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1巻

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   プロローグ


 急激に意識が浮上し、私はふかふかのベッドで目を覚ました。
 長い間寝ていたのか、目蓋まぶたは重たい。それでもなんとか目を開けると知らない天井があった。
 あれ? 私、どうしてこんな所で寝てたんだっけ。覚えていない。それどころか他のことも何も思い出せない。自分の名前も、年齢も、こんなに体が重い理由もだ。何もかもが分からない。
 なんとか手を持ち上げてみるとふくふくとしていて小さい。ぺたぺたと体を触ってみると自分がとても細くて小さいと分かった。冷静に物は考えられるし、目の前のものが何かは分かる。けれど自分に関する記憶だけがない。頭の中にある知識をどこで得たのかも覚えていない。
 底知れぬ恐怖に襲われていると、目の前にひょっこりと男の人の顔が現れた。銀髪に緑目のとても綺麗な顔立ちの男の人だ。寝起きの目には眩しすぎる。
 でも不思議なことに男の人の顔を見た瞬間、先程までの恐怖が薄らいだような気がした。
 男の人は私に当然のように微笑むと、水がなみなみと入ったコップを差し出した。

「お、起きたな。水飲むか? 喉渇いただろ」

 言われてみれば、喉はカラカラだった。
 何者かも分からない人から飲み物をもらうのはよくないと頭の中の知識が私に伝える。だけど、この人にはなぜか警戒心が湧かず、言われるがままにコップを受け取ってしまう。コップに映った自分の姿は驚くことに、真っ白な髪に赤い目をしていた。
 それから水を飲むために体を起こそうとしたけど、なぜか体に力が入らなくて起き上がることができない。どうしようかと思っていると、男の人が私を抱き起こして水を飲ませてくれた。
 それから男の人は、どうして私がこんな状態になっているのかも説明してくれた。
 なんでも森に捨てられていた私をこの銀髪美形の男の人が拾ってくれて今に至る、ということらしい。
 なぜ森に……と思ったが聞く元気がない。
 拾われた時の私は死にかけで、それからずいぶん長い間寝たきりだった。それで今は一人では起き上がれない状態になっているそうだ。まあそこはどうでもいいけど。覚えてないしね。
 私が自分のことは何も覚えていないと伝えると、男の人は驚いたように目を丸くした後、ゆっくりと私の頭を撫でてくれた。

「――そうか」
「?」

 どうしたんだろう。男の人は少し安心したような、残念なような顔をしていた。だけど、一瞬後にはにぱっと笑っていた。

「俺の名前はブレイク。今日から俺がお前の父親だ」
「ちちおや……?」
「ああ。パパと呼ぶように。さて、お前の名前を決めないとな――」



   シロとふしぎな親子生活の始まり


「シロ~」

 ブレイク――もといパパに呼ばれて私は振り返った。
 あの出会いの後、彼の一瞬のひらめきにより、私の名前はシロに決まった。
 髪の毛が雪のように真っ白だからシロ。とても分かりやすい。その名前は、自分でも意外なほどすぐに馴染なじんだ。
 ちなみに私の目の色はパパと同じ赤色だった。恐らく血はつながっていないけれど、パパとおそろいの部分があって嬉しい。初めて見た時にはパパの瞳は緑色だったけど、本来の赤い瞳は目立つから普段はカラーコンタクトとやらをしてるらしい。初めてパパがカラーコンタクトを取って目の色が変わったのを見た時には驚いた。同じ理由でプラチナ色の髪も濃い目の銀髪に染めてるんだって。
 それから、お医者さんの診断により、私の年齢は五歳くらいだと判明した。体は五歳児の平均を大きく下回っている。でもごはんをいっぱい食べてたらすぐに大きくなると思う。
 さてあの時の「今日から俺がお前の父親だ」というパパの言葉は嘘ではなく、私はパパに引き取られ、パパを中心とした特殊部隊の皆さんにお世話になっている。
 特殊部隊、というのはこの国――セインバルト王国の『特殊な』事件に対応する部隊のことだそうだ。国の守護を担当する騎士団や、王様たちの護衛である近衛兵とは違う。ちょっと変わった奴らが多いけど、皆いい奴だよ、と言うのはパパの言葉だ。
「特殊な事件って何?」という質問にはパパは笑って答えてくれなかったけど。
 まあ、そんな訳で、今はまだ体が上手く動かないから、私はその特殊部隊の暮らす隊舎の中で看病されている。
 パパの手には湯気の立つお皿の載ったおぼんがあった。
 どうやら今日も私のごはんを持ってきてくれたらしい。
 私が「どーぞ!」と言うとパパはいそいそと部屋に入ってくる。
 それからベッドの隣にある椅子に座ると、おかゆを私の口に運んだ。

「はいあーん」

 その言葉に口を開けると、柔らかいお米が口に入ってくる。おいしい。もっきゅもっきゅとお米を噛み、飲み込んだタイミングでパパが次の一口を差し出す。
 パパはこうして、毎食嬉しそうにごはんを食べさせてくれる。まるで餌付えづけだ。
 いや、パパだけじゃない。パパが隊長を務める特殊部隊のみんなが私に優しくしてくれる。どうしてこんなに優しくしてくれるのか分からないくらいだ。
 赤髪の人二人に水色の髪の人が一人。よく姿を見せてくれる三人とパパが今の私の『家族』のような感じだ。家族がどんなものか知識でしか知らないけど、この人達ともっと仲良くなって本当の家族のようになりたい。もちろん他の特殊部隊の人達とも仲良くなりたいと思っている。
 なぜ私がパパの部下である特殊部隊の人達と接触があるかというと、私はパパの娘としてパパと一緒の部屋に住ませてもらっているからだ。
 パパの部下のみんなと部屋から出た時に鉢合わせるのは分かるけど、わざわざみんながこの部屋を訪ねてくるのだ。なぜかパパではなく私に会いに。
 子供が珍しいのかな? 向こうも仲良くなりたいって思っててくれたら嬉しいな。

「よ~し、よく食べられたな。シロは世界一かわいい五歳児だ」

 ごはんを食べただけで、パパは大袈裟なくらい私を褒めてくれる。それだけで嬉しくなって次もいっぱい食べようと思っちゃうんだから、パパは子供の扱い方が上手い。乗せられちゃう私が単純なのかもしれないけど。

「かわいいな~シロ」
「しろ、かわいい?」
「お~、かわいいぞ~」

 まだつたなくしか話せないけれど聞き返すと、パパが私の頬に自分の頬をくっつけて抱きしめてくる。


 じんわりと気持ちが温まる。本当の名前も昔のことも覚えてないけど、それでいい。
 なくなった記憶なんていらない、パパは私にそう思わせてくれた。
 生を受けて推定五年、『シロ』として、私の新しい人生が始まった。


     * * *


 それからもパパは付きっ切りでお世話をしてくれた。だけど数日が経ち、私が自力で体を起こせるようになったあたりでそろそろ仕事に復帰することになったらしい。といっても任務がない時は基本的に訓練しかしないらしいけど。特殊部隊隊長のパパにとって毎日訓練を行うのは立派な仕事だ。ちゃんと見送らなくては。
 そんなふうに意気込む私の前でパパが取り出したのは、人を抱っこする用の紐だった。

「――ん?」

 首を傾げて疑問符を浮かべる私に、パパは誰もが魅了されるような笑みで答えた。

「これがあれば一緒に訓練に行けるな!」

 あれよあれよと言う間に私はパパの体に結び付けられてしまう。
 そして気が付けば、私たちは特殊部隊専用の訓練場にいた。

「ここが外だぞー!」

 パパの声に周りを見まわす。眩しくて広い。これが外。私は大きく息を吸い込んだ。
 紐で結ばれてぶら下げられていることより興味がまさって、周りに目をやる。
 空が青くてとても綺麗。近くにとがった塔のようなものが見えるけど、あれが王城かな?
 わあ、と思わず声を上げそうになった時だった。

「……隊長、それはちょっと……いや、ちょっとどころではなく可哀想じゃないですか?」

 ドン引きの表情をした赤髪の隊員さんがパパに言った。
 パパの体にくくりつけられて訓練参加ってもしかして変だったのだろうか?
 だけどパパは何が可哀想なのか分からないといった顔で首を傾げる。

「なんのことだ」
「えっと……シロちゃんを引っ付けたまま訓練するんですか?」

 パパはそんな隊員からの声は意に介さず、剣を準備している。移動の時は驚くほど揺れなかったけど、さすがにしゃがんだり立ち上がったりの動きをされると揺れてしまう。そんな私を赤髪の隊員さんが焦ったような目でちらちらと見ている。

「小さい子にそれは可哀想じゃ……」
「バカお前、シロを俺から離す方が可哀想だろ。実質シロは生まれたばかりの赤ちゃんみたいなもんだぞ!」
「それならせめて背中に背負ったら……」
「ああ? 常に見えないとシロが落ちた時にすぐ反応できないだろ!」
「あ、ですよね……」

 ああ、撃退されてしまった。他の隊員の人もちらちらこちらを見ているけど、それ以上の反論はないようだ。

「シロだってパパといたいもんな~」

 パパは私のつむじにキスしてくる。声だけでパパがご機嫌なのが分かる。
 恐らく隊員さんの意見の方が正しいんだろうけど……パパと一緒にいたい、という気持ちが勝った。こくりと頷く。

「隊長、羨ましい……」

 どこからかそんな声が聞こえてきたけど誰のものかは分からなかった。
 しかし、子供を引っ提げて剣を振るって、なんか間抜けじゃないかな。でもそれを言ったら五歳にして赤子みたいにぶら下げられている私も間抜けか。
 子育てもできて仕事もできる、おまけにルックスも申し分ないパパは完璧超人なのかもしれない。多少ズレていてもせっかくのパパの優しさだしなあ……
 そう、思ったのだけど。


「それじゃあ訓練を始めるぞー。どっからでもかかってこい」

 パパが声を張って周囲に宣言する。
 その瞬間、空気が変わった。訓練用の木剣ぼっけんを持った隊員達が目の色を変えて向かってくる。

「ぴっ⁉」

 片手で私の背中を押さえ、ぐわんと動く。パパが振り下ろされた剣を避けたのだ。
 ヒャッ! 今耳元で剣同士がぶつかったよ⁉
 パパが激しく動くので私の体もそれに応じて揺れる。

「ぱっ、ぱぱ……」

 やっぱり下ろしてと伝えようとしたら、また大きく揺れた。ダメだ、しゃべったら舌を噛みそう。
 パパが上手に避けたり相手の剣を払ったりしながら、片手で私を押さえてくれてるから痛くはないんだけど……ちょっと酔ってきた。パパ気付いて。
 の、脳みそがシェイクされてるぅぅぅ。
 そうして、私は訓練が終わるまで涙を垂れ流しつつ必死に耐えた。


「おえげろ……」
「シロ、大丈夫か? ……いや、大丈夫じゃないな」

 やっとのことで訓練が終わり、ぐわんぐわん揺らされる時間は終わった。
 そして今、抱っこ紐を外されてパパに抱っこされ、背中をポンポンされている。なので、おそらく青ざめているであろう私の顔はパパから見えていない。
 いやパパ、背中ポンポンは嬉しいんだけど、今は下ろしてほしい。私は今胃の中のものをリバースしそうになってるんだよ。
 口を開けたらうっかり何かが出そうになるからパパに下ろしてと伝えることもできない。
 パパの綺麗な隊服に汚物を付けないよう、必死に吐き気をこらえる。
 ただ、吐き気はなんとかこらえることができてもにじみ出てくる涙は止められない。
 まばたきを繰り返していると、隊員さんの誰かが気がついてくれたようだ。

「た、隊長! シロちゃんが泣いてますよ⁉」
「何⁉ どうしたんだシロ?」
「ぱぱ……きもちわるい……」

 その後どうなったかは私の名誉のためにも黙っておく。ただ一つ言えるのは、もう二度と抱っこ紐で訓練に参加したくはないということだ。次からは端で見学させてもらおう。
 ごめんな、と謝るパパの声をバックに意識が遠のいていった。


 誰かの話し声で目が覚める。私は片手で目元にかけられた何かをずらした。
 どうやら目元に冷たいタオルを当てられた状態で部屋のベッドに寝かされていたようだ。
 首を動かすとパパが隣に座っているのが見えた。

「パパ……?」
「シロ、起きたか。もう気持ち悪くないか?」
「うん」

 さっきの醜態しゅうたいは思い出したくない。うん、もう忘れた。記憶から消去した。
 ふるふると首を振って体を起こすと、部屋の中にはパパの他に三人のお兄さん達がいた。
 もちろんみんな特殊部隊の隊員さんだ。私の部屋にも来たことがあるから顔も知っている。
 どうやら話し声はこの人達のものだったらしい。
 ……あれ? そういえばまだパパ以外の人の名前を知らないな。向こうにはパパが伝えていたからか元々私の名前を知っていたし、お互いに名乗るタイミングはなかった。
 ……どうしよう。今さら名前聞くのはちょっと申し訳ない。

「そういえばシロにはこいつらの名前教えてなかったな」

 さっすがパパ! シロと以心伝心!
 パパの言葉で三人も名乗っていなかったことを思い出したようだ。三人が三人とも忘れていた、というような顔をしている。

「ああ確かに」
「はいはーい! シロちゃん俺はねぇ……」

 パパは我先にと挙手をしたお兄さんの言葉をさえぎり、パパはさっきの訓練場でも私を気遣ってくれた赤髪の隊員さんを指さした。

「シロ、こいつはエルヴィス。特殊部隊唯一の常識人だ」
「よろしく、シロ。唯一の常識人といわれるのは悲しいが……おおむねその通りだ」
「唯一の常識人……エルヴィス、さん?」
「エルヴィスでいいぞ。ついでに他の奴も呼び捨てでいい」

『唯一の常識人』というのは違和感のある紹介だけど、誰もパパの言葉を否定しない。
 ……わざわざ常識人って紹介が必要ってことは、そういうことだよね。パパを見てうっすらと思ってはいたけど、特殊部隊って変人ばかりなのかもしれない。もしかして特殊部隊って業務が特殊って意味じゃなくて所属している人達が特殊って意味なのかな?
 手を挙げて聞いてみる。

「パパは常識人じゃないの?」
「ん? 常識なんかに囚われてたら特殊部隊の隊長なんてできないからな。俺は基本的にゴーイングマイウェイだ」
「なるほど! パパかっこいい!」
「だろ~」

 デレデレとした顔になったパパが私を抱きしめてくる。

「……かっこいいか?」

 エルヴィスの呟きは私の耳には入らなかった。
 そしてパパは次の人の紹介に移った。さっき意気揚々と自己紹介をしようとしてパパにさえぎられた人だ。この人もエルヴィスと同じで燃えるような赤い髪をしている。
 この人はよく部屋に遊びにきていたので、パパの次に馴染なじみのある顔だ。よくというか、私の体調が悪くない日は必ず来ていた。子供好きなんだろうと思っていたんだけど。

「エルヴィスの弟のアニだ」
「兄弟だったんだ。弟なのにアニなの?」
「うわああああああああああ‼ シロちゃんが俺の名前にツッコミ入れてくれたあああああああ‼」
「「「アニうるさい」」」

 私以外の三人の声が揃った。だけどそんなことじゃ興奮した彼は止まらないようだ。

「シロちゃんかわいいねぇかわいいねぇ。ちっちゃくてふっくらモチモチで、かわいいの化身だねぇ。おれの遺産はシロちゃんにあげるからね」

 余りの勢いに腰が引ける。これは子供好きというより――頭の中の知識がふさわしい四文字を導き出そうとするのを必死に止める。

「アニ、シロをおどかすな」
「やだな~冗談ですよ隊長。九割本気の」
「それは冗談って言わねぇんだよ」

 エルヴィスがアニの頭を叩いた。さすが常識人と言われているだけはある。
 それにしてもアニは綺麗な顔立ちをしてるのに中身が残念な人だ。じーっと見ていると、その視線に気が付いたパパがそっと私の頭を撫でた。

「シロ、確かにアニは性格に難ありだ。だが金はたんまり持ってるから、もし金に困ったらアニを頼れ。まあ俺がいるからシロが金に困ることは万が一にもないと思うが」

 アニはパパのその言葉に文句を言う。だけどそれは緊急時の財布扱いをされたことではなく、普段から貢がせろという文句だ。やっぱり変わってる。
 そしてパパは薄水色の髪をしたはかなげな美青年を指さした。

「じゃあ最後に、このいつもニコニコしてるのがシリルだ。ガチの爆弾魔だからシリルが投げたもんには近付くなよ?」
「え」
「改めてよろしくね、シロ」

 にっこりと微笑まれて、手を差し出されたけど……
 この柔らかな笑顔の下にそんな危険が。差し出された手に思わず鼻を近付けていでしまった。スンスン……火薬の匂いはしない。
 私はシリルの手を握り返してちょいちょいっと上下に振った。握手だ。
 顔を上げると、はかなげな美青年は少し驚いたような顔をした。その顔はすぐに雪解けのようなふわりとした微笑みに変わる。本当に危ない人ほど普通の顔をしているってこういうことなんだろうな。

「あ! シリルずるいぞ! おれもシロちゃんと握手したい! はいシロちゃん握手~。爆弾魔の手なんてナイナイしようね」

 アニがシリルから私の手を奪った。そのまま壊れ物を扱うような手つきでそっと手を包み込む。

「はぁ……ちっちゃい……かわいい……」

 恍惚こうこつとした表情のアニに、シリルが冷たい視線を向ける。爆弾投げないでね?
 手を振りほどかれたシリルはその手をそのまま私の頭に乗せた。
 私の頭をなでなですると、シリルが呟く。

「うわぁ、さらさらだ。頭ちっちゃ……。かわいいなぁ。今度そんなかわいいシロにぴったりなかわいい爆弾の作り方を教えてあげるね」
「かわいい爆弾とは」
「てか五歳児に危険物扱わせようとすんなっつの」

 エルヴィスが今度はシリルの頭を叩いた。正論すぎるツッコミだ。
 さて、アニに手を握られ、シリルにひたすら頭を撫でられている状態からどうやって脱しようかと思っていると、パパが私を後ろから抱っこして救出してくれた。
 パパは私を自分の片腕の上に座らせると、目を合わせてくる。

「どうだシロ、こいつらと仲良くできそうか?」
「うん!」

 変わったところがあるけど、みんな悪い人達じゃないのはこの短い間でも分かっている。

「そうか。他の隊員達はまた追々紹介するな。そいつらとも仲良くしてやってくれ」
「はーい!」

 元気よく返事をすると、パパは嬉しそうに微笑んだ。パパが嬉しそうにしていると私も嬉しい。

「――じゃあ自己紹介も済んだことだし、俺達はおいとましますね」
「「え~!」」

 エルヴィスの言葉に二人が不満の声を上げる。

「シロは初めて外に出て疲れてるんだから、もう休ませてやろうな」

 しかしエルヴィスの言い分は真っ当で二人は反論できなかったようだ。すごすごと扉の方に歩いていく。
 それから各々おのおの別れの挨拶をして部屋を出て行った。
 三人が出て行ったことで部屋の中が一気に静かになる。いや、さっきまでがにぎやかすぎたのか。

「じゃあもう寝ようか。少し寝たとはいえまだ疲れてるだろ。ごめんなシロ」
「ううん。パパがシロを楽しませようとしてくれたのは分かってるよ」

 問題は、パパも他の人達と同じように少し感性がズレていたということだ。でも私が寂しくないように側にいて、なおかつ楽しませようとしたその気持ちが嬉しかった。
 パパの隣に寝転がると、首元までしっかり布団をかけられる。パパは隣で肘を支えに頭を起こし、布団の上から私のお腹をポンポンしてくれる。それだけで安心するというか、ちょっと眠くなる。
 目をつぶると自然と濃い一日が思い出される。その中でも三人の自己紹介はかなり印象に残っている。

「今日はね、常識人っていうのも立派な個性なんだってことを学んだよ」
流石さすがシロ、五歳児の着眼点じゃないな」
「えへへ」

 褒められてご満悦な私は、そのまま心地よい眠気に身をゆだねた。


 次の日から私のリハビリが始まった。
 目覚めてから約一か月寝たきりだった私の足はすっかり筋肉が落ちてしまっていた。
 私の体が同じ年の子供よりもずいぶん細いことが、私の足を見た時のパパの渋い顔で分かった。
 怪我をしたわけでもないから、筋肉がつけば普通に歩いたり走ったりできるようになるらしいんだけどね。
 そして今日は初めてのリハビリだ。頑張らなきゃ!
 まずは部屋の床にマットを敷いて、パパに手伝ってもらって足のストレッチをおこなっている。パパと私が暮らしている部屋は、結構広いのにベッドや机などの最低限の家具しかない。だから家具を部屋の端に寄せればスペースの確保はばっちりだ。
 広いスペースでのびのびとリハビリができる……はずだったんだけど。

「シロちゃんがんばって~!」
「おいアニ大きい声出すな。シロがビックリしちゃうだろ」

 そうアニを注意するエルヴィスの隣にはニコニコと微笑むシリルがいる。
 なんで三人ともいるんだろう……? 大の大人が三人も押しかけてきたせいで部屋がちょっと狭く感じる。
 いざリハビリをしようというところで、三人は意気揚々いきようようとこの部屋にやってきた。私の応援にきてくれたらしい。
 にぎやかだけど、応援してくれるのは嬉しい。
 パパが足のストレッチをしてくれている間、上半身は暇なので三人に向けてちょいんちょいんと手を振ってみた。

「「「――――‼」」」

 たったそれだけで三人のテンションが一瞬で上がったのが分かった。そこまで大袈裟に反応されるとリアクションに困る。でも嬉しいからもっといっぱい手を振っちゃう。
 ちょいちょいと手を振る私に三人は全力でブンブンと手を振り返すから、私もさらに大きく手を振り返す。すると三人もさらに大きく手を振って――――

「――楽しそうだなシロ」


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