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1974ー2039 大村修一
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「息……していなかったんです」
「そうか……いよいよお終いか。死神が来るわけだ」
相馬の顔は真っ青だった。
「私はまだ生きているよ。ああ、君が人工呼吸をしてくれたのか」
「してませんって」
すう、と深呼吸をした。自然な死を迎えるのは初めてて、どうしたら良いのかわからないな。
「イオンを……君に託さないといけないな。この身体は、本当にもうダメそうだ」
「……教授、すみません。出入り禁止になったのに来てしまいました。このまま、朝までここに置いて下さい。今日だけで……いいんです。どうか……」
相馬はそれこそ覚悟を決めたように私をまっすぐに見た。最期を見届ける気なのか。
「そんな不安そうな君を追い出せるほど私は頑固ではないよ。隣に居てくれ」
はい、と返事をしても笑顔にはならなかった。空気が重い。
「相馬君、そんな怖い顔をされると困る」
「あ……」
気づいていなかったのか。本当に私は終わりだな。
相馬は私の横に倒れ込むと、顔を伏せたまま訊いた。
「身体から魂が抜けるって、どんな感じですか?」
「そうだなあ。私はいつも切羽詰まっていて、じっくり観察している場合ではなかったからね。勢いで出てしまったようなものだ。怖くはない。ふわりと軽くなって……そのまま生に執着しなければ、自然に天まで浮かび上がれたはずなのだ」
「死んでもこの世をさまようと聞きますが」
「お別れというか、気持ちに区切りをつけるための時間だったような気がしたよ。最初に死んだ時は、周りのその後や実家の様子など色々見て回って、過去も未来も覗いたものだ。あの世とやらにすぐ向かっても構わないようだがね。四十九日の間はフラフラできるらしい。それからあの世でしばらく過ごした後、別の、元々我々がいたところへ帰るそうだ。ともかく死ねばわかると言っていたな」
「……また生まれて来ることはできますか?」
「この世は一度きりではない。望めばまた来ることができる。死神はそう言っていた。どれくらい間を置けば来られるのかはわからないがな。人間の身体を持つ死神は、死の直後に別の人間として生まれていた。まあ、あれは特例だろう。我々は、また生まれることができても前の記憶は持っていないだろうしな」
「僕は忘れたくない。教授も、イオンも。……シキ、僕はあなたを絶対に忘れない」
シキと呼ばれてハッとした。相馬は私を見ていた。
こんなに幸せそうな顔を見たことはなかった。こんなに嬉しそうな泣き顔は見たことがなかった。
「シキ。僕は、絶対に忘れない。僕はきっとあなたに会うために、あなたと魂の器を作るためにこの時代に生まれたんだ。あなたに出会って、僕は生きていて良かったと心から思えた。今だってこんなに心が震えている。シキ、僕はあなたの存在を愛している。あなたがこの世に生み出したイオンを、あなたがいるこの世界を愛している」
相馬は私の手を取り、両手でそっと包んだ。温かさに相馬の想いがにじむ。
私は相馬の手を拒むことができなかった。
死ねばもうこの温かさを感じることはできない。見えても聞こえても、こうして触れることはできないのだ。
「ねえシキ、どうか僕の願いを聞いて欲しい。どうか、僕のわがままを受け入れて欲しい。シキ。どうか僕として、相馬智律として生きて欲しい」
相馬智律として、生きる?
「……なに……を?」
相馬の言うことが理解できなかった。相馬は何を言っている?
「そうか……いよいよお終いか。死神が来るわけだ」
相馬の顔は真っ青だった。
「私はまだ生きているよ。ああ、君が人工呼吸をしてくれたのか」
「してませんって」
すう、と深呼吸をした。自然な死を迎えるのは初めてて、どうしたら良いのかわからないな。
「イオンを……君に託さないといけないな。この身体は、本当にもうダメそうだ」
「……教授、すみません。出入り禁止になったのに来てしまいました。このまま、朝までここに置いて下さい。今日だけで……いいんです。どうか……」
相馬はそれこそ覚悟を決めたように私をまっすぐに見た。最期を見届ける気なのか。
「そんな不安そうな君を追い出せるほど私は頑固ではないよ。隣に居てくれ」
はい、と返事をしても笑顔にはならなかった。空気が重い。
「相馬君、そんな怖い顔をされると困る」
「あ……」
気づいていなかったのか。本当に私は終わりだな。
相馬は私の横に倒れ込むと、顔を伏せたまま訊いた。
「身体から魂が抜けるって、どんな感じですか?」
「そうだなあ。私はいつも切羽詰まっていて、じっくり観察している場合ではなかったからね。勢いで出てしまったようなものだ。怖くはない。ふわりと軽くなって……そのまま生に執着しなければ、自然に天まで浮かび上がれたはずなのだ」
「死んでもこの世をさまようと聞きますが」
「お別れというか、気持ちに区切りをつけるための時間だったような気がしたよ。最初に死んだ時は、周りのその後や実家の様子など色々見て回って、過去も未来も覗いたものだ。あの世とやらにすぐ向かっても構わないようだがね。四十九日の間はフラフラできるらしい。それからあの世でしばらく過ごした後、別の、元々我々がいたところへ帰るそうだ。ともかく死ねばわかると言っていたな」
「……また生まれて来ることはできますか?」
「この世は一度きりではない。望めばまた来ることができる。死神はそう言っていた。どれくらい間を置けば来られるのかはわからないがな。人間の身体を持つ死神は、死の直後に別の人間として生まれていた。まあ、あれは特例だろう。我々は、また生まれることができても前の記憶は持っていないだろうしな」
「僕は忘れたくない。教授も、イオンも。……シキ、僕はあなたを絶対に忘れない」
シキと呼ばれてハッとした。相馬は私を見ていた。
こんなに幸せそうな顔を見たことはなかった。こんなに嬉しそうな泣き顔は見たことがなかった。
「シキ。僕は、絶対に忘れない。僕はきっとあなたに会うために、あなたと魂の器を作るためにこの時代に生まれたんだ。あなたに出会って、僕は生きていて良かったと心から思えた。今だってこんなに心が震えている。シキ、僕はあなたの存在を愛している。あなたがこの世に生み出したイオンを、あなたがいるこの世界を愛している」
相馬は私の手を取り、両手でそっと包んだ。温かさに相馬の想いがにじむ。
私は相馬の手を拒むことができなかった。
死ねばもうこの温かさを感じることはできない。見えても聞こえても、こうして触れることはできないのだ。
「ねえシキ、どうか僕の願いを聞いて欲しい。どうか、僕のわがままを受け入れて欲しい。シキ。どうか僕として、相馬智律として生きて欲しい」
相馬智律として、生きる?
「……なに……を?」
相馬の言うことが理解できなかった。相馬は何を言っている?
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