うん!」
 格好がつかない申し出になってしまったが、サーヤが気にしている様子はない。誤解が解けたことで元気になったようで、いつもと同じように見える。
 駆けつけたとき、ライマーともめているように見えたのがなぜなのか気になったが、せっかく機嫌が直ったことを思うと、聞き出せなかった。それに、彼がサーヤを送る仲でもないというのなら、今日のところはそれでいいということにしておいたほうがいいだろう。
「サーヤ、私が君のことを大切に思っているのは、どんなときでも忘れないでいてくれ」
「……わかった」
 歩きながら、さんざん悩んでようやく伝えられた言葉に、サーヤはふんわり笑って頷いた。
 どうあったとしても、今後もこの笑顔だけは守り抜こうと改めて決意した。

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