182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
97 / 197
1974ー2039 大村修一

51-(2)

しおりを挟む
「息……していなかったんです」
「そうか……いよいよおしまいか。死神が来るわけだ」

 相馬の顔は真っ青だった。

「私はまだ生きているよ。ああ、君が人工呼吸をしてくれたのか」
「してませんって」

 すう、と深呼吸をした。自然な死を迎えるのは初めてて、どうしたら良いのかわからないな。

「イオンを……君に託さないといけないな。この身体は、本当にもうダメそうだ」
「……教授、すみません。出入り禁止になったのに来てしまいました。このまま、朝までここに置いて下さい。今日だけで……いいんです。どうか……」

   相馬はそれこそ覚悟を決めたように私をまっすぐに見た。最期を見届ける気なのか。 

「そんな不安そうな君を追い出せるほど私は頑固ではないよ。隣に居てくれ」

 はい、と返事をしても笑顔にはならなかった。空気が重い。

「相馬君、そんな怖い顔をされると困る」
「あ……」

 気づいていなかったのか。本当に私は終わりだな。
 相馬は私の横に倒れ込むと、顔を伏せたまま訊いた。

「身体から魂が抜けるって、どんな感じですか?」
「そうだなあ。私はいつも切羽詰まっていて、じっくり観察している場合ではなかったからね。勢いで出てしまったようなものだ。怖くはない。ふわりと軽くなって……そのまま生に執着しなければ、自然に天まで浮かび上がれたはずなのだ」
「死んでもこの世をさまようと聞きますが」
「お別れというか、気持ちに区切りをつけるための時間だったような気がしたよ。最初に死んだ時は、周りのその後や実家の様子など色々見て回って、過去も未来も覗いたものだ。あの世とやらにすぐ向かっても構わないようだがね。四十九日の間はフラフラできるらしい。それからあの世でしばらく過ごした後、別の、元々我々がいたところへ帰るそうだ。ともかく死ねばわかると言っていたな」
「……また生まれて来ることはできますか?」
「この世は一度きりではない。望めばまた来ることができる。死神はそう言っていた。どれくらい間を置けば来られるのかはわからないがな。人間の身体を持つ死神は、死の直後に別の人間として生まれていた。まあ、あれは特例だろう。我々は、また生まれることができても前の記憶は持っていないだろうしな」
「僕は忘れたくない。教授も、イオンも。……シキ、僕はあなたを絶対に忘れない」

 シキと呼ばれてハッとした。相馬は私を見ていた。
 こんなに幸せそうな顔を見たことはなかった。こんなに嬉しそうな泣き顔は見たことがなかった。

「シキ。僕は、絶対に忘れない。僕はきっとあなたに会うために、あなたと魂の器を作るためにこの時代に生まれたんだ。あなたに出会って、僕は生きていて良かったと心から思えた。今だってこんなに心が震えている。シキ、僕はあなたの存在を愛している。あなたがこの世に生み出したイオンを、あなたがいるこの世界を愛している」

   相馬は私の手を取り、両手でそっと包んだ。温かさに相馬の想いがにじむ。
   私は相馬の手を拒むことができなかった。
   死ねばもうこの温かさを感じることはできない。見えても聞こえても、こうして触れることはできないのだ。

「ねえシキ、どうか僕の願いを聞いて欲しい。どうか、僕のわがままを受け入れて欲しい。シキ。どうか僕として、相馬智律とものりとして生きて欲しい」

   相馬智律として、生きる?

「……なに……を?」

 相馬の言うことが理解できなかった。相馬は何を言っている?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪詛人形

斉木 京
ホラー
大学生のユウコは意中のタイチに近づくため、親友のミナに仲を取り持つように頼んだ。 だが皮肉にも、その事でタイチとミナは付き合う事になってしまう。 逆恨みしたユウコはインターネットのあるサイトで、贈った相手を確実に破滅させるという人形を偶然見つける。 ユウコは人形を購入し、ミナに送り付けるが・・・

#この『村』を探して下さい

案内人
ホラー
 『この村を探して下さい』。これは、とある某匿名掲示板で見つけた書き込みです。全ては、ここから始まりました。  この物語は私の手によって脚色されています。読んでも発狂しません。  貴方は『■■■』の正体が見破れますか?

狙われた女

ツヨシ
ホラー
私は誰かに狙われている

ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
 主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。  精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。  そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。  『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。  一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。  神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。  ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。  ※カクヨム、小説家になろうにも掲載。

雪山のペンションで、あなたひとり

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ホラー
あなたは友人と二人で雪山のペンションを訪れたのだが……

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

捨てられた聖女の告白 ~闇に堕ちた元聖女は王国の破滅を望む~

柚木崎 史乃
ホラー
伯爵令息ヒューゴは学園の卒業パーティーに参加していた。 ふと、ヒューゴの視界に以前から気になっていた同級生・ベルタの姿が映った。ベルタは力を失った元聖女で、王太子の元婚約者でもある。 どこか陰があってミステリアスな雰囲気をまとう彼女に、ヒューゴは不思議な魅力を感じていた。 思い切ってベルタに話しかけてみると、彼女は気さくな態度で応じてくれた。 ベルタは学園に入学してから今までずっと奇妙な仮面をつけて過ごしていた。理由を聞いてみれば、どうやらある出来事が原因らしい。 しかも、その出来事には王太子と聖女である彼の現婚約者も深く関わっているようだ。 熱心に話を聞いていると、やがて彼女は衝撃的な事実を告白し始めた。 そんな中、突然王太子と聖女が倒れ込んでパーティー会場内は騒然となるが……。

村の愛玩動物

ツヨシ
ホラー
営業で走り回っていると小さな村に着いた。

処理中です...