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2章
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『お前も今は無理でも少しずつ受け入れることだ。逃げてばかりだと、後悔するぞ。ぶつかる勇気も必要だ』
ジンさんに勇気を貰った俺は、保健室の前に来ていた。
深呼吸をしたあと、ドアをノックすると中から呑気などうぞーという返事が返ってきた。
ガラリと戸を開ければ、中にいた春ちゃんがキョトンと俺を見返した。
「おはよう、早いね。どうかした?」
「……おはよう」
俯いたまま、保健室の丸椅子に座る。春ちゃんも向かいの席に座り、俺の沈んだ様子に「風邪?」と心配してくれた。
優しい春ちゃん。
隼人さんが大学の時から、ずっと春ちゃんは俺に優しく接してくれた。それは、春ちゃんが、隼人さんと付き合っていたから?
「訊きたい事あるんだけど」
「ききたいこと?」
「春ちゃん…昔隼人さんと……その」
付き合っていたの?
その言葉がなかなか口にできなくて。
それでも春ちゃんは俺が言いたいことに気づいたんだろう。
どこか面白そうな顔をして、長い髪をかきあげた。
「それって、セックスする仲だったって事を、訊きたいのかな」
「…それは」
「それを訊きたいんだろう?俺と先輩の仲を自分でも知っておきたいんでしょ?」
そのとおりだけど、春ちゃんの口から聞きたくないと思う自分もいて、春ちゃんの問いかけに頷くことができない。
返事を返さない俺に春ちゃんはため息をつくと、携帯を取り出し、ポチポチと打ち始めた。
「してたよ、セックス。何回も。君が先輩の家にあそびにきて帰った日も、特別な行事のときも。
俺だけじゃなかったみたいで、来るもの拒まずだったみたいだよ。
ああ、そういえば、女も居たっけ」
女の人もいたんだ。
春ちゃんだけじゃなくて、もっと沢山の人と…。
女みたいな顔って言われるけど、俺の身体は間違いなく男のもので。
女の柔らかな身体はしてないし、当然子供だって産めない。
男と女なら、将来、結婚して子供ができる。
だけど、男同士は?
男同士の恋愛って、どこまでが節目でありゴールなんだろう。
この恋に終わりなんて、あるんだろうか。
結ばれて、幸せだと思った。
でも、今は?
今の俺は幸せなんだろうか。
ふと脳裏に、隼人さんと見知らぬ女の後ろ姿が浮かぶ。
二人は俺にゆっくりと背を向け、遠ざかっていく…
「…ヤダっ」
ぽろりと出てしまった言葉とともに、春ちゃんを睨んだ。
「聞きたくない? でも君は確かめに来たんだよね?
全部事実。それでその事実に鈴ちゃんはどうしたいのかな?」
「どうって…」
「返してくれるの?先輩のこと諦めて俺にくれる?」
「隼人…さんは『物』じゃない。
それにくれるとかくれないとかじゃなくて本人の問題で。」
「だけど、鈴ちゃんは許せないんじゃないの?
一途な君にとって先輩のしていた『過去』が」
許せない…んだろうか。
俺は隼人さんの知らなかった一面を知って、今後、どうしたいんだろう?
「君はどうしたい?」
春ちゃんが、まるで俺の考えていたことを代弁するかのように、俺に問いかける。
「春ちゃんは…隼人さんが好き?」
「好きだよ」
「兄ちゃんもね、隼人さんが大好きなんだって。
だけど、知っても…僕、隼人さんを」
兄ちゃんは隼人さんに、好きだと告げたけど俺から奪おうとはしなかった。
良かったな、って言ってくれた。でももし逆の立場だったら。
俺は兄ちゃんみたいに、言えただろうか。
好きな人が別の誰かと結ばれて、素直に祝福できただろうか。
「好きなんだろう?」
「うん、うん…大好き。
でも、もし僕が居なかったら隼人さんは、にいちゃんを選んでたかも知れない…。
にいちゃん綺麗だし優しいから。いっぱい迷惑掛けちゃってるんだ…兄ちゃんには」
春ちゃんは宥めるように、泣き出す俺を抱きしめた。
「居なかったらなんて、云ったら駄目だよ。鈴ちゃんは良い子だ。昔も今も」
「隼人さんは大人で、かっこいいから、沢山の人に愛されるんだ。そのたびに俺、嫉妬しなくちゃいけないのかな…」
「それでも鈴ちゃんは好き何だろう? 先輩を手放したくないんだよね?」
「うん…」
「じゃあ、君も先輩の手をしっかり握っていることだね。先輩は、ああみえて自暴自棄になるとすぐフラフラやけを起こすからさ。だから、ヤバイ女にも好かれたり、いらぬ苦労ばかり背負い込んだりして、全然君が思うよりスマートな男じゃないよ。むしろかなり大人じゃないとあんな身勝手な人とはやっていけないんじゃないかな」
「大人…ーーー」
「まぁ、先輩みたいな男、正直オススメはしないけど…」
春ちゃんは、「珈琲入れるね」と立ち上がる。
春ちゃんが俺に背を向けた瞬間、俺はそっと保健室から抜け出した。
「俺って、本当に養子だったんだな…」
春ちゃんと別れたあと、俺は戸籍謄本を見に市役所へ寄った。
戸籍には、養子の文字があった。兄ちゃんにはもちろん、養子という文字はなかった。
「本当の双子じゃないのに、誕生日が同じなんてすっごい偶然…。運命じゃん?
ほんと、偽物なのにさ…。嘘の家族だったのに。それなのに、ずっと甘えてきて、我儘いって……。兄ちゃんも沢山、俺の為に我慢して…
また、隼人さんのことも諦めて。兄ちゃんは…」
兄ちゃんは、俺の為にどれだけ我慢してきたんだろう。
俺が隼人さんと別れちゃえば、兄ちゃんも隼人さんと付き合えるようになるのかな?
俺さえ、家族から離れれば。
母ちゃんだって、再婚する。再婚相手の晴臣医院長だって、凄くよくしてくれるけど、やっぱり本当の子供じゃないんだから、俺は邪魔なだけだ。
兄ちゃんは母さんと血が繋がっている。だけど、俺にはなにもない。新しく母さんが作っていく家族の輪に俺が入る資格なんてないんだ。
「お前は、落ち込むのが趣味なのか?」
公園のベンチで座っていた俺にそう声をかけたのは、数時間前に別れたジンさんだった。
「ジンさん…、よく現れるね…。暇なの?」
「暇じゃない。さっきお前に呼び止められた後、事務所に仕事報告に行っていた。こう見えて多忙なんだ。日本にきたのも、数年ぶりのことだし…。普段は海外を転々としている」
「海外を?へぇすごいね…。やり手なんだ。ただのホストじゃなかったんだね。」
「だから、ホストじゃないと言ってる」
「海外…か」
“海外にこの子は邪魔なのよ”
ふと浮かんできた声に、顔が歪んだ。
「ねえ、仕事とかで海外に行くとさ、やっぱり邪魔なのかな?ジンさん、恋人いる?」
「は?なんだ、突然」
「駄目だよ。アイがあるから、とか言ってもね、遠くに離れちゃえば愛なんて簡単になくなるんだから。愛している人がいるなら、ちゃんとその手を離さずに、一緒にいてあげないと。じゃないと、悲しませることになるよ。愛し合っている恋人でも、血が通う家族でもね…」
「喫茶店でも言ってたな。“俺の本当の母さんが、俺の元を去ったのはもう随分前のことなのに”って。なにかあったのか?」
「あったっていうか、思い出したんだよね。昔のこと。
俺の本当の母親ね、俺を兄弟に押し付けて海外に行っちゃったんだ。俺のこと、愛せないーって。あんまりその時のこと、覚えてないんだけど、その時のショックで俺、一時失語症になってたの」
「失語症…」
「今はうるさい!って言われる俺がだよ?びっくりだよね」
ヘラリと笑ってみせる。
ジンさんは俺を見つめながら、隣に腰掛けて先を促した。
「俺の義理の父さんと母さんは、失語症の俺につきっきりになってくれたよ。兄ちゃんが、凄い我慢しているのにも気づかないで甘えてばかりいた。
俺は与えられる愛情に、飢えた子供みたいに縋ってた。
もうパンクしそうになって、悲しくて辛かった時、いつも義理の父さんが側にいてくれた。義理の父さんはね、直人さんって言って、少し隼人さんに…俺の恋人に似てたんだ」
今にして思えば、剛が言っていたように隼人さんは直人さんの面影が少しある。
優しそうな顔立ちに、眼鏡をかけた繊細な人。
だから、剛が言っていた言葉に、すぐに反論できなかった。
俺は、直人さんの面影を、隼人さんに重ねているんじゃないかって。本当に俺が隼人さんを愛しているのか、揺らいでしまいそうだったから。
「直人さんはいろんなこと教えてくれたよ。
兄ちゃんとも、仲良くなるよう、俺達が家族になれるよう努力してくれた。
でも、しばらくして直人さんは死んじゃったんだ。
もう戻ってこれない、遠いところへいってしまったんだ…」
直人さんは、こんな俺でも愛してくれた。
父親の代わりとして、辛いときはそばに居てくれた。
でも、俺の本当の家族はどうなんだろう?
本当の母さんは、海外赴任に邪魔だからといって俺を置き去りにした。でも、本当の父親は?
どうして、俺の本当の父親の話は一度も出てこなかったんだろう。
「俺の本当の父さんってどんな人なんだろうな。生きてるのかな?」
「聞いてみればいいだろう。直接」
「ふえ?」
「特別に乗せてやるよ。俺の女にな」
ニヤリと微笑むと、ジンさんは俺の手をひき、公園の前に止めていた愛車・赤いミニクーパーに乗せた。
「随分小さいんだね。それにこの時代に、こんな古い車なんて」
「ハードボイルドな感じが好きなんだ」
「そう…なんだ」
ちょっと自慢げに言うジンさんに、俺は苦笑しつつ助手席に座る。
俺がシートベルトをつけることを確認すると、ジンさんは俺に「今行きたい場所はどこだ?」と尋ね、しばらく考えてある場所に行きたいと告げると、カーナビをセットし、車を走らせた。
移り変わる車窓の景色をぼんやりと見つめていると、次第に強い眠気に襲われて、俺は瞼を閉じた。
ーー愛ってなんだろう。
血が繋がっていても、家族でも愛がない人たちだっている。
形がない愛は、不確かで、心もとない。
だから、不安で仕方ない。
この愛は、間違えてないのだろうか…と。
『貴方さえいなければ、不幸にならなかったのよ。誰も…。
誰もこんな結末にはならなかった。
すべて、全部貴方が悪いのよ』
『貴方が不幸を呼んだの。貴方がいて、みんな不幸になった。ねぇ、満足。みんなを不幸にして。その可愛らしい顔で、二人を虜にして、さぞかし、気分が良かったでしょうね』
俺を殺意に満ちた視線で見つめる女。
女は何度も俺に吐き捨てる。
『貴方は人を不幸にする』と。
『お前も今は無理でも少しずつ受け入れることだ。逃げてばかりだと、後悔するぞ。ぶつかる勇気も必要だ』
ジンさんに勇気を貰った俺は、保健室の前に来ていた。
深呼吸をしたあと、ドアをノックすると中から呑気などうぞーという返事が返ってきた。
ガラリと戸を開ければ、中にいた春ちゃんがキョトンと俺を見返した。
「おはよう、早いね。どうかした?」
「……おはよう」
俯いたまま、保健室の丸椅子に座る。春ちゃんも向かいの席に座り、俺の沈んだ様子に「風邪?」と心配してくれた。
優しい春ちゃん。
隼人さんが大学の時から、ずっと春ちゃんは俺に優しく接してくれた。それは、春ちゃんが、隼人さんと付き合っていたから?
「訊きたい事あるんだけど」
「ききたいこと?」
「春ちゃん…昔隼人さんと……その」
付き合っていたの?
その言葉がなかなか口にできなくて。
それでも春ちゃんは俺が言いたいことに気づいたんだろう。
どこか面白そうな顔をして、長い髪をかきあげた。
「それって、セックスする仲だったって事を、訊きたいのかな」
「…それは」
「それを訊きたいんだろう?俺と先輩の仲を自分でも知っておきたいんでしょ?」
そのとおりだけど、春ちゃんの口から聞きたくないと思う自分もいて、春ちゃんの問いかけに頷くことができない。
返事を返さない俺に春ちゃんはため息をつくと、携帯を取り出し、ポチポチと打ち始めた。
「してたよ、セックス。何回も。君が先輩の家にあそびにきて帰った日も、特別な行事のときも。
俺だけじゃなかったみたいで、来るもの拒まずだったみたいだよ。
ああ、そういえば、女も居たっけ」
女の人もいたんだ。
春ちゃんだけじゃなくて、もっと沢山の人と…。
女みたいな顔って言われるけど、俺の身体は間違いなく男のもので。
女の柔らかな身体はしてないし、当然子供だって産めない。
男と女なら、将来、結婚して子供ができる。
だけど、男同士は?
男同士の恋愛って、どこまでが節目でありゴールなんだろう。
この恋に終わりなんて、あるんだろうか。
結ばれて、幸せだと思った。
でも、今は?
今の俺は幸せなんだろうか。
ふと脳裏に、隼人さんと見知らぬ女の後ろ姿が浮かぶ。
二人は俺にゆっくりと背を向け、遠ざかっていく…
「…ヤダっ」
ぽろりと出てしまった言葉とともに、春ちゃんを睨んだ。
「聞きたくない? でも君は確かめに来たんだよね?
全部事実。それでその事実に鈴ちゃんはどうしたいのかな?」
「どうって…」
「返してくれるの?先輩のこと諦めて俺にくれる?」
「隼人…さんは『物』じゃない。
それにくれるとかくれないとかじゃなくて本人の問題で。」
「だけど、鈴ちゃんは許せないんじゃないの?
一途な君にとって先輩のしていた『過去』が」
許せない…んだろうか。
俺は隼人さんの知らなかった一面を知って、今後、どうしたいんだろう?
「君はどうしたい?」
春ちゃんが、まるで俺の考えていたことを代弁するかのように、俺に問いかける。
「春ちゃんは…隼人さんが好き?」
「好きだよ」
「兄ちゃんもね、隼人さんが大好きなんだって。
だけど、知っても…僕、隼人さんを」
兄ちゃんは隼人さんに、好きだと告げたけど俺から奪おうとはしなかった。
良かったな、って言ってくれた。でももし逆の立場だったら。
俺は兄ちゃんみたいに、言えただろうか。
好きな人が別の誰かと結ばれて、素直に祝福できただろうか。
「好きなんだろう?」
「うん、うん…大好き。
でも、もし僕が居なかったら隼人さんは、にいちゃんを選んでたかも知れない…。
にいちゃん綺麗だし優しいから。いっぱい迷惑掛けちゃってるんだ…兄ちゃんには」
春ちゃんは宥めるように、泣き出す俺を抱きしめた。
「居なかったらなんて、云ったら駄目だよ。鈴ちゃんは良い子だ。昔も今も」
「隼人さんは大人で、かっこいいから、沢山の人に愛されるんだ。そのたびに俺、嫉妬しなくちゃいけないのかな…」
「それでも鈴ちゃんは好き何だろう? 先輩を手放したくないんだよね?」
「うん…」
「じゃあ、君も先輩の手をしっかり握っていることだね。先輩は、ああみえて自暴自棄になるとすぐフラフラやけを起こすからさ。だから、ヤバイ女にも好かれたり、いらぬ苦労ばかり背負い込んだりして、全然君が思うよりスマートな男じゃないよ。むしろかなり大人じゃないとあんな身勝手な人とはやっていけないんじゃないかな」
「大人…ーーー」
「まぁ、先輩みたいな男、正直オススメはしないけど…」
春ちゃんは、「珈琲入れるね」と立ち上がる。
春ちゃんが俺に背を向けた瞬間、俺はそっと保健室から抜け出した。
「俺って、本当に養子だったんだな…」
春ちゃんと別れたあと、俺は戸籍謄本を見に市役所へ寄った。
戸籍には、養子の文字があった。兄ちゃんにはもちろん、養子という文字はなかった。
「本当の双子じゃないのに、誕生日が同じなんてすっごい偶然…。運命じゃん?
ほんと、偽物なのにさ…。嘘の家族だったのに。それなのに、ずっと甘えてきて、我儘いって……。兄ちゃんも沢山、俺の為に我慢して…
また、隼人さんのことも諦めて。兄ちゃんは…」
兄ちゃんは、俺の為にどれだけ我慢してきたんだろう。
俺が隼人さんと別れちゃえば、兄ちゃんも隼人さんと付き合えるようになるのかな?
俺さえ、家族から離れれば。
母ちゃんだって、再婚する。再婚相手の晴臣医院長だって、凄くよくしてくれるけど、やっぱり本当の子供じゃないんだから、俺は邪魔なだけだ。
兄ちゃんは母さんと血が繋がっている。だけど、俺にはなにもない。新しく母さんが作っていく家族の輪に俺が入る資格なんてないんだ。
「お前は、落ち込むのが趣味なのか?」
公園のベンチで座っていた俺にそう声をかけたのは、数時間前に別れたジンさんだった。
「ジンさん…、よく現れるね…。暇なの?」
「暇じゃない。さっきお前に呼び止められた後、事務所に仕事報告に行っていた。こう見えて多忙なんだ。日本にきたのも、数年ぶりのことだし…。普段は海外を転々としている」
「海外を?へぇすごいね…。やり手なんだ。ただのホストじゃなかったんだね。」
「だから、ホストじゃないと言ってる」
「海外…か」
“海外にこの子は邪魔なのよ”
ふと浮かんできた声に、顔が歪んだ。
「ねえ、仕事とかで海外に行くとさ、やっぱり邪魔なのかな?ジンさん、恋人いる?」
「は?なんだ、突然」
「駄目だよ。アイがあるから、とか言ってもね、遠くに離れちゃえば愛なんて簡単になくなるんだから。愛している人がいるなら、ちゃんとその手を離さずに、一緒にいてあげないと。じゃないと、悲しませることになるよ。愛し合っている恋人でも、血が通う家族でもね…」
「喫茶店でも言ってたな。“俺の本当の母さんが、俺の元を去ったのはもう随分前のことなのに”って。なにかあったのか?」
「あったっていうか、思い出したんだよね。昔のこと。
俺の本当の母親ね、俺を兄弟に押し付けて海外に行っちゃったんだ。俺のこと、愛せないーって。あんまりその時のこと、覚えてないんだけど、その時のショックで俺、一時失語症になってたの」
「失語症…」
「今はうるさい!って言われる俺がだよ?びっくりだよね」
ヘラリと笑ってみせる。
ジンさんは俺を見つめながら、隣に腰掛けて先を促した。
「俺の義理の父さんと母さんは、失語症の俺につきっきりになってくれたよ。兄ちゃんが、凄い我慢しているのにも気づかないで甘えてばかりいた。
俺は与えられる愛情に、飢えた子供みたいに縋ってた。
もうパンクしそうになって、悲しくて辛かった時、いつも義理の父さんが側にいてくれた。義理の父さんはね、直人さんって言って、少し隼人さんに…俺の恋人に似てたんだ」
今にして思えば、剛が言っていたように隼人さんは直人さんの面影が少しある。
優しそうな顔立ちに、眼鏡をかけた繊細な人。
だから、剛が言っていた言葉に、すぐに反論できなかった。
俺は、直人さんの面影を、隼人さんに重ねているんじゃないかって。本当に俺が隼人さんを愛しているのか、揺らいでしまいそうだったから。
「直人さんはいろんなこと教えてくれたよ。
兄ちゃんとも、仲良くなるよう、俺達が家族になれるよう努力してくれた。
でも、しばらくして直人さんは死んじゃったんだ。
もう戻ってこれない、遠いところへいってしまったんだ…」
直人さんは、こんな俺でも愛してくれた。
父親の代わりとして、辛いときはそばに居てくれた。
でも、俺の本当の家族はどうなんだろう?
本当の母さんは、海外赴任に邪魔だからといって俺を置き去りにした。でも、本当の父親は?
どうして、俺の本当の父親の話は一度も出てこなかったんだろう。
「俺の本当の父さんってどんな人なんだろうな。生きてるのかな?」
「聞いてみればいいだろう。直接」
「ふえ?」
「特別に乗せてやるよ。俺の女にな」
ニヤリと微笑むと、ジンさんは俺の手をひき、公園の前に止めていた愛車・赤いミニクーパーに乗せた。
「随分小さいんだね。それにこの時代に、こんな古い車なんて」
「ハードボイルドな感じが好きなんだ」
「そう…なんだ」
ちょっと自慢げに言うジンさんに、俺は苦笑しつつ助手席に座る。
俺がシートベルトをつけることを確認すると、ジンさんは俺に「今行きたい場所はどこだ?」と尋ね、しばらく考えてある場所に行きたいと告げると、カーナビをセットし、車を走らせた。
移り変わる車窓の景色をぼんやりと見つめていると、次第に強い眠気に襲われて、俺は瞼を閉じた。
ーー愛ってなんだろう。
血が繋がっていても、家族でも愛がない人たちだっている。
形がない愛は、不確かで、心もとない。
だから、不安で仕方ない。
この愛は、間違えてないのだろうか…と。
『貴方さえいなければ、不幸にならなかったのよ。誰も…。
誰もこんな結末にはならなかった。
すべて、全部貴方が悪いのよ』
『貴方が不幸を呼んだの。貴方がいて、みんな不幸になった。ねぇ、満足。みんなを不幸にして。その可愛らしい顔で、二人を虜にして、さぞかし、気分が良かったでしょうね』
俺を殺意に満ちた視線で見つめる女。
女は何度も俺に吐き捨てる。
『貴方は人を不幸にする』と。
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