182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

51-(3)

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「あなたには、大村としての時間がもう残されていない。でも、イオンはまだ不完全だ。魂の手動運転は可能でも、ボディが追いついていない!  あれじゃあ自由に動けない」
「……ずいぶんと詳しいではないか」
「ブラックボックスの中は全部見たし、ボディもあっちの研究棟で設計を全部見てきました。なんでもっと早くできない?  なんで改良が進まない?  ここは変な制約なんてないんだ。いくらでも進めて構わないんだ!  なぜそれくらいできない⁉︎」

 相馬の憤りにはあきらめが混じっていた。きっと、これまでの人生のほとんどをこうして憤り、諦めてきたのだろう。
 私の手にしがみついたまま泣く相馬の肩に、そっと頭を寄せて乗せた。

「誰も怠けてはいない。だから直接怒らない相馬君は偉いよ。君と同じ速さで走ってくれる人はいない。君は孤独か。寂しかったか」
「……僕は、教授に追いつけなくて悔しかった」
「ククッ。わがままだな。君になら安心してイオンを託せる」
「それは本心ですか?」
「……」
「シキ、あなたなら自分で完成させたいはずだ。あなたはまだ生きたい。もっと未来を見たい。あなたは往生際が悪いから、他に身体があればすぐに乗り移って生き続けるはずだ」
「なぜそんなことがわかる?」
「わかりますよ。だって、僕も絶対同じことをするだろうから」
「相馬……」

 相馬は私に性質が良く似ていた。その熱を分身のように感じることさえあった。

「僕はイオンに関してあなたほどのアイデアを持っていない。たぶん魂の移動もできない。あなたには、その能力とチャンスがある」
「だからと言って君が犠牲になることはないだろう?」
「誰が犠牲ですか?  僕、そこまで献身的な愛は持ち合わせていませんよ。僕の愛は、相手を食い尽くすまで自分のものにしたいっていう傲慢な独占欲なんです。あなたを僕にできる。もう、愛の極致でしょう。それに、僕はせっかちなんです。あなたに魂を突き飛ばしてもらって、今すぐあの世を見てみたい」
「何をバカなことを……」
「あなたの話を僕は信じた。いや、確信した。だから言うんです。ただのオカルトで確証のないことなら、試す気なんてありませんよ。僕とシキはウィンウィンの関係だ」

 相馬は抱きつくようにして私の頬にそっと手を当てた。

「気づいていますか?  あなたは僕の身体を奪えることを前提に話している。そもそも身体の乗っ取りができないなら、僕は死なないんだ。試したって問題ないでしょう?」

 頰に当てた手が動いて、私の鼻と口を覆うような仕草をする。

「あなたの息を止める。あなたは、その苦しみの中で僕に乗り移る。あなたが僕の身体を奪えなければ、僕は無理心中を図った殺人犯として人生を終える。その覚悟はできている」

 相馬は真剣だった。天才の変人が自分の策に溺れると、こうも平気で狂気に走れるのか。

「そうか。因果だな……。永劫回帰、か。前に話さなかったか?  吉澤識は、護衛の男に懸想されて無理心中で殺されたと。そう処理されて、まともに葬式すら出されず、みごとに存在を消された」
「それは……申し訳ありません。僕は懸想しても、怖くてあなたに触れることすらできなかった」
「いきなり全裸で押し倒しただろう」
「あれは監視カメラへのアピールですよ」

 相馬は恥じらいもなく、手柄のように笑った。

「君に家族はいないのか?」
「独身です。恋人も子供もいませんよ。そうでなければ、こんな怪し過ぎるNH社なんかに就職していません」
「そうか」

 互いの意志は固まっていた。
 私は何をしようとしているのか。私は、相馬をそそのかしてしまったのではないのか。
 はっきりとわかるのは、卑屈で錆びついた魂が再び輝きを取り戻していたことだ。

 生きたい。

 この世に生きるとは命を奪い続けることだ。罪を重ね続けることだ。生き続けようとする限り、後悔はできないのだ。

「自然な老衰に見せなければならない」

 私は相馬の手首を掴みながら、静かに伝えた。相馬は満足そうな笑顔を見せてうなずいた。

「わかっています」
「相馬……智律とものり……」
「はい……」

 相馬の手が震えている。
 私の死を怖れてか。自らの死を怖れてか。我々は、バカの同志だな。

「君が出ていく前に……その身体の中でなら……魂と魂が直接触れ合うことはできる……」
「それは楽しみです」

 泣く。それはどんな感情の表出か。
 幾重にも幾重にも想いを積み重ねた果てに現れた感情を、何と呼べば全てが伝わるのだろう。
 私は、ベッドに横たわる大村修一の涙をそっと拭った。
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