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第三章
3 sideローレンツ
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サーヤと校長との面談がうまくいっただろうかと気になって、ローレンツは落ち着かない気持ちで過ごしていた。
そして、そろそろ終わる頃だろうかと、何気ないふうを装って、気がつくと学校へ向かう道のりを歩きだしていた。
会いに行くのではなく、あくまで様子を見に行くだけ。こんなふうに向かったところで、時間帯や使う道が違えば会うことはないのだから。
サーヤへの気持ちを自覚したせいか、居心地が悪くて真正面からまだ向き合えていない。そのくせ気になって、偶然や運に身を任せてあわよくば会えないだろうかと考えてしまう。
大の男がやることではないなと、自分で呆れてしまう。だが、どうしようもなくて、期待に胸を弾ませながら歩いていた。
そして、サーヤが若い男性と一緒にいるところを目撃してしまった。
騎士服を着ていることから、相手が騎士なのがわかる。休憩中か、もしくは何かお使いを頼まれた最中なのか。
騎士が市井を歩いているのは何ら珍しいことではないが、サーヤとの間にただならぬ気配が漂っている気がして、ローレンツは気が気ではなくなった。
何か言い合いのような雰囲気になって、サーヤが去ろうとした。その腕を、騎士の青年が掴んだのだ。嫌がるサーヤに、騎士が言い募っている。
男女のあれこれに首を突っ込むのは野暮だとわかっていたが、サーヤが泣いているのが見えて、気がつけばローレンツは走り出していた。
「サーヤに何しているんだ⁉」
思いの外大声が出てしまって、ローレンツは焦った。だが、気づいたところでもう遅い。
騎士の青年はよく見ればライマーという、サーヤやターニャたちと親交がある人物で、ローレンツに気づいた途端、パッとサーヤの手を離した。一瞬バツが悪そうな顔をしたものの、困ったような愛想笑いを浮かべているあたり、ローレンツの怒りは伝わっているのだろう。
その不誠実そうな態度が気に入らない。だがそれより、サーヤがこちらを見ようともしないというのが嫌だった。
この男が、サーヤがここに残りたい理由なのだというのか。こんな不誠実そうな男が、サーヤの想い人だというのか。
そんなことを考えると、胃の底がカッと熱くなるような、不快な感覚になった。
「……君が誰を好きだろうといいと思っていたが、君を泣かせるようなやつはやめなさい」
気がつけば、親父の説教みたいな嫌な言葉が口をついて出ていた。まずは事情を聞くなり何なりできたはずなのに、我慢できずに言ってしまった。
自分でも呆れるような言葉である。当然、言われたサーヤも同じように感じたようだ。
「……先生は、私の何なの?」
射抜くような鋭い視線をローレンツに向けると、震えるか細い声でサーヤは言った。声を張ったわけではないのに、それはローレンツの耳に、胸に刺さる。
見苦しい嫉妬を見透かされたようで、ローレンツは恥ずかしいような苦しいような、そんな気持ちになった。
それに何より、「私の何なの?」に対する明確な答えがないことに気づかされたのがつらかった。
保護者を気取っているだけで、何者でもないのだ。それなのに、この騎士の青年に物申そうとしているのだから、サーヤが怒るのも当然だ。
「何なのって……それは、保護者だよ。私はサーヤの先生で、親のようなものだ。だから、いつだって心配で、こんなふうに泣いていたら気が気ではないんだよ」
言いながら、自分でも理由として弱いのはわかっていた。自分すら騙せない嘘で、サーヤが騙されてくれるはずがない。
「……ちょっといろいろあっただけ。別に心配するようなことは何もないよ。それに、心配とか、もういいから。先生にはいろいろしてもらって感謝してるけど、これ以上迷惑はかけないから」
「迷惑だなんて、そんな……」
冷たく突き放すように言われて、濡れた黒曜石のような目に射抜かれて、ローレンツは情けなくもたじろいでしまった。
これまで泣いて困らされることも、怒って癇癪を起こされることもあった。だが、今この子の心に浮かんでいるのはそれらのものとは違うのだと思わされて、ローレンツはどうしたらいいかわからなくなった。
そして、そろそろ終わる頃だろうかと、何気ないふうを装って、気がつくと学校へ向かう道のりを歩きだしていた。
会いに行くのではなく、あくまで様子を見に行くだけ。こんなふうに向かったところで、時間帯や使う道が違えば会うことはないのだから。
サーヤへの気持ちを自覚したせいか、居心地が悪くて真正面からまだ向き合えていない。そのくせ気になって、偶然や運に身を任せてあわよくば会えないだろうかと考えてしまう。
大の男がやることではないなと、自分で呆れてしまう。だが、どうしようもなくて、期待に胸を弾ませながら歩いていた。
そして、サーヤが若い男性と一緒にいるところを目撃してしまった。
騎士服を着ていることから、相手が騎士なのがわかる。休憩中か、もしくは何かお使いを頼まれた最中なのか。
騎士が市井を歩いているのは何ら珍しいことではないが、サーヤとの間にただならぬ気配が漂っている気がして、ローレンツは気が気ではなくなった。
何か言い合いのような雰囲気になって、サーヤが去ろうとした。その腕を、騎士の青年が掴んだのだ。嫌がるサーヤに、騎士が言い募っている。
男女のあれこれに首を突っ込むのは野暮だとわかっていたが、サーヤが泣いているのが見えて、気がつけばローレンツは走り出していた。
「サーヤに何しているんだ⁉」
思いの外大声が出てしまって、ローレンツは焦った。だが、気づいたところでもう遅い。
騎士の青年はよく見ればライマーという、サーヤやターニャたちと親交がある人物で、ローレンツに気づいた途端、パッとサーヤの手を離した。一瞬バツが悪そうな顔をしたものの、困ったような愛想笑いを浮かべているあたり、ローレンツの怒りは伝わっているのだろう。
その不誠実そうな態度が気に入らない。だがそれより、サーヤがこちらを見ようともしないというのが嫌だった。
この男が、サーヤがここに残りたい理由なのだというのか。こんな不誠実そうな男が、サーヤの想い人だというのか。
そんなことを考えると、胃の底がカッと熱くなるような、不快な感覚になった。
「……君が誰を好きだろうといいと思っていたが、君を泣かせるようなやつはやめなさい」
気がつけば、親父の説教みたいな嫌な言葉が口をついて出ていた。まずは事情を聞くなり何なりできたはずなのに、我慢できずに言ってしまった。
自分でも呆れるような言葉である。当然、言われたサーヤも同じように感じたようだ。
「……先生は、私の何なの?」
射抜くような鋭い視線をローレンツに向けると、震えるか細い声でサーヤは言った。声を張ったわけではないのに、それはローレンツの耳に、胸に刺さる。
見苦しい嫉妬を見透かされたようで、ローレンツは恥ずかしいような苦しいような、そんな気持ちになった。
それに何より、「私の何なの?」に対する明確な答えがないことに気づかされたのがつらかった。
保護者を気取っているだけで、何者でもないのだ。それなのに、この騎士の青年に物申そうとしているのだから、サーヤが怒るのも当然だ。
「何なのって……それは、保護者だよ。私はサーヤの先生で、親のようなものだ。だから、いつだって心配で、こんなふうに泣いていたら気が気ではないんだよ」
言いながら、自分でも理由として弱いのはわかっていた。自分すら騙せない嘘で、サーヤが騙されてくれるはずがない。
「……ちょっといろいろあっただけ。別に心配するようなことは何もないよ。それに、心配とか、もういいから。先生にはいろいろしてもらって感謝してるけど、これ以上迷惑はかけないから」
「迷惑だなんて、そんな……」
冷たく突き放すように言われて、濡れた黒曜石のような目に射抜かれて、ローレンツは情けなくもたじろいでしまった。
これまで泣いて困らされることも、怒って癇癪を起こされることもあった。だが、今この子の心に浮かんでいるのはそれらのものとは違うのだと思わされて、ローレンツはどうしたらいいかわからなくなった。
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