鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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2章

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診察室に連れられ点滴を打たれた俺。
しばらくうなされていたが数分も経つと呼吸も落ち着いてきた。
頭も先程のような猛烈な痛みは消えていた。

「心配かけてごめんなさい」
「いいから。もうお休み。悪い夢でも見たのか?」
「うん。こわいゆめ、みた…」
夢。
いや、夢じゃない。
あれは現実だ。
実際にあったこと。

「まだ寝てな。具合悪いだろ…」
「うん」

兄ちゃんが俺の頭の頭を撫でる。
俺はそのやさしい手を感じながら、そっと瞳を閉じた。


 記憶が溢れてくる。
まるで、俺に“思い出せ”といっているように。
断続的に、パズルの1ピースみたいに、場面は浮かんでは消え浮かんでは消えていく。
本当のことなのか、夢なのか。
偽りなのか事実なのか。
わからないほど、場面は一瞬で変わる。


『鈴なんて、嫌い。僕は、鈴なんていらなかった!そしたら、パパもママも、僕だけのものだったのに。僕はだだっこな赤ちゃんなんてほしくなかった。もっといい弟が欲しかった。
僕と鈴はーーー!』
泣きながら、小さい頃の兄ちゃんは俺を嫌悪した眼差しでみている。
母さんは、そんな兄ちゃんを怒鳴るんだけど兄ちゃんは余計、ヒートアップして。

『鈴は、本当の兄弟じゃないのに。本当は双子じゃないのに!!』

そう叫んだ。
そうだ、俺たち兄弟は、双子じゃない。
本当は双子じゃなかったんだ。

俺は、“家族”であろうとした、部外者だった。
俺と今の母さんは実の親子じゃない。
俺の本当の家族は、母さんの姉。
鈴音さんというヒトだった。
母さんが、俺と兄ちゃんを無理矢理“双子”ということにしたのだ。
 
 鈴音さん。
母さんの姉でアメリカの出版社に務めるキャリアウーマンなひとだった。とても綺麗な人で…薫かあさんや兄ちゃんよりも、俺に容姿が似ているヒトだった。

 夢の場面はいつの間に兄ちゃんから、鈴音さんに変わった。
今度の映像は12歳のときの俺、それからリビングに居る母さんと鈴音さん。
 ーー思い出す。嫌な記憶。
 聞きたくないのに、はっきりと蘇ってくる。


『姉さんわがまま過ぎるのよ、鈴を振り回さないで! そんなに云うならどうしてあの時鈴を捨てたの!?』
『振り回すつもりはないわ。あなたには感謝してる。でも、やっぱり私にはあの子が必要なのっ』
『姉さん! 約束は守って。鈴は里桜の弟なの。あの子は私の家族なのよ』
 俺を引き取るという鈴音さんと、絶対に渡さないという母さんの怒号が、リビングに飛び交う。
 二人の怒鳴り声を聞きたくなくて、12歳の俺は布団に包まった。

 ー鈴なんて、いらない。
兄ちゃんに嫌われると思ってあんなに怖かったのは、兄ちゃんに嫌われれば俺の居場所がなくなると思ったから。
兄ちゃんは、俺の本当の兄ちゃんじゃないから。
兄ちゃんが、今の責任感強い兄ちゃんになったのは、俺のせいだから。
俺がいることで、兄ちゃんは沢山我慢することになって、それでも兄ちゃんは俺の“兄ちゃん”でいてくれて。
だから、俺は兄ちゃんに嫌われるのが何よりも怖かったんだ。
今の俺の居場所を作ってくれたのは、兄ちゃんだから。

 何も見たくない。何も知りたくない。
薫が居て、兄ちゃんが居て。ずっとスキだった隼人さんが居て。
そのままでいたい。
傷つきたくない。

子供のままでいたら、きっと誰にも疎まれない。
何も知らないままでいたら。
笑顔でいたら、此処に居られる。
 誰も俺を捨てたりしない。
誰にも必要とされない人間だなんて、思わなくていい。
何も知らない。
子供のままでいれば…
きっと、幸せのままでいられる。
何もなかったことにすれば…きっと今までどおりでいられるーー。

「鈴」
 聞き慣れた声に、意識が覚醒する。
俺が目を開けるや、隼人さんはほっと息をついて俺の頬を撫でた。

「おはよう。気分はどう?」
 いつの間に、運んでくれたんだろう。
俺の最後の記憶は診察室で、点滴をされていたところだったのに、今は隼人さんの部屋のベッドの上で寝かされていた。

起き上がって、ベッドから出ようとする。
でも、俺が起き上がる前に、隼人さんが背後から俺をぎゅっと抱き締めた。
まるで、逃さぬように、きつい抱擁にビクリと身体が跳ねる。


「昨夜は驚いた。今日はこのまま此処に居なさい。片付けは…」
「自分でやる」

 自分でもびっくりするくらい、固い声が出た。
バカ正直な自分にうんざりする。
今までどおり、何も知らないふりをすれば、甘い夢を見続けることができたのに。
記憶が蘇ってきた今、今までどおりにするのは不可能だった。
自分の容量以上の出来事に、うまく処理ができない。


「…具合は?」
「大丈夫だよ?」
「鈴」
「早く荷物片付けないと…、兄ちゃんに叱られるから」
「鈴」
 隼人さんの方を見ずに、その場から出ていこうとした俺を、隼人さんは身体ごと振り向かせて唇を重ねた。

 舌を絡められ、顎元を捕まれ深く口付けられる。
「んん…」
「…鈴」
 強引な口づけに、俺は逃げようとするんだけど、隼人さんの舌はそれを許してくれなくて。何度も執拗に舌を絡めてくる。
やがて、パジャマの裾から隼人さんの手が潜り込んでーー

「やめろ…!」
「隼人、居るか?」
 手を払い除けたのと、晴臣医院長が隼人さんの部屋のドアをノックするのは同時だった。

「あれ? 鈴君こっちに居たんだね。具合は…まだ顔色悪いな」
ドアを開けて、晴臣さんが俺たちの方を見やる。

「大丈夫、です…」

晴臣さんと似ている隼人さん。
当たり前だ。親子なんだから。

俺や兄ちゃんより、よほど似ている。

「学校…行かないと。部活…あるから。準備、してきます」
休みなさいと心配する晴臣医院長を言いくるめ、なにか言いたげな隼人さんの視線を無視して、自分の部屋へ戻った。

部屋についた途端、どっと疲れが出てきて俺はドアを背にズルズルとその場にしゃがみ込む。


「…俺は、ずっと嫌われてたんだ…。
兄ちゃんに。それから、本当の母さんにーー」

母さんだと思ってたヒトは、本当の母さんじゃなくて。
兄ちゃんは俺のことを昔は嫌っていて。
隼人さんは、春ちゃんと昔、抱き合っていた。

なんだろう。頭がぐしゃぐしゃだ。
うまく整理ができない。
整理して、現実を直視したくない。
でも、もう蘇ってきた記憶を再びなくすことなんてできない。

俺は捨てられた。小さい頃に、母親に。
疎まれていて、邪魔だと言われたんだ。
そして、兄ちゃんにも昔、嫌われていた。
鈴なんていらない、そう兄ちゃんに言わせてしまったことがある。

隼人さんも。
スキだと想いを告げても、セックスの真似事はしていても最後の一線を超えることはなかった。
俺が子供だから?
隼人さんは、なんで俺のことスキなの?
全然、わからない。
俺のことをスキだと言ってくれる人の言葉も、今では信じられなくなっている。信じていたものが、あっという間に崩れていく。


「俺を必要とする人なんて、いるのかな…」
つぶやいた声は、虚しく部屋に落ちた。
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