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2章
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□
隼人さんを避けるように家を出て、いつものように剛と学校へ向かう。
途中、心配した兄ちゃんが電話をしてきたけど「心配しないで」といってそのままスマホの電源を切った。
大好きな兄ちゃんなのに、今はちょっと落ち着いて話せそうにない。兄ちゃんが俺のことを疎んでいたのは、本当に小さい頃の話で、今の兄ちゃんはとても俺を可愛がってくれるのに。
昨夜見た夢が俺を臆病にさせていた。
「なんだ、浮かない顔してんな、里桜と喧嘩か?」
「そんなんじゃないよ。俺たち、喧嘩しないもん」
そうだ、いつも兄ちゃんが我慢してくれるから俺たちはあまり喧嘩したことがない。
俺がなにか欲しいと思ったら大抵のものはくれるし、反発してもいつも兄ちゃんが折れてくれた。
兄ちゃんは俺に親のように叱ったことはあれど、全部俺のためにしたことで、兄ちゃん自身は俺がどんなわがままを言っても怒ったことは一度もなかった。
隼人さんが好きだと告白してきたときも、兄ちゃんは俺に好きになってごめんと謝っていた。
兄ちゃんが誰を好きになろうと兄ちゃんの自由なのに。
それを俺は、兄ちゃんも隼人さんを好きだったらどうしよう…なんて、自分のことしか考えずパニックになっていたんだ。
兄ちゃんは、いつも俺の“兄ちゃん”でもあり、“父親”代わりでもあった。
父さんが死んでから。
「お父さん…か……」
「ん?どうした?」
「急に思い出して。お父さんのこと」
断片的な思い出した記憶の中に、忘れかけていたお父さんのこともあった。
お父さんと言っても、俺の本当の父親ではない。
兄ちゃんの実のお父さんのこと。母さんが俺を引き取ったことに文句も言わず、優しく迎え入れてくれたひと。
“お父さん”はとても優しく穏やかな人で…笑った感じが隼人さんに似ている人だった。
「お父さんはさ、隼人さんにどこか似てたんだよね。眼鏡かけてていつも笑顔で、ほんわかしてて穏やかな人だったんだ。
ちょっと喜怒哀楽が激しい母さんと真逆の落ち着いた人だった」
「あのスケベ野郎に?鈴はファザコンだったんだな」
「ファザコンって…」
そんなこと…ないと思うんだけど。
そもそも、本当のお父さんでもないし…。
「なぁ、疑問なんだけど、鈴はなんであいつのことスキなんだ?」
「隼人さんのこと?」
「そう。だってあいつ、頭硬そうだし、冗談も通じなさそうじゃん?それに俺たちとも年が離れているし。
なにより、いつも冷めた目をしてるっていうか、世間を見下しているような感じじゃん?お偉いエリート様って感じでさ。
顔は王子様みたいに美形かもしれないけど、他人に対して興味ないっていうか冷たい感じがするし。笑顔で接するのも鈴くらいなものだけだし、他の人には作り笑いを浮かべてるっていうか」
「そうかな…」
「鈴はさ、あいつに、“お父さん”を重ねているんじゃないのか?
お前のスキって、“思い違い”なんてこと、ない?」
「ーえ…」
剛の言葉に、一瞬反応が遅れた。
思い過ごし。
そんなの考えたことなかった。
「そんなこと…」
「ないって言えるか?何があってもあいつのことスキって言える?例えばあいつにーー他の女がいても?」
「女…」
「あいつがスキな鈴にはずっと秘密にしてたけど、あの男、昔障害事件を起こしたことあるんだぜ。男女絡みの。
俺の家、暴力団だろ?だから、そういう黒い事件の情報とか入ってきてさ。あいつは…」
「言わないで」
剛の言葉を遮るように、俺は剛の言葉をかき消した。
「今、俺ぐちゃぐちゃなんだ。だから…ー」
今聞いてしまえば、きっと隼人さんの気持ちがわからなくなってしまう。
恋心が砂のようにサラサラと消えていってしまいそうだった。
たとえ剛の話が事実でも、これからのことを考えたら聞いたほうがいい話も、今は聞きたくなかった。
「鈴…。悪かった。あいつのことスキな鈴に急にこんなこと…でもな、鈴俺はーー」
「…あっ!」
剛の背後で、見知った顔を見つけ俺は思わず声をあげた。
人混みが多い駅構内でも目立つ長身。
蒼い瞳をした、このところ何度も遭遇するあの男の人だ。
「鈴?」
「先行ってて!ちょっと野暮用できたから!」
「野暮用ってどこへ…」
心配する剛をおいて、俺は見つけた男の後ろ姿を追った。
だが、男と俺と足のリーチが違うからなかなか追いつけなくて。
結局人混みであふれかえる駅構内で見失ってしまい、俺はがっくりと肩を落とした。
「会いたいと思ったら会えるっていったのに…」
「誰に会いたかったんだ?」
「…え?」
背後から声をかけられて、ビクリと身体が跳ねる。
ゆっくり振り返るとそこには、あの男の姿。
「どうした?浮かない顔をしているな」
男は長身を屈めて俺の顔を覗き込んだ。
「凄い…会いたいと思ったら、本当に会えた。
貴方って何者なの?」
「何者、か…。そうだな…ー」
男は苦笑すると
「お前の前世の恋人だよ」といった。
□
駅近くのおしゃれな喫茶店。
今日こそあの男から色々話を聞きたかったので、逃すまいと男の腕を取り喫茶店に入った。
男は抱っこ人形よろしく、くっついた俺に苦笑を浮かべていたものの怒ることはせず、おとなしくついてきてくれた。
喫茶店の奥まった席に座り、注文を頼む。
俺は、アイスココアをオーダーし、男はアイスコーヒーを頼んでいた。
「ねぇ、さっきのどういう意味?」
注文を終えて、一息つくと俺は男に尋ねた。
「どういう…とは?」
「前世の…とかーー」
「ああ、さっきのか」
「そうだよ、前世の恋人って…」
俺の前世の恋人?
その恋人が俺に会いに来た?
そんな馬鹿な。
恋愛小説じゃないんだから、前世なんてあるわけない。
「俺、オカルトなんて信じないし…。だから、その前世とか信じない…んだけど…」
言葉が尻すぼみになっていく。
オカルトなんて、信じない。
でも、男のことをこんなにも意識してしまうのは何故なのか。
もしかして、本当に前世で関係があるからなのかな…。
困惑している俺に男は「お前は前世は信じないタイプか?」と逆に俺に質問を投げかけてきた。
「うーん。考えたことなかったし……。運命の赤い糸なんかは、あるといいな…って思ったことあるけど。でもー」
隼人さんと両思いになれたらいいな、とか。
男同士だけどこんなに好きでいるのは、運命の赤い糸で繋がってるのかも、なんて乙女な思考に陥ったことはあるけれど。
隼人さんのことでモヤモヤしている今は、そんなものあるんだろうかと、後ろ向きな気持ちになっている。
恋愛って楽しいだけだと思っていたけど、隼人さんを好きになるたびに自分が嫌になっていく。自分のことがわからなくなっている。
「今は、なんかよくわかんないや。恋をするとふわふわして、ずっと楽しい気持ちになれるんだと思ってた。駄目だね、俺。恋に夢見てて、実際恋をしてこんなはずじゃなかった、って気持ちになってるや…」
「お前の恋人は…あの男か?
数日前にあった眼鏡の…お前の手を握りしめていた…」
「よくわかったね…」
俺が感心したように呟ければ、男は「まぁ…」と言葉を濁す。
態度でバレバレなのかな。隼人さん、外でも俺と手を繋いでるし態度でバレバレなのかも。
「あの人が俺の恋人。でも、そう思っているのは俺だけかもしれないけど」
「幸せじゃないのか?あの男と付き合えて…」
「うーん。幸せ、だったんだけどな…。長年の片思いが成就して…」
隼人さんの一部分を知らずにいたら、きっと今も幸せだったと思う。いや、気づかないふりができていたと思う。
今の子供の自分が隼人さんなんかに本気で好きになってもらえるはずないって事実に。
こんな俺でも愛されてる、って。
「ねぇ、前世の恋人だって言ってたけど、俺の前世ってどんな?」
「急に話題を変えたな…。前世を信じないんじゃなかったのか?」
「そりゃ、まだ信じられないけど…」
いきなり前世の恋人ですだなんて言われて…。
それも男の人にだよ?
隼人さんにずーっと恋してた俺だけど、特別男が好きってわけでもない。
でも眼の前の男に『前世の恋人』だと言われて嫌な感じはしないし、それどころか、受け入れている自分もいた。
「あれは、嘘だよ、嘘」
「へ?」
「お前が可愛い顔してたから、ナンパしてみただけだ」
「な、なな、ナンパ?」
「ああ言えば、是が非でも気になってお前がモーションかけてくると思ってな」
成功したみたいだな、と男はニヤリと笑う。
冗談なんか言いそうにないくらい、綺麗な顔してるのに、さっきの話は嘘?詐欺だ、詐欺。
「あんな真剣なトーンで言われたら誰だって騙されると思う。ああやっていつもナンパしてるの?」
「いや、ああやって声をかけたのはお前だけだよ」
「それも嘘なんだ?」
「どうしてそう思う?」
「いい慣れているような気がした。そうだ、ホストでしょ、貴方」
色気ダダ漏れだし。
今も、胸元が大きく開いたシャツを着ているけど、まるでモデルさんみたいに着こなしていて、男へと周りの視線がビシバシ集まっているのがわかる。
「凄く注目浴びてるし」
「それは、お前を見てるんだよ。お前が可愛いからな」
「可愛いとか、普通ほぼ、面識のない年下の男に言う?
ね、本当にホストなの?」
「さぁ…どう思う?」
男から正面から見据えられる。
深い深い蒼色に視線が奪われて。
俺は男の手で俺の頬に触れているのに、しばらく気づかなかった。
「お前は相変わらず…ーー」
「おまたせしましたー。
ご注文のアイスコーヒーと…こ、ココアになります!」
ウエイトレスさんは頬を高揚させながら、俺達の前に頼んでいた飲み物を置いた。ウエイトレスさんは、チラチラと俺達に視線を送ったあと、ゆっくりと他の席へと映っていく。
「へ、へんな風に思われたじゃんか」
「悪いな」
顔を赤らめた俺に男は微笑し、俺の頬にかざしていた手を外した。
「良かった。少し元気になったみたいだな」
「え…」
「お前は笑っているほうがいい」
男に言われて気づく。
男と合う前の暗い感情が、少しだけ減ったこと、それから自分が笑えていることに。
「貴方は俺のお助けマンみたいだね」
「お助けマン…」
「あのね、ついでに相談してもいい?どうしたら、もっと大人の、冷静な恋ってできると思う?嫉妬せず、恋人を信じられると思う?
自分が…彼の隣にいてもいいんだって、自信持てると思う?」
俺はそう切り出して、男に話す。
隼人さんと俺のこと。
昨夜見た夢のことを。
男は長くなった俺の話を、黙って聞いてくれた。
「俺にちゃんと手を出してこないのも、俺がお子様すぎるからかな」
「知りたいのならちゃんと話し合ったほうがいい。傷が浅いうちに。
昔、俺は恋人と親友を言葉足らずで傷つけ失ったことがある。
恋人も親友も、とても大事な友であったというのに。
恋人を愛おしむ気持ちが強すぎて、相手に取られまいとして…次第に憎みあうようになっていた…。互いに相手の一番が自分だと躍起になっていた。
なんでも言い合える唯一の友だったのにな。もう二度と元の関係には戻れなくなってしまったよ…」
男は悲しげにそういって、注文していたアイスコーヒーに口をつけた。
まるで、今告げた悲しみも飲み込もうとする彼の仕草に、俺はすぐに返事ができなくて。ただ黙って男を見返す。
「もう少し話していれば。
傷つけあっても言葉にして歩み寄っていけばと何度も後悔した。
余計な争いをしたくないと、見ないふりをして、とっくに壊れていた友情に気づかないふりをしていた。
もっとちゃんとぶつかっていれば。
すべてを理解できなくても、ときがたてば、いつか受け入れるときが来たかもしれなかったのに。あの時、ちゃんと言葉にしなかったせいで、歩み寄る機会は永遠に失ってしまった。
言葉にしないとわかり会えないことだってある。大事な人間ならば、なおさら気持ちを伝える言葉を惜しんではいけなかったのにな」
男の言葉を聞いていると、俺の方まで切なくて苦しくて胸が傷んだ。
「だから、お前も今は無理でも少しずつ受け入れることだ」
「できるかな…」
「自分を信じろ。お前なら、できるよーー」
どうして、そんな言葉を言ってくれるのだろう。
俺とこの男は、ほぼ面識がなくてまともに喋ったのもこれが初めてなのに。
どうして、俺のことをずっと知っているような言い方をするんだろう。そして、俺もどうしてこの人のことをずっとまえから知っていたような気がするんだろう。
男のことを尋ねると、それまで饒舌に喋ってくれたのに、口を閉ざしてしまった。
素性は開かせない人なんだろうか。
「名前、教えて。名前くらいならいいでしょ」
「私…、俺の名前はジンだ。鈴」
「どうして、俺の名前…ーー」
「お前が昔、俺に教えたんだ。
お前に会いたくて、一度は離れたこの街へ戻ってきた。お前の笑った顔を、もう一度見たくて」
「俺と昔会ったことあるんだ?どこで?俺は貴方とどんな関係だったの?」
昨日の夢で、忘れていた記憶の一部を思い出すことができたけど、眼の前にいる男に関する記憶を思い出すことは一切なかった。
男は俺の問いかけにやっぱり答えてくれなくて。
「俺のことを知りたいのなら、早く思い出せ。鈴。そしたら…、俺はお前に極上の愛を囁いてやる」
「え…」
「なんてな…」
男は立ち上がると、ぼんやりとしている俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
軽く奪うような、キス。
「ごちそうさま」
「な、な、な、なにする…」
「またなにかあれば呼べ。きっと、すぐにお前のもとにくる…」
男はそういうとテーブルの上においてあった伝票を持ち出し、喫茶店を出た。
「あ…お金」
俺の分のお代を払ってないことに気づいたのは、男がいなくなって数分たった後のことだった。
□
隼人さんを避けるように家を出て、いつものように剛と学校へ向かう。
途中、心配した兄ちゃんが電話をしてきたけど「心配しないで」といってそのままスマホの電源を切った。
大好きな兄ちゃんなのに、今はちょっと落ち着いて話せそうにない。兄ちゃんが俺のことを疎んでいたのは、本当に小さい頃の話で、今の兄ちゃんはとても俺を可愛がってくれるのに。
昨夜見た夢が俺を臆病にさせていた。
「なんだ、浮かない顔してんな、里桜と喧嘩か?」
「そんなんじゃないよ。俺たち、喧嘩しないもん」
そうだ、いつも兄ちゃんが我慢してくれるから俺たちはあまり喧嘩したことがない。
俺がなにか欲しいと思ったら大抵のものはくれるし、反発してもいつも兄ちゃんが折れてくれた。
兄ちゃんは俺に親のように叱ったことはあれど、全部俺のためにしたことで、兄ちゃん自身は俺がどんなわがままを言っても怒ったことは一度もなかった。
隼人さんが好きだと告白してきたときも、兄ちゃんは俺に好きになってごめんと謝っていた。
兄ちゃんが誰を好きになろうと兄ちゃんの自由なのに。
それを俺は、兄ちゃんも隼人さんを好きだったらどうしよう…なんて、自分のことしか考えずパニックになっていたんだ。
兄ちゃんは、いつも俺の“兄ちゃん”でもあり、“父親”代わりでもあった。
父さんが死んでから。
「お父さん…か……」
「ん?どうした?」
「急に思い出して。お父さんのこと」
断片的な思い出した記憶の中に、忘れかけていたお父さんのこともあった。
お父さんと言っても、俺の本当の父親ではない。
兄ちゃんの実のお父さんのこと。母さんが俺を引き取ったことに文句も言わず、優しく迎え入れてくれたひと。
“お父さん”はとても優しく穏やかな人で…笑った感じが隼人さんに似ている人だった。
「お父さんはさ、隼人さんにどこか似てたんだよね。眼鏡かけてていつも笑顔で、ほんわかしてて穏やかな人だったんだ。
ちょっと喜怒哀楽が激しい母さんと真逆の落ち着いた人だった」
「あのスケベ野郎に?鈴はファザコンだったんだな」
「ファザコンって…」
そんなこと…ないと思うんだけど。
そもそも、本当のお父さんでもないし…。
「なぁ、疑問なんだけど、鈴はなんであいつのことスキなんだ?」
「隼人さんのこと?」
「そう。だってあいつ、頭硬そうだし、冗談も通じなさそうじゃん?それに俺たちとも年が離れているし。
なにより、いつも冷めた目をしてるっていうか、世間を見下しているような感じじゃん?お偉いエリート様って感じでさ。
顔は王子様みたいに美形かもしれないけど、他人に対して興味ないっていうか冷たい感じがするし。笑顔で接するのも鈴くらいなものだけだし、他の人には作り笑いを浮かべてるっていうか」
「そうかな…」
「鈴はさ、あいつに、“お父さん”を重ねているんじゃないのか?
お前のスキって、“思い違い”なんてこと、ない?」
「ーえ…」
剛の言葉に、一瞬反応が遅れた。
思い過ごし。
そんなの考えたことなかった。
「そんなこと…」
「ないって言えるか?何があってもあいつのことスキって言える?例えばあいつにーー他の女がいても?」
「女…」
「あいつがスキな鈴にはずっと秘密にしてたけど、あの男、昔障害事件を起こしたことあるんだぜ。男女絡みの。
俺の家、暴力団だろ?だから、そういう黒い事件の情報とか入ってきてさ。あいつは…」
「言わないで」
剛の言葉を遮るように、俺は剛の言葉をかき消した。
「今、俺ぐちゃぐちゃなんだ。だから…ー」
今聞いてしまえば、きっと隼人さんの気持ちがわからなくなってしまう。
恋心が砂のようにサラサラと消えていってしまいそうだった。
たとえ剛の話が事実でも、これからのことを考えたら聞いたほうがいい話も、今は聞きたくなかった。
「鈴…。悪かった。あいつのことスキな鈴に急にこんなこと…でもな、鈴俺はーー」
「…あっ!」
剛の背後で、見知った顔を見つけ俺は思わず声をあげた。
人混みが多い駅構内でも目立つ長身。
蒼い瞳をした、このところ何度も遭遇するあの男の人だ。
「鈴?」
「先行ってて!ちょっと野暮用できたから!」
「野暮用ってどこへ…」
心配する剛をおいて、俺は見つけた男の後ろ姿を追った。
だが、男と俺と足のリーチが違うからなかなか追いつけなくて。
結局人混みであふれかえる駅構内で見失ってしまい、俺はがっくりと肩を落とした。
「会いたいと思ったら会えるっていったのに…」
「誰に会いたかったんだ?」
「…え?」
背後から声をかけられて、ビクリと身体が跳ねる。
ゆっくり振り返るとそこには、あの男の姿。
「どうした?浮かない顔をしているな」
男は長身を屈めて俺の顔を覗き込んだ。
「凄い…会いたいと思ったら、本当に会えた。
貴方って何者なの?」
「何者、か…。そうだな…ー」
男は苦笑すると
「お前の前世の恋人だよ」といった。
□
駅近くのおしゃれな喫茶店。
今日こそあの男から色々話を聞きたかったので、逃すまいと男の腕を取り喫茶店に入った。
男は抱っこ人形よろしく、くっついた俺に苦笑を浮かべていたものの怒ることはせず、おとなしくついてきてくれた。
喫茶店の奥まった席に座り、注文を頼む。
俺は、アイスココアをオーダーし、男はアイスコーヒーを頼んでいた。
「ねぇ、さっきのどういう意味?」
注文を終えて、一息つくと俺は男に尋ねた。
「どういう…とは?」
「前世の…とかーー」
「ああ、さっきのか」
「そうだよ、前世の恋人って…」
俺の前世の恋人?
その恋人が俺に会いに来た?
そんな馬鹿な。
恋愛小説じゃないんだから、前世なんてあるわけない。
「俺、オカルトなんて信じないし…。だから、その前世とか信じない…んだけど…」
言葉が尻すぼみになっていく。
オカルトなんて、信じない。
でも、男のことをこんなにも意識してしまうのは何故なのか。
もしかして、本当に前世で関係があるからなのかな…。
困惑している俺に男は「お前は前世は信じないタイプか?」と逆に俺に質問を投げかけてきた。
「うーん。考えたことなかったし……。運命の赤い糸なんかは、あるといいな…って思ったことあるけど。でもー」
隼人さんと両思いになれたらいいな、とか。
男同士だけどこんなに好きでいるのは、運命の赤い糸で繋がってるのかも、なんて乙女な思考に陥ったことはあるけれど。
隼人さんのことでモヤモヤしている今は、そんなものあるんだろうかと、後ろ向きな気持ちになっている。
恋愛って楽しいだけだと思っていたけど、隼人さんを好きになるたびに自分が嫌になっていく。自分のことがわからなくなっている。
「今は、なんかよくわかんないや。恋をするとふわふわして、ずっと楽しい気持ちになれるんだと思ってた。駄目だね、俺。恋に夢見てて、実際恋をしてこんなはずじゃなかった、って気持ちになってるや…」
「お前の恋人は…あの男か?
数日前にあった眼鏡の…お前の手を握りしめていた…」
「よくわかったね…」
俺が感心したように呟ければ、男は「まぁ…」と言葉を濁す。
態度でバレバレなのかな。隼人さん、外でも俺と手を繋いでるし態度でバレバレなのかも。
「あの人が俺の恋人。でも、そう思っているのは俺だけかもしれないけど」
「幸せじゃないのか?あの男と付き合えて…」
「うーん。幸せ、だったんだけどな…。長年の片思いが成就して…」
隼人さんの一部分を知らずにいたら、きっと今も幸せだったと思う。いや、気づかないふりができていたと思う。
今の子供の自分が隼人さんなんかに本気で好きになってもらえるはずないって事実に。
こんな俺でも愛されてる、って。
「ねぇ、前世の恋人だって言ってたけど、俺の前世ってどんな?」
「急に話題を変えたな…。前世を信じないんじゃなかったのか?」
「そりゃ、まだ信じられないけど…」
いきなり前世の恋人ですだなんて言われて…。
それも男の人にだよ?
隼人さんにずーっと恋してた俺だけど、特別男が好きってわけでもない。
でも眼の前の男に『前世の恋人』だと言われて嫌な感じはしないし、それどころか、受け入れている自分もいた。
「あれは、嘘だよ、嘘」
「へ?」
「お前が可愛い顔してたから、ナンパしてみただけだ」
「な、なな、ナンパ?」
「ああ言えば、是が非でも気になってお前がモーションかけてくると思ってな」
成功したみたいだな、と男はニヤリと笑う。
冗談なんか言いそうにないくらい、綺麗な顔してるのに、さっきの話は嘘?詐欺だ、詐欺。
「あんな真剣なトーンで言われたら誰だって騙されると思う。ああやっていつもナンパしてるの?」
「いや、ああやって声をかけたのはお前だけだよ」
「それも嘘なんだ?」
「どうしてそう思う?」
「いい慣れているような気がした。そうだ、ホストでしょ、貴方」
色気ダダ漏れだし。
今も、胸元が大きく開いたシャツを着ているけど、まるでモデルさんみたいに着こなしていて、男へと周りの視線がビシバシ集まっているのがわかる。
「凄く注目浴びてるし」
「それは、お前を見てるんだよ。お前が可愛いからな」
「可愛いとか、普通ほぼ、面識のない年下の男に言う?
ね、本当にホストなの?」
「さぁ…どう思う?」
男から正面から見据えられる。
深い深い蒼色に視線が奪われて。
俺は男の手で俺の頬に触れているのに、しばらく気づかなかった。
「お前は相変わらず…ーー」
「おまたせしましたー。
ご注文のアイスコーヒーと…こ、ココアになります!」
ウエイトレスさんは頬を高揚させながら、俺達の前に頼んでいた飲み物を置いた。ウエイトレスさんは、チラチラと俺達に視線を送ったあと、ゆっくりと他の席へと映っていく。
「へ、へんな風に思われたじゃんか」
「悪いな」
顔を赤らめた俺に男は微笑し、俺の頬にかざしていた手を外した。
「良かった。少し元気になったみたいだな」
「え…」
「お前は笑っているほうがいい」
男に言われて気づく。
男と合う前の暗い感情が、少しだけ減ったこと、それから自分が笑えていることに。
「貴方は俺のお助けマンみたいだね」
「お助けマン…」
「あのね、ついでに相談してもいい?どうしたら、もっと大人の、冷静な恋ってできると思う?嫉妬せず、恋人を信じられると思う?
自分が…彼の隣にいてもいいんだって、自信持てると思う?」
俺はそう切り出して、男に話す。
隼人さんと俺のこと。
昨夜見た夢のことを。
男は長くなった俺の話を、黙って聞いてくれた。
「俺にちゃんと手を出してこないのも、俺がお子様すぎるからかな」
「知りたいのならちゃんと話し合ったほうがいい。傷が浅いうちに。
昔、俺は恋人と親友を言葉足らずで傷つけ失ったことがある。
恋人も親友も、とても大事な友であったというのに。
恋人を愛おしむ気持ちが強すぎて、相手に取られまいとして…次第に憎みあうようになっていた…。互いに相手の一番が自分だと躍起になっていた。
なんでも言い合える唯一の友だったのにな。もう二度と元の関係には戻れなくなってしまったよ…」
男は悲しげにそういって、注文していたアイスコーヒーに口をつけた。
まるで、今告げた悲しみも飲み込もうとする彼の仕草に、俺はすぐに返事ができなくて。ただ黙って男を見返す。
「もう少し話していれば。
傷つけあっても言葉にして歩み寄っていけばと何度も後悔した。
余計な争いをしたくないと、見ないふりをして、とっくに壊れていた友情に気づかないふりをしていた。
もっとちゃんとぶつかっていれば。
すべてを理解できなくても、ときがたてば、いつか受け入れるときが来たかもしれなかったのに。あの時、ちゃんと言葉にしなかったせいで、歩み寄る機会は永遠に失ってしまった。
言葉にしないとわかり会えないことだってある。大事な人間ならば、なおさら気持ちを伝える言葉を惜しんではいけなかったのにな」
男の言葉を聞いていると、俺の方まで切なくて苦しくて胸が傷んだ。
「だから、お前も今は無理でも少しずつ受け入れることだ」
「できるかな…」
「自分を信じろ。お前なら、できるよーー」
どうして、そんな言葉を言ってくれるのだろう。
俺とこの男は、ほぼ面識がなくてまともに喋ったのもこれが初めてなのに。
どうして、俺のことをずっと知っているような言い方をするんだろう。そして、俺もどうしてこの人のことをずっとまえから知っていたような気がするんだろう。
男のことを尋ねると、それまで饒舌に喋ってくれたのに、口を閉ざしてしまった。
素性は開かせない人なんだろうか。
「名前、教えて。名前くらいならいいでしょ」
「私…、俺の名前はジンだ。鈴」
「どうして、俺の名前…ーー」
「お前が昔、俺に教えたんだ。
お前に会いたくて、一度は離れたこの街へ戻ってきた。お前の笑った顔を、もう一度見たくて」
「俺と昔会ったことあるんだ?どこで?俺は貴方とどんな関係だったの?」
昨日の夢で、忘れていた記憶の一部を思い出すことができたけど、眼の前にいる男に関する記憶を思い出すことは一切なかった。
男は俺の問いかけにやっぱり答えてくれなくて。
「俺のことを知りたいのなら、早く思い出せ。鈴。そしたら…、俺はお前に極上の愛を囁いてやる」
「え…」
「なんてな…」
男は立ち上がると、ぼんやりとしている俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
軽く奪うような、キス。
「ごちそうさま」
「な、な、な、なにする…」
「またなにかあれば呼べ。きっと、すぐにお前のもとにくる…」
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ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
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