98 / 197
1974ー2039 大村修一
51-(3)
しおりを挟む
「あなたには、大村としての時間がもう残されていない。でも、イオンはまだ不完全だ。魂の手動運転は可能でも、ボディが追いついていない! あれじゃあ自由に動けない」
「……ずいぶんと詳しいではないか」
「ブラックボックスの中は全部見たし、ボディもあっちの研究棟で設計を全部見てきました。なんでもっと早くできない? なんで改良が進まない? ここは変な制約なんてないんだ。いくらでも進めて構わないんだ! なぜそれくらいできない⁉︎」
相馬の憤りには諦めが混じっていた。きっと、これまでの人生のほとんどをこうして憤り、諦めてきたのだろう。
私の手にしがみついたまま泣く相馬の肩に、そっと頭を寄せて乗せた。
「誰も怠けてはいない。だから直接怒らない相馬君は偉いよ。君と同じ速さで走ってくれる人はいない。君は孤独か。寂しかったか」
「……僕は、教授に追いつけなくて悔しかった」
「ククッ。わがままだな。君になら安心してイオンを託せる」
「それは本心ですか?」
「……」
「シキ、あなたなら自分で完成させたいはずだ。あなたはまだ生きたい。もっと未来を見たい。あなたは往生際が悪いから、他に身体があればすぐに乗り移って生き続けるはずだ」
「なぜそんなことがわかる?」
「わかりますよ。だって、僕も絶対同じことをするだろうから」
「相馬……」
相馬は私に性質が良く似ていた。その熱を分身のように感じることさえあった。
「僕はイオンに関してあなたほどのアイデアを持っていない。たぶん魂の移動もできない。あなたには、その能力とチャンスがある」
「だからと言って君が犠牲になることはないだろう?」
「誰が犠牲ですか? 僕、そこまで献身的な愛は持ち合わせていませんよ。僕の愛は、相手を食い尽くすまで自分のものにしたいっていう傲慢な独占欲なんです。あなたを僕にできる。もう、愛の極致でしょう。それに、僕はせっかちなんです。あなたに魂を突き飛ばしてもらって、今すぐあの世を見てみたい」
「何をバカなことを……」
「あなたの話を僕は信じた。いや、確信した。だから言うんです。ただのオカルトで確証のないことなら、試す気なんてありませんよ。僕とシキはウィンウィンの関係だ」
相馬は抱きつくようにして私の頬にそっと手を当てた。
「気づいていますか? あなたは僕の身体を奪えることを前提に話している。そもそも身体の乗っ取りができないなら、僕は死なないんだ。試したって問題ないでしょう?」
頰に当てた手が動いて、私の鼻と口を覆うような仕草をする。
「あなたの息を止める。あなたは、その苦しみの中で僕に乗り移る。あなたが僕の身体を奪えなければ、僕は無理心中を図った殺人犯として人生を終える。その覚悟はできている」
相馬は真剣だった。天才の変人が自分の策に溺れると、こうも平気で狂気に走れるのか。
「そうか。因果だな……。永劫回帰、か。前に話さなかったか? 吉澤識は、護衛の男に懸想されて無理心中で殺されたと。そう処理されて、まともに葬式すら出されず、みごとに存在を消された」
「それは……申し訳ありません。僕は懸想しても、怖くてあなたに触れることすらできなかった」
「いきなり全裸で押し倒しただろう」
「あれは監視カメラへのアピールですよ」
相馬は恥じらいもなく、手柄のように笑った。
「君に家族はいないのか?」
「独身です。恋人も子供もいませんよ。そうでなければ、こんな怪し過ぎるNH社なんかに就職していません」
「そうか」
互いの意志は固まっていた。
私は何をしようとしているのか。私は、相馬をそそのかしてしまったのではないのか。
はっきりとわかるのは、卑屈で錆びついた魂が再び輝きを取り戻していたことだ。
生きたい。
この世に生きるとは命を奪い続けることだ。罪を重ね続けることだ。生き続けようとする限り、後悔はできないのだ。
「自然な老衰に見せなければならない」
私は相馬の手首を掴みながら、静かに伝えた。相馬は満足そうな笑顔を見せてうなずいた。
「わかっています」
「相馬……智律……」
「はい……」
相馬の手が震えている。
私の死を怖れてか。自らの死を怖れてか。我々は、バカの同志だな。
「君が出ていく前に……その身体の中でなら……魂と魂が直接触れ合うことはできる……」
「それは楽しみです」
泣く。それはどんな感情の表出か。
幾重にも幾重にも想いを積み重ねた果てに現れた感情を、何と呼べば全てが伝わるのだろう。
私は、ベッドに横たわる大村修一の涙をそっと拭った。
「……ずいぶんと詳しいではないか」
「ブラックボックスの中は全部見たし、ボディもあっちの研究棟で設計を全部見てきました。なんでもっと早くできない? なんで改良が進まない? ここは変な制約なんてないんだ。いくらでも進めて構わないんだ! なぜそれくらいできない⁉︎」
相馬の憤りには諦めが混じっていた。きっと、これまでの人生のほとんどをこうして憤り、諦めてきたのだろう。
私の手にしがみついたまま泣く相馬の肩に、そっと頭を寄せて乗せた。
「誰も怠けてはいない。だから直接怒らない相馬君は偉いよ。君と同じ速さで走ってくれる人はいない。君は孤独か。寂しかったか」
「……僕は、教授に追いつけなくて悔しかった」
「ククッ。わがままだな。君になら安心してイオンを託せる」
「それは本心ですか?」
「……」
「シキ、あなたなら自分で完成させたいはずだ。あなたはまだ生きたい。もっと未来を見たい。あなたは往生際が悪いから、他に身体があればすぐに乗り移って生き続けるはずだ」
「なぜそんなことがわかる?」
「わかりますよ。だって、僕も絶対同じことをするだろうから」
「相馬……」
相馬は私に性質が良く似ていた。その熱を分身のように感じることさえあった。
「僕はイオンに関してあなたほどのアイデアを持っていない。たぶん魂の移動もできない。あなたには、その能力とチャンスがある」
「だからと言って君が犠牲になることはないだろう?」
「誰が犠牲ですか? 僕、そこまで献身的な愛は持ち合わせていませんよ。僕の愛は、相手を食い尽くすまで自分のものにしたいっていう傲慢な独占欲なんです。あなたを僕にできる。もう、愛の極致でしょう。それに、僕はせっかちなんです。あなたに魂を突き飛ばしてもらって、今すぐあの世を見てみたい」
「何をバカなことを……」
「あなたの話を僕は信じた。いや、確信した。だから言うんです。ただのオカルトで確証のないことなら、試す気なんてありませんよ。僕とシキはウィンウィンの関係だ」
相馬は抱きつくようにして私の頬にそっと手を当てた。
「気づいていますか? あなたは僕の身体を奪えることを前提に話している。そもそも身体の乗っ取りができないなら、僕は死なないんだ。試したって問題ないでしょう?」
頰に当てた手が動いて、私の鼻と口を覆うような仕草をする。
「あなたの息を止める。あなたは、その苦しみの中で僕に乗り移る。あなたが僕の身体を奪えなければ、僕は無理心中を図った殺人犯として人生を終える。その覚悟はできている」
相馬は真剣だった。天才の変人が自分の策に溺れると、こうも平気で狂気に走れるのか。
「そうか。因果だな……。永劫回帰、か。前に話さなかったか? 吉澤識は、護衛の男に懸想されて無理心中で殺されたと。そう処理されて、まともに葬式すら出されず、みごとに存在を消された」
「それは……申し訳ありません。僕は懸想しても、怖くてあなたに触れることすらできなかった」
「いきなり全裸で押し倒しただろう」
「あれは監視カメラへのアピールですよ」
相馬は恥じらいもなく、手柄のように笑った。
「君に家族はいないのか?」
「独身です。恋人も子供もいませんよ。そうでなければ、こんな怪し過ぎるNH社なんかに就職していません」
「そうか」
互いの意志は固まっていた。
私は何をしようとしているのか。私は、相馬をそそのかしてしまったのではないのか。
はっきりとわかるのは、卑屈で錆びついた魂が再び輝きを取り戻していたことだ。
生きたい。
この世に生きるとは命を奪い続けることだ。罪を重ね続けることだ。生き続けようとする限り、後悔はできないのだ。
「自然な老衰に見せなければならない」
私は相馬の手首を掴みながら、静かに伝えた。相馬は満足そうな笑顔を見せてうなずいた。
「わかっています」
「相馬……智律……」
「はい……」
相馬の手が震えている。
私の死を怖れてか。自らの死を怖れてか。我々は、バカの同志だな。
「君が出ていく前に……その身体の中でなら……魂と魂が直接触れ合うことはできる……」
「それは楽しみです」
泣く。それはどんな感情の表出か。
幾重にも幾重にも想いを積み重ねた果てに現れた感情を、何と呼べば全てが伝わるのだろう。
私は、ベッドに横たわる大村修一の涙をそっと拭った。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ホラフキさんの罰
堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。
精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。
そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。
『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。
一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。
神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。
ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
花の檻
蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。
それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。
唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。
刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。
Illustrator がんそん様 Suico様
※ホラーミステリー大賞作品。
※グロテスク・スプラッター要素あり。
※シリアス。
※ホラーミステリー。
※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。
捨てられた聖女の告白 ~闇に堕ちた元聖女は王国の破滅を望む~
柚木崎 史乃
ホラー
伯爵令息ヒューゴは学園の卒業パーティーに参加していた。
ふと、ヒューゴの視界に以前から気になっていた同級生・ベルタの姿が映った。ベルタは力を失った元聖女で、王太子の元婚約者でもある。
どこか陰があってミステリアスな雰囲気をまとう彼女に、ヒューゴは不思議な魅力を感じていた。
思い切ってベルタに話しかけてみると、彼女は気さくな態度で応じてくれた。
ベルタは学園に入学してから今までずっと奇妙な仮面をつけて過ごしていた。理由を聞いてみれば、どうやらある出来事が原因らしい。
しかも、その出来事には王太子と聖女である彼の現婚約者も深く関わっているようだ。
熱心に話を聞いていると、やがて彼女は衝撃的な事実を告白し始めた。
そんな中、突然王太子と聖女が倒れ込んでパーティー会場内は騒然となるが……。
【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)
秋空花林
ホラー
夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。
ここから出る方法は2つ。
ここで殺された住人に代わって、
ー復讐を果たすか。
ー殺された理由を突き止めるか。
はたして4人のとった行動はー。
ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。
悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣)
※惨虐なシーンにつけています。
夜煌蟲伝染圧
クナリ
ホラー
現代。
人間が触れると、強烈な自殺願望を発症して死んでしまうという謎の発光体『夜煌蟲』に脅かされながらも、人々はおおむね平穏な生活を送っていた。
高校一年生の時森エリヤは、第四文芸部に所属している。
家には居場所が無く、人付き合いも極端に下手なエリヤだったが、おせっかいな部員とともにそれなりに高校生活になじみ始めていた。
いつも通りに過ぎて行くはずだったある日、夜まで部室棟に残っていた第四文芸部のメンバーは、日が暮れた校庭に奇妙なものを見つける。
少量でも人間を死に追いやる夜煌蟲の、それは、かつてないほど巨大な塊だった。
慌てて学校から脱出しようとするエリヤ達だったが、それを阻むように、脳も思考も持たないはずの夜煌蟲が次々に襲い掛かって来る。
明らかになって行く、部員達の過去。
夜煌蟲がもたらす、死の衝動の理由。
それぞれの選択、それぞれの生死。
生き残るべき者と、そうでない者。
己の生命に価値など感じたことの無いはずの、時森エリヤの意志と、選び取った結末。
少年と少女が、求めたものの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる