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闇の仮面を再び纏う

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「お帰りなさい、リヒトさん」

 クエストの達成を報告するために戻ったギルド。
そこで俺に気付いた受付嬢のアンさんが俺に声をかけた。

「戻りました」

 俺はアンさんに軽く会釈えしゃくする。

 アンさんは左右にきょろきょろと視線を走らせると、俺にそっと耳打ち。

「……リヒトさん、クエストに行ってる間に何かありました?」

 何か?
少し不安そうなアンさんの質問に俺は首をかしげた。

「実はギルドに保管されたリヒトさんの情報を引き出した形跡がありまして。ここでギルド登録したことやその内容。そして前回のブルー・ゴブリン討伐依頼と今回の霊薬の花の入手クエストの情報も。ギルド外部の人間にそういった情報を教えるのはかなり特殊な事例なので」

 俺の情報が探られてる?
少し思案して脳裏に浮かんだのはアイゼンと、森で出会ったリーネ=ヒルデガルド王女。
タイミング的にも、そういった情報を引き出す権力なりコネなどがある事も踏まえると後者か。

 めんどくさい人に目をつけられてしまったみたいだ。

 フランに対して何か強い執着を見せた彼女。
フランが身分を隠して俺に協力してるのは彼女が関係してるのかも。

「そういえばフランは?」

 俺はギルドを見渡すが、フランの姿はない。

「今日はまだ見てないです。いつもは朝と昼に挨拶に来てくれて、お昼も一緒に食べてくれるのに。フランさんが来てくれなくて私……寂しくて」

「今日は見てない?」

 アンさんの言葉を聞いた瞬間、リーネ=ヒルデガルド王女の顔が頭に浮かんだ。
背筋に悪寒が走る。

 俺の情報を探らせたのが第1王女様だとして。
その目的は俺自身ではなく、フランだった?
 
 フランの事は知らない。
名前も聞いたことがないって答えたのに。

「いや違う」

 俺はようやくその致命的なミスに気付いた。

 王族キングスブライド家の4姉妹はこの国では有名だ。
会った事がないのは当然としても、名前すら知らないなんてのはまずあり得ない。
嘘だと疑われてもおかしくなかった。

「アンさん、これが依頼の花です」

 俺は袋に入れた霊薬の花を袋ごと、押し付けるようにアンさんに手渡した。

「俺はフランを探してきます」

「分かりました。クエスト達成の手続きを済ませて、私の方でも聞いて回ってみますね」

「お願いします」

 俺はギルドを出るとフランを探して街中を駆け回った。
俺が借りてる部屋に寄ってみたけど、ハティもスコルもフランは見てないと言う。

 ハティとスコルにも協力を頼み、さらに人手を増やすためにアイゼンさんのところを訪ねた。

「……若造か。お前から俺を訪ねてくるのは珍しいな」

 気配はしながらもノックに応じなかったアイゼンさんが、3度目のノックでようやく扉を開けた。
来たのが俺だと分かると意外そうな顔をする。

「フランを探してて。アイゼンさん見かけませんでした?」

「お前は森のクエストを受けてたんだっけか。俺も今朝、街に戻ったところで何日も嬢ちゃんは見てないぜ」

「そうですか」

 アイゼンさんは慌てた様子の俺を見て、眉根を寄せた。

「何かありそうだな。ちょっと姿が見えないってだけでそこまで心配しないだろ」

 俺はアイゼンさんに話そうか迷った。
アイゼンさんにはフランがエーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライドだという事を伏せてる。

 だけどリーネ=ヒルデガルド王女は思い付きで人を簡単に殺させようとする危険な人だ。
フランの身の安全を最優先にするならここは話した方がいいかも。

 俺はフランの正体と、森でリーネ=ヒルデガルド王女に遭遇したこと。
そして俺がフランと繋がってるのではないかと疑われるようなボロを出したことをアイゼンさんに話した。

「そりゃまずいんじゃねぇか?」

 アイゼンさんが言った。

「あの有名なキングスブライドの4姫サマだが。第3王女は暗殺。第2王女は襲撃を受けて大怪我を負った。そして第4王女は行方不明。どれも第1王女の仕業だってもっぱらの噂だぜ?」

 アイゼンさんは立て掛けてあった機構剣を背負って。

「街で死体が出たみたいな騒ぎは聞いてない。さらったんならすぐには殺さないかもしれねぇ。まぁ気休めにしかならねぇが」

 アイゼンさんは話しながら大通りを抜けて路地へと向かっていく。

「来い。街の情報屋に聞いてみる。近郊での人拐ひとさらいの話や貴族の宿泊先なんかは金さえ詰めばだいたい分かる」

 俺はアイゼンさんに連れられて情報屋のもとへ。

 大きな街にはだいたい金で色んな情報を売ってくれる情報屋がいる。
フェンリルの襲撃がなければそこを探し当て、フランの情報を探すつもりでいた。

 情報屋から得られた情報で、この街に王族に仕える裏家業の人間の出入りがあったこと。
そしてリーネ=ヒルデガルド王女の滞在先と、裏家業の人達が向かった方角が一致している事が分かった。

「この手持ちでずいぶん気前よく教えてくれたな」

 アイゼンさんが言った。

「ぬふ。リぃヒトちゃんに恩を売っとくと、何かと得ができそうだからにぃ」

 顔をフードで隠した小太りの男──情報屋がそう言って俺の顔を見る。

 意味深な物言い。
この情報屋は俺の事を知っているのだろうか。
知ってるとしたらどこまで……。

「ぬっふっふ。まぁそう警戒しないでくんなよ、リぃヒトちゃん」

 情報屋がひらひらと手を振った。

「ちなみにリぃヒトちゃんの情報、買いたきゃ売ってあげてもええぞ」

「え、俺自身の情報を俺が買うの?」

「そそ。本人すら知り得ない情報までも売るのがあっしの仕事だかぁね」

 フードの下で情報屋の口許くちもとがにやりと歪んだ。





 俺とアイゼンさんは情報屋をあとにすると、馬を借りてリーネ=ヒルデガルド王女のもとへ。
だけどその滞在先にはたくさんの騎士と兵士が護衛として配置され、その区画には近づくこともできない。

 正攻法では無理だ。
作戦を練り直すためにアイゼンさんと1度そこを離れた────ふりをして。

 そして夜の闇が深まった頃。
俺は1人、闇の仮面をまとって再び舞い戻った。
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