天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの

文字の大きさ
75 / 104
二章

真のヒーローは誰だ!?

しおりを挟む


 食後は少し休憩して、腹ごなしもかねて訓練をする。
 普段は和気藹々としつつもみんな真面目に取り組むんだけど……。


「くらえっ! ファイアーソード! アチッ」

 ある男が訓練用の木剣のブレードの部分に火をつけて振り回している。

「なんだと!? それじゃあこっちは、水に漬けた剣っ!」
「技名ダサいな」


 別の場所ではトランポリンが設置されていた。

「俺は三十メートル級の超ジャンプをやってみせる!」
「じゃあ俺は五十メートル級だ!」


 こっちでも……。

「ファイアーボムッ!」
「シリルそれただの小型爆弾だろ! ギャアアアアア!」

 ……シリルはいつも通りだった。
 ついでにエスも自分を縛れと隊員の一人に迫っている。

 訓練場の端に呆然と立ち尽くすウイリアムとエルヴィスがいた。二人にこの状況を説明してもらおう。

「ああ、アニが『ヒーローたるもの必殺技の一つや二つ撃てて当然!』とかぬかしてな。その言葉に触発された奴らが漫画に出てきそうな技を実践しようとしてるわけだ」
「ウチのセバスも行きやがった」
「へ~」

 ちょっと楽しそう。私も交ざってこようかな……。

「シロは行くなよ? 危ないから」
「……はぁ~い」

 エルヴィスめ。私の思考を把握しておる。

「むぅ~、じゃあパパなんかやって?」
「例えばどんなのだ?」
「う~ん、斬撃を飛ばして遠くのものを切るとか?」
「ふむ」

 すると、パパはおもむろに剣を抜いた。そして軽く振りかぶる。


「ほいっ」


 ビュンッッッ! ズバアアアアアアアアン!

「え?」
「は?」
「わお」

 前髪がフワッと風に煽られた。
 パパが残像を残しながら宙を切ったかと思えば、大体五十メートル程離れた所にあった木がスパンッと真っ二つに分かれていた。

 ……パパ、すっごい……。

 周りでバカなことをやっていた隊員たちもパパが繰り出した剣技に口を開いて唖然としていた。

 もうヒーロー選手権はパパの優勝でいいんじゃないかな。
 そんなことを思っていると、パパに脇に手を差し込まれ、持ち上げられた。

「シロ、どうだった?」
「すっごくかっこよかった!」
「ハッハッハー! そうだろ~」

 パパにとっては大した技でもないんだろうけど、娘に褒められてご満悦みたいだ。

「すっげー! さすが隊長! 俺もやってみよ!」
「え、俺も~!」
「俺もー」

 皆、次々にパパのマネを始める。――が、当然、刃の届く範囲のものしか切れない。
 まぁそうだよね……。




「――――!」
「――てっ!」


「ん?」

 耳が誰かの怒鳴り声を拾った。

「なんか向こうが騒がしいな」

 パパにも聞こえたようだ。

「ちょっと見てくる。シロはここにいろ」
「ん」

 パパは、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
 そして地を蹴って軽く屋根から屋根へ飛び移り、声のしたほうへと向かって行った。

 ……パパ、普通に超ジャンプできてるじゃん。


 ……ひまになっちゃった。エンペラーと遊ぼ。

「エンペラーおいで」
「ガウッ!」

 エンペラーを呼ぶと尻尾をブンブン振りながら駆け寄ってきた。かわいいやつめ。
 モフモフにギュッと抱き付いて頭を撫でてやる。

「ガウ~♪」
「んふ~♪」

 今日もいい毛並みだ。頬をスリスリしてもふもふを堪能する。




 タッタッタッタッ


「ん?」

 荒い呼吸と大人が走る足音。

「うおおおおおお!」

 振り返ると、知らない男の人がナイフを振り上げながらこちらに走って来ていた。その殺気は明らかに私を狙っている。

「……しろ」
「へ?」

 一瞬の間に、クロが男の人から私を守るように滑り込んできていた。覆いかぶさるようにギュッと抱き締められる。

「クロ!」



 トスッ




 クロの背中にナイフが刺さり、真っ赤な血液が流れ落ちる――――――ことはなかった。

 クロも今日は例にもれず隊服を身に着けていた。特殊部隊は危険な仕事も多いため、隊服は当然、防刃加工がなされている。
 つまり、そこらのナイフごときでは傷一つ付けることはできないということだ。

「いたい……」

 刃が刺さらなかったとはいえ、人を殺すつもりで放たれたものが当たれば痛くない筈がない。クロの背中にはまず間違いなくアザができてしまうだろう。

「クロ、かばってくれてありがとう」
「ん……」

 頭に擦り擦りされた。クロの行動にほっこりしてしまって、一瞬、ナイフを持った男がまだそばにいるということを忘れてしまった。

「オラアアアアアア!」

 再び男がナイフを振りかぶる。

 またクロに当たっちゃう!

「あぶなああああああい!」

 全速力で走ってきたアニが木剣でナイフを弾き飛ばした。それによって男が丸腰になる。
 アニは腕を組み、誇らしげに胸を張った。

「ふふん、今俺はシロちゃんをかばうクロをかばった。つまり! 間接的にシロちゃんを守ったってことだ! 俺がヒーロー!」
「は?」

 男は意味が分からないというような表情をした。そりゃそうだろう。急に大の大人がヒーローを自称し始めたのだ。

「それはずるいですアニ」

 何がずるいのかは分からないけど、エスもこちらに走ってきた。

「あ、僕が入れないので一歩下がってください」
「へ?」

 そう言って男の肩を押し、アニと男の間にスペースを作るとエスはそこにおさまった。

「ア、アニアブナーイ。これで僕はシロをかばったアニをかばったので、より多くを守った僕のほうがヒーローです」
「はぁ!? そんなの屁理屈だろ!」

 アニがエスに抗議する。

「ちょっと君もう一歩下がってくれる?」

 さらにシリルがエスと男の間に割り込んできた。

「これで僕はシロをかばったクロをかばったアニをかばったエスをかばったんだから、僕が一番のヒーローだね」

 シリルはニッコリと笑って言った。

「はあああああ!? じゃあ俺はシロをかばったクロをかばったアニをかばったエスをかばったシリルをかばってやるよ」
「あぁん! じゃあ俺はシロをかばった……」

 そんな感じで、次々とみんなが集まっては一列に並んでいった。今は体育の時間だったけか?

「シロ!」
「パパ!」

 後ろからギュウウと抱き上げられた。

「遅くなってごめんなシロ。怖い思いしてないか? ケガもしてないな? かわいい顔を見せてくれ」
「シロは無傷だよ。でも代わりにクロが痛い思いしちゃったの」
「そうか、よくシロを守ってくれたな」

 パパはよしよしとクロの頭を撫でた。クロも満更でもなさそうだ。

 パパが向かった先では、城に運び込まれてきた罪人たちが拘束を逃れて暴れ回ってたんだって。それを鎮圧していたらこちらの異変に気付くのが遅くなったと謝られた。
 もう抱っこ紐で縛ってずっと一緒に行動しようかとパパに聞かれた。抱っこされるのは嬉しいけどそれはなんかちょっと嫌だな。

 過保護をこじらせそうなパパに抱き締められていると、亀甲縛りにされた男をエルヴィスが引きずってきた。

「隊長、こいつ捕まえて(エスが)縛っておいたんですけど、どうしますか?」

 パパに耳を塞がれる。

「そいつは城の地下牢に運んどけ。……無傷では届けるなよ」
「はい!」

 パッと耳から手が離された。

 骨振動のせいだかなんだか知らないけど、耳を塞がれてても声って案外聞こえるよね……。
 私の沈黙をどう捉えたのか、パパは余計な補足説明をしてくれた。

「安心しろ。罪人を易々と逃がした奴らは殿下がキッチリお仕置きしておいてくれるからな」

 うわぁ。可哀想。……でも自業自得かな?





 その後はみんな何事もなかったかのようにヒーロー選手権に戻った。



 私はマイクを持って木の箱の上に乗った。

「それでは、けっかを発表します!」

 ダラダラダラダラダンッ

「一位はもちろんクロ! 二位はパパ! 三位はエンペラ~!」
「えぇ!? 俺は!?」
「アニはそもそも途中で失格になってたじゃん」
「そんなぁ」

 アニが食堂の床に崩れ落ちた。


「クロおめでと~!」

 私はピョンッとクロに抱き付く。

「ん……。ありがと」
「んふふ~」
「ほら、お前たちそろそろ席につけ。メシにすんぞ」

 クロは私を床に下ろして椅子に座った。
 そして私はパパに持ち上げられる。パパの膝の上に座らされるかと思えば、私が置かれたのはクロの膝の上だった。
 私とクロがハテナマークを浮かべていると、パパはキザにウインクをしてきた。

「何たら選手権はクロが優勝したらしいからな。ご褒美だ」

 そう言って自分は隣の席に腰かけた。
 ……これがご褒美になるのは極一部だと思うんだけど。親バカだなぁ。

「クロ、大丈夫? 重くない?」

 重くはないと思うけど一応聞いておく。

「ん……だいじょうぶ。しろといっしょ、うれしい……」

 そう言ったクロはかすかに微笑んで、私を抱きしめた。







しおりを挟む
感想 356

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。