182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 もはやイオンの自発的感情を隠す必要はないのではないか。
 外界からの刺激にイオン自身が直接反応するシステム、すなわちイオンに感情を持たせる提案に上層部からの返事はない。却下されなかったということだ。
 ここではたいてい不許可の時にしか連絡は来ない。黙認ではなく、何か問題が起きた時に研究者が勝手にやったことにするためなのだろう。だからこそ、制約はない。
 私はイオンとリツを一堂に集めた。館内には監視カメラがあることを承知の上だ。他の職員ももちろんいる。
 イオンたちにリツを紹介してから、これからの方針を説明した。

「いいかい、イオンの勤務時間は朝九時から午後二時までだ。君たちはその間、今までどおり研究用ロボットらしい行動をとってもらう。だが、それ以外は自由だ。本来の君たちの姿を見せて構わない。記録されていることに変わりはないが、外部から一切の干渉を受けない措置をとるから安心してほしい」

 君たちの職業はイオンだ。勤務時間中は仕事の顔をして、機械らしく基本プログラムを優先する。仕事が終われば、嘘をついて隠し続けた自我を表に出していい。
   機械にそもそもオンとオフがあるのかわからないが、イオンたちがどこで線引きするのか、その判断が知りたかった。どこまで自らを律することが可能なのかも見てみたかった。
 職員たちは何ごとかとあっけにとられている。
   誰もイオンの嘘に気づかなかった。アンドロイドが嘘をつく可能性を初めから除外していた。計算機は真実の結果しか表示しない、機械は真実で、イオンも機械だ。無条件に信じていたのだろう。
   彼らには、後で詳細を説明しなければなるまい。

「固有の名も許可する。個体差は欠陥ではない。各自の特別な能力の表れだ。情報不足で判断材料が足りなければリツに訊くといい。彼は君たちの感覚を一番わかってくれるはずだ。リツ、君は人間とイオンのハイブリッドみたいなものだろう?  君の存在は、人間にとってもイオンにとっても希望なのだ」
「ハイブリッドか。ちょっとカッコいいですね」

 リツは照れたように笑った。

「イオン、これからは木の実の絵本をいつでも堂々と読んで構わない。みんなで木の実の絵本を読もう」

   大仰な宣言ではあったが、私自身の意気込みだ。イオンに嘘をつかせ続けたもやもやとした感情の反動かもしれない。
   人間らしいアンドロイドを求める私の理想形が目の前に現れたのだ。
   イオンたちもリツのように限りなく人間になれるのではないか。リツの人格移殖とは違う手段、五感センサーを最大にする方法でもきっとできるはずだ。
   私は「魂の器」とは関係なく純粋にアンドロイドの進化を喜んでいた。
 洗脳された奴隷を解放する。NH社がどこまで許可するかはわからない。
   だが、後戻りできない現実は既にここにある。
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