天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの

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1巻

1-2

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 ハッ!
 パパの声で我に返った。手を振るのに夢中で完全に意識がトリップしていた。
 三人もお手振り大会がいつの間にか終わり、俺達何してたんだろ……? とでも言いたそうに首を傾げている。
 いつの間にか私のストレッチを終えていたパパは呆れた様子を隠そうともせず三人を見た。

「シロはまだしも、お前らは一体何してんだ」
「いや~シロちゃんのかわいさに惑わされちゃって。シロちゃんは魔性だね」
「右におな~じ」
「不本意だけど右に同じ」

 アニ、シリル、エルヴィスが順に口を開いた。

「うん、まあシロはかわいいから仕方ないな」

 パパは一人で納得してうんうんと頷く。親バカだなぁ……
 三人から視線を逸らし、パパは私の方に向き直った。

「じゃあちょっと自分で足を動かしてみるか。無理はしなくていいからな」
「は~い」

 寝転がったまま右足を持ち上げてみる。「全然力が入らない……」と思ったところで、ギャラリーから悲鳴が上がった。ギャラリーというか、主にアニだ。

「ひやあああああああああ‼ シロちゃんそんな細い足を持ち上げるなんて無茶なことして折れたりしない⁉」
「折れないだろ」
「折れないと思うよ」

 エルヴィスとシリルは、今回に限っては冷静だった。戦闘職らしいもんね。体のことは普通の人よりも知っているはずだ。まあそれを言ったらアニもそうなんだけど。
 アニの悲鳴に顔をしかめたパパは三人に向けて言い放った。

「アニうるせぇ。おいお前ら、アニ連れて退場だ。ついでにシロのリハビリ中に来ることも禁ずる。シロの気が散ってしょうがないからな」
「「は~い」」
「えぇっ⁉」

 聞き分けのいい二人は、不満そうに声を上げたアニを二人がかりで羽交はがめにして部屋から出て行った。
 なんて素早い動き……、きっとエルヴィスとシリルはパパに怒られないギリギリのラインを見極めるのが上手いんだね。逆にアニはラインの見極めを誤って怒られるタイプとみた。
 三人とも子供のようでついつい笑ってしまう。

「なんかみんなパパの子供みたいだね」
「あんなでかいガキ共なんかいらん。俺はシロだけで十分だ」

 パパが本当に嫌そうな顔をするから、さらに笑ってしまう。

「ふふっ、でもにぎやかで楽しいよ。お兄ちゃんができたみたい」

 なんとなく口に出したけど、なんだかしっくりきた。うん、お兄ちゃん。三人ともお兄ちゃんって感じだ。
 そう言うとパパは口をへの字に曲げたまま頷いた。

「……そうだな。俺はあいつらを自分の子供だとは思わないし、思いたくもないが、シロはそう思ってあいつらに接してやれ。きっと物凄く喜ぶ」
「うん!」

 大きく頷いて、見上げたパパは慈愛のこもった眼差しをしていた。きっと口では自分の子供じゃないと言っていても、パパにとって特殊部隊の人達は家族みたいな存在なんだろうな。
 そう考えたら胸がなんだかぽかぽかと温かくて、私も自然と笑顔になっていた。


 それからリハビリをしてよく食べる、よく寝るを繰り返し、三日が経った。
 パパ以外の大人はちょっと怖かったけど、特殊部隊のみんながあんまりにもグイグイくるし、あんまりにも優しいからあっという間に仲良くなった。
 そして、みんなと仲良くなるにつれ私もどんどん自分から甘えることを覚えた。自分から言わないと甘やかしが行き過ぎて呼吸まで手伝いそうな勢いなんだもん。周りの大人達により、驚くほど短い期間で私の五歳児マインドは形成された。

「――あ、アニ、エルヴィスおはよ~」

 パパと一緒に隊舎の食堂に向かう途中に二人がいた。せっかくなのでテコテコと歩いていき挨拶をする。

「あ、シロちゃんおはよ~」
「おはよう、シロ……ってええ⁉ なんで歩いてるんだ⁉」

 アニはいつもどおりの笑顔、だけどエルヴィスは目を見開いて叫ぶ。
 パパと顔を見合わせて首を傾げた。確かにこれまではパパに抱えられて移動してたけど……

「? 歩いちゃだめなの?」
「いや全然ダメじゃないけど! シロがリハビリ始めたのって三日前だよな?」
「うん」

 その通りだけど、どうしたんだろ。おかしなエルヴィス。

「回復が早すぎる‼」
「普通だろ」
「そりゃ隊長の基準ならそうかもしれませんけど!」

 するとアニがぽんぽんとエルヴィスの肩を叩いた。

「兄さん何言ってんの。こんなにかわいいシロちゃんが常識の枠に収まるわけないでしょ。うーんシロちゃん、歩いてる姿もかわいいね~」
「お前の方が何言ってんの、だわ」

 エルヴィスがそんなアニをジト目で見る。
 兄弟喧嘩としてもくだらない喧嘩が幕を上げそうになった時だった。

「――あれ? シロが自分で立ってる!」

 廊下の角からシリルがひょっこりと顔を出してそう言った。そのままこちらに歩いて来る。それから私の前でしゃがんで、視線を合わせてくれた。

「シロ、歩けるようになってよかったねぇ。記念に僕の爆弾製造工房を案内してあげるよ」
「誰がそんな危険な場所に愛娘を行かせるか」

 優しそうな笑顔でとんでもないことを言っている。パパが一瞬で突っ込みを入れていたけど、爆弾製造工房……ちょっと気になるかも。
 そんな私の思いはそのまま顔に出ていたらしい。

「あ、隊長、シロちゃんが興味ありそうな顔してます」
「こ~らシロ、ないないだぞ」

 パパもわざわざしゃがみ、私と目を合わせてシリルの工房には行かないように言う。

「はーい」

 仕方ない。シリルの工房を見に行くのはもうちょっと大きくなってからにしよう。
 それから全員で朝食を取りに食堂に行くことになった。
 食堂には初めて来たけど、意外と広くかなりシンプルな造りだった。広い空間に飾り気のないテーブルとイスがただずらりと並んでおり、まさに食事をするためだけの空間といった感じだ。
 特殊部隊は男所帯らしいし、わざわざ食堂を飾り付けようとする人はいなさそうだ。
 そんな食堂にはもう既に先客が何人かいて、私が一歩食堂に足を踏み入れるとみんな何かしら声を掛けてくれた。内容は私の体調を心配するものから歩けるようになったことを褒めるものまで様々だ。
 それぞれに返答しながら私達は料理を受け取り、空いている席に腰かけた。
 私の目の前に座ったアニが、私越しにパパをねたましげに見る。

「……ずるい」
「何がだ」
「シロちゃんをお膝に乗せてることがですよ!」

 アニがえる。

「しょうがないだろう。シロの座高に合う椅子がないんだから」

 さもやむを得ないという顔をしながらもパパはドヤ顔だ。特殊部隊の食堂には大人用の椅子しかなかったのだ。一人で座ったらテーブルの天板が頭にぶつかってしまう。それでは食べにくいにも程がある。
 なので、食べやすいようにとパパが私を膝の上に乗せてくれたのだ。
 アニはそれが気に食わないらしい。

「隊長だけずるいですよ!」
「俺はシロの父親なんだから特別なのは当然だろ。文句言ってないでさっさと飯を食え」

 アニはあっさりとパパに敗北し、大人しく食事を始める。
 そんなアニには申し訳ないけど、私はいよいよごはんが食べられるのだとソワソワしている。なんてったって今日から普通のご飯とお肉が解禁なのだ。今まではおかゆやうどんのような柔らかいものばっかり食べてたから楽しみすぎる!
 パパが料理人さんに頼んで私でも噛み切れるような肉料理を作ってもらったのだ。
 私はお皿の上の肉料理を見て、ねだるように大きく口を開けた。

「パパっ!」
「はいはい、ちょっと待ってろよ。はいあーん」
「あーん」

 すごい! 口に入ってきた瞬間からおいしい! お肉はとっても柔らかいし、なにより味がしっかり付いてる‼
 なにせ食事をした記憶もまるっとなくなっているから、気分は人生初のおいしい食事だ。
 初めてのお肉は涙が出そうなくらいおいしかった。



   シロと天才の片鱗


 歩けるようになってしばらく経ち、体力もついてきたある日、私は再びパパと訓練場に来ていた。
 パパと手を繋いでちょこちょこ歩いていると特殊部隊のみんなが声を掛けてくれる。

「おはようシロ」
「おはよー」
「シロちゃんおはよう! 今日もかわいいね。昨日とは似て非なるかわいさ。日々進歩し続けるシロちゃんはまさに天使……」
「おはようアニ。今日も相変わらずだねぇ」
「おはようシロ、新しい小型爆弾作ったんだけどいるかい?」
「おはよ~、シリル。いらないよ」
「しぃちゃんおはよ~。またたび舐める?」
「猫じゃないからまたたびは舐めないよ」

 お分かりだろうか、まともな――というか、余計な一言がない挨拶が最初しかない。最初の唯一シンプルな挨拶はエルヴィスだ。流石さすが常識人。そんなエルヴィスを応援しているよ。
 さてそれから、大体人が集まってきたタイミングで訓練が始まる。
 彼らは国勤めの戦闘職だし、もっと時間とかルールに厳しいのかと思ってたけどこれが意外にゆるい。そもそもパパの隊は訓練に来なきゃいけない訳じゃないんだって。
 訓練するかしないかは自己判断にゆだねられているらしい。
 とはいえ、弱くなって危ない目に遭うのは自分だから、大半の隊員は訓練に来る、ということらしい。厳しい規則があったら逆に守らなそうな人達ばっかりだし、そのやり方の方がこの部隊には合っているのかもしれない。
 そんなことを考えながら訓練所の脇にあるベンチに座って足をぷらぷら揺らしていると、不意にパパから何かが手渡された。

「はい、シロ」
「はい。……はい⁉」

 軽いテンションで渡されたから軽いのかと思ったら、思いのほかズッシリとした重みが手にかかり驚く。
 落としそうになったのを慌てて胸に抱え直した。
 パパに手渡されたものを目視した私はギョッとする。
 さりげなくパパが渡してきたのは、まごうことなき剣だった。正確に言うと訓練用の木剣ぼっけんだけど。おもちゃの剣というわけではなく、パパ達がいつも使っている木剣ぼっけんの少し短いバージョンだ。
 ずっと持っていると手が疲れちゃいそうだったので私は剣のつかを持ち、剣先は地面に付けた。
 嫌な予感がするけど、私は恐る恐るパパに尋ねる。

「パパ……私にこれをどうしろと?」
「シロと一緒に訓練しようかと思ってな。シロはかわいすぎるから自衛の手段を持っておいた方がいい。大丈夫、パパが付きっきりで教えてやるから」
「確かに! こんなかわいいシロちゃんがさらわれないわけがないですもんね! 名案だ。さっすが隊長!」

 どこが名案だよ……とエルヴィスが呟いた。エルヴィスがこう言うってことは五歳児に剣術を習わせるのは普通じゃないってことだよね。
 一瞬反射で断ろうとしたけど、生き生きとしているパパたちを見て少し考える。
 剣を習うのが嫌なわけではない。毎日パパ達がかっこよく剣を振るう姿を見て憧れないわけはないのだ。
 なら、ちょっとぐらいならやってみてもいいかもしれない。

「やる!」

 ふんすと気合を入れる私をパパは抱き上げた。

「よーし、えらいぞ。ちゃんとパパがシロを一人前の剣士にしてやるからな~」

 パパに頬同士をスリスリされる。
 あれ? さっきと目的変わってない?
 そのままパパに訓練場のど真ん中まで連れていかれて、パパと向き合うような形で立つ。
 もちろん二人とも訓練用の木剣ぼっけんを携えている。
 訓練場には芝生の部分と砂の部分があり、今私達が立っているのは芝生の方だ。転んだりしても比較的怪我をしづらいというパパの配慮だ。厳しいのか過保護なのか分からないね。

「とりあえずシロの好きなように向かっておいで」

 パパが心なしか嬉しそうにそう言ったので私はとりあえず剣を構える。構え方はいつもパパの訓練を見学していたから知っている。
 剣を構えると不思議なことに、私の体は自然と動いた。
 ヒュッ!

「!」

 ガキィンッ!
 私の放った一撃はいともたやすく受け止められる。
 ニィッと笑ったパパに、私の体は間髪れず次の一撃を繰り出した。
 だが、私の全力の攻撃は全てパパに片手で受け流される。私はすかさず体勢を立て直し、二撃、三撃と斬りかかった。
 ……うーん。パパ、全然余裕そう。私の剣戟けんげきを受け止めるばかりで自分からは一切攻撃を仕掛けてこないし。
 こっちは本気で斬りかかっているのに、パパからすれば子猫にじゃれつかれているくらいの感覚なんだろう。体格も剣を握ってきた年数も違うから仕方がないと分かってるけど、どうしても一撃は入れたい、と体の中の何かが叫ぶ。
 最後に強く剣を振るった。

「はぁっ!」

 カキィンッ!

「――――ハァッ、ハァッ……」

 結局、私の剣が吹き飛ばされたことで打ち合いは終わった。
 私は膝に両手をつき、一気に息を吐き出す。そしてそのまま酸素を取り込むように荒い息を繰り返した。熱を持った体からいつのまにか出ていた汗は、ポタポタと地面に垂れて芝生を濡らしていく。
 息を整えていると、草を踏む足音が近付いてきた。パパの足音だ。
 ふわりとパパに抱き上げられる。パパの体は少しも熱くなっていないし、汗一つかいていなかった。
 くやしい……
 だが不服な私とは反対に、パパのテンションは高かった。鼻歌でも歌い出しそうな笑顔で、私のふくふくほっぺに何度もキスしてくる。

「やっぱりうちの子は天才だな。真剣に斬りかかってくるシロもかわいかったぞ」

 そう手放しで褒められたら私だって悪い気はしない。

「えへへへ」

 そうしてパパの首に抱きつこうとしたところで、手に違和感を覚えた。
 両手を見つめる。なんかピリピリするし動きがカクカクする。

「どうした?」
「手がしびれちゃったかも」

 興奮していたからすぐには気付かなかった。でもこんな小さな体で慣れない木剣ぼっけんを振り回したら手もしびれるよね。
 少し慌てた様子のパパは、私を乗せていない方の手で、私の手をにぎにぎしてきた。

「痛いか?」
「ちょっと。でも大丈夫。それよりパパ、文句があるよ!」
「何がだ?」
「私は一生懸命頑張ってるのにパパは余裕そうにニヤニヤしてた……」

 そういうの、あおってるっていうんじゃないの?
 だけどパパは私の抗議にも笑いで答えた。むぅ。

「ははっ、すまんすまん。お詫びに次はシロのやりたいことをやろう。何がしたい? 今日はもう好きなだけ構ってやるぞ」

 額に軽いキス付きで世界一軽い謝罪をされた。むむむ。
 好きなだけ構ってあげるって言われても、いつもこれ以上ないくらい構われてるし。
 そんなんで機嫌なんて直るわけ……
 でも、とちらりとパパを見上げる。

「アニが絵本くれたからパパに読んでほしい」
「ああ、読んであげるとも」
「剣じゃなくて、ボール遊びもしてほしい」
「それじゃあ今からやろう」
「夜ご飯のデザート、パパの分もくれる?」
「全部あげるよ。ご機嫌は直ったか?」
「直った! ボール持ってくるね」

 自分で思っていたよりも私はちょろかったらしい。
 パパの腕から降りて、ボールを取りに走った私は、背後で交わされた会話など知るよしもなかった。



   ***ブレイク視点***


「隊長」

 シロを待つ俺のもとに、アニ、エルヴィス、シリルの三人がやってきた。
 アニがキョロキョロと辺りを見回す。

「あれ? シロちゃんどこ行っちゃったんですか? せっかく飲み物とかタオルとか持ってきたのに」
「シロなら今ボールを取りに行ったぞ」

 そう答えると、エルヴィスがギョッとする。

「え⁉ まだ動くんですか? シロちゃん最近歩けるようになったばっかりですよね」
「シロが俺とボール遊びしたいって言うんだよ。羨ましいだろ」
「「「羨ましい」」」

 素直な三人の声が揃った。しかしすぐにシリルが首を振って呟いた。

「――にしてもシロの身体能力は半端じゃないね。もう自衛だけなら完璧なんじゃない? 剣の扱いは僕なんてすぐに負けちゃいそうだし」
「シリルは爆弾一筋だしな~」
「そもそもシロに訓練が必要って言ってましたけど、隊長が訓練の間、シロと離れるのが嫌だってだけじゃないんですか?」
「なんだよく分かったな」

 エルヴィスの疑問に頷く。

「まあ俺も初めて剣を持たせてあそこまで使いこなすとは思ってなかったが」

 シロの攻撃を簡単にいなせてはいたものの、その攻撃の鋭さに驚いたことには違いない。
 そもそもシロに剣を習うことを勧めたのは、エルヴィスが指摘した通り建前にすぎない。
 シロとたわむれたかっただけだ。なんなら自分という最強の盾が常に一緒にいるのでシロには自衛など必要ない。木剣ぼっけんだって一応渡してはみたものの、五歳児にはまだ早いだろうと思ってもいた。
 きちんと木剣ぼっけんよりも軽い、おもちゃの剣も用意してあったのだ。
 しかし、そんな自分の予想をシロは軽々と超えた。

「動きが体に染みついてるんだろうなぁ……」

 ぼんやりと呟く。
 シロが自衛に十分なほど剣を扱えたことは僥倖ぎょうこうだ。だが、そこに至る過程を思うと手放しで喜べることではない。記憶を失ってなお、体が動きを覚えているほど五歳の少女であるシロは繰り返し剣を握っていたということだからだ。
 シロの置かれていた環境を思うと、痛ましい気持ちになり俺は僅かに唇を噛んだ。
 どことなく他の三人も雰囲気が暗くなる。その時だった。

「――パパ~! ボール持ってきたよ!」

 シロがボールを抱えて戻ってきた。小さなシロが抱えているとボールが大きく見える。

「……シロはかわいいなぁ」
「? えへへ」

 思わずシロを抱きしめると、シロはふにゃりと笑った。


 それから日が暮れるまで遊んだ後、疲れてすっかり眠ってしまったシロをベッドに寝かせる。
 むにゃむにゃと口を動かすシロの頭を撫で、額にキスを落とす。すると、シロの柔らかな白髪からはふわりとシャンプーの匂いが漂った。
 スヤスヤと寝息を立てるシロを見て、この少女を拾った日を思い出した。
 あれは自分が長年追っていた組織――人体実験を繰り返しているという噂があった――の本部を特定し、本隊が突入するために事前の調査をしていた時のことだった。誰も通らないような場所で、せ細った白髪の少女が倒れているのを見つけたのだ。
 慌てて少女の脈を確認すると、手首から弱い拍動を感じ、ホッと胸を撫で下ろしたことを今でも覚えている。少女の顔色は青白く、目蓋まぶたは固く閉じられていた。目の下にはその年齢にしては早すぎる濃いくまがあった。年齢には似つかわしくない白髪とくまから見て、おそらく少女は組織の被検体として扱われていたのだろう。捨てられていたということは、失敗作だとでも思われたのかもしれない。
 とりあえず連れて帰ろうと抱き上げた少女はあまりにも軽かった。
 調査は終盤に差し掛かっていたため、俺は少女を連れて一旦王城に戻ることにした。


 そんな昔のことを思い出しながら、眠っているシロの頬を人差し指でつつく。

「ずいぶんかわいい顔になったなぁ」

 シロに聞かれたら微妙な顔をしそうだが、拾ったばかりの頃と比べると、彼女は幾分かふっくらとして子供らしい体型になっている。シロが成長していることが『親』として嬉しかった。
 しかし、シロが『失敗作』にしてはあまりにも高い能力を開花させていることが気になる。

「さて、酒でも飲んで寝るか……ん?」

 ベッドから身を起こそうとして、シロの手が自分のシャツを握りしめていることに気付く。
 小さな手を離すことは簡単だが、何となくそれはしたくなかった。
 起きかけた身体を戻し、小さな娘を優しく抱き寄せる。シロの寝息に眠気を誘われ、目を閉じた。
 親として、この小さな温もりを守ろうと心に決めながら。



   シロ、初めてのお留守番


「――おるすばん?」

 ある日の朝、パパが私に今日はお留守番をしてほしいと言ってきた。

「ああ、パパ、今日はちょっと偉い人に呼ばれちゃったんだ。シロ、お留守番出来るか? パパがいなくても泣かないか?」
「大丈夫! まかせて!」

 私はパパに向けて右手の親指を立てて応えた。

「……」

 しかしパパの反応がかんばしくない。なんでだろう、とパパの視線を辿ると、私の左手に辿り着いた。

「あ」

 私の左手は無意識にパパの隊服の裾を握りしめていたのだ。

「シロ、ごめんな。そりゃパパがいなかったら寂しいよなぁ」

 パパはそんな私の頭を撫で、ギュッと抱きしめる。

「今日はエルヴィスが俺の代わりにシロの世話をしてくれるから、何か困ったら遠慮なくエルヴィスに言えよ?」
「分かった」

 パパに心配を掛けないように笑顔で送り出そうとしたけど、やっぱりずっと一緒にいたパパがいなくなるのは不安だ。それがそのまま顔に出てしまったみたいで、パパはグッとなにかをこらえるような顔でため息を吐いた。そしてパパは横にいるエルヴィスの肩を掴む。

「いいかエルヴィス、こんなにかわいくてかわいいシロが誘拐されないようにしっかり見てろよ」
「もちろんです隊長」

 エルヴィスが大きく頷いたのを見て、パパがこちらへ向き直り、再び私と目線を合わせるようにしゃがんだ。

「じゃあシロ、パパがいなくて寂しいだろうけど辛抱だぞ。なるべく早く帰ってくるからな。本当は行きたくないんだが……」
「パパ、お仕事は大事。がんばって働いてきてね」

 私の頭に残された知識が偉い人には極力逆らっちゃいけないって言っている。
 そう言うとパパは渋々頷き、もう一度私をぎゅっと抱きしめた。

「――ああ。パパは嫌だけど頑張ってくるよ」
「うん」

 返事をして私もパパをぎゅうっと抱きしめ返す。


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