29 / 54
幸せで、辛くもあって
しおりを挟む次の日の朝。
ダイニングに現れたオスカーの目の下にはうっすらと隈があった。
「シャルロッテ、俺とファーストダンスをするのが縁談よけに役立つと言ったのは間違いだった」
「え」
執務が立て込んでいるのかしら、大変ね、などとのんびり考えていたシャルロッテは、オスカーから開口一番そう告げられ、さっと顔を青くした。
「私は、縁談よけのお役にも立っていなかったと・・・?」
「は? いや、違う・・・おい、レナート? なにか話が・・・」
契約条件として提示した役目をしっかり果たせていなかったと思い、シャルロッテがしょんぼり肩を落とすと、オスカーは焦って後ろに控えるレナートを振り返った。
なぜレナートを呼ぶのだろうと、俯いたシャルロッテが顔を上げると、何やらごにょごにょ話をしている後ろ姿が見えた。
「あ~、ごほん、いいか、シャルロッテ」
「はい」
「君はちゃんと縁談よけの役に立っている。実際、君と結婚してからうちに届く釣書の量は激減した。だが、俺が君とファーストダンスを踊るのは、それをさらに減らす目的ではなく、いやそれもない訳ではないのだが、実は本当の目的は他にあって・・・」
「旦那さま、くどいです。説明は簡潔に」
「う」
再びシャルロッテに向きなおって話し始めたオスカーは、だが後ろに控えるレナートにすぐにダメ出しをされた。
オスカーは不機嫌そうに眉根を寄せ、一瞬だけレナートのいる方を見やるも、一度大きく息を吐くとシャルロッテをじっと見つめ、ひと息に言った。
「妻とのファーストダンスを他の男に譲る事は出来ない。たとえそれが君の父親でも譲る気はない。それは俺の役目だ」
「・・・ぽぇっ!」
あまりに衝撃的で、シャルロッテの口から変な声が零れ落ちた。
なんだか色々と、シャルロッテにとってご褒美が過ぎる言葉ばかりだ。
特効薬が効き始めて、晴れて不治の病から解放されるところだというのに、シャルロッテは別の意味で昇天してしまいそうである。
「・・・シャルロッテ? 大丈夫か?」
奇妙な声を上げたきり黙りこんでしまったシャルロッテの顔を、オスカーが心配そうに覗き込んだ。
シャルロッテの反応を不安に思ったのか、それともちゃんと正解が出せたかを確認したいのか、オスカーはちらりと背後にいるレナートに視線を送った。
レナートはぐっとOKサインを出し、それにオスカーはほっとする。だが、その光景は、シャルロッテには見えていなかった。
シャルロッテの心の中は、今いっぱいいっぱいだったから。
―――もうなんか色々と・・・幸せで辛い・・・
そう、シャルロッテは幸せ―――それも、ものすごく幸せなのに、辛いのだ。
優しいのは知っていた、けれどここまでオスカーが優しくしてくれるとは思っていなかった。
不治の病だから。
必ず終わると分かっている夫婦だから。
可哀そうだから。
契約した相手だから。
きっと、オスカーの優しさには色々な理由があるのだろう。
そう思うと、嬉しさの中に少しだけ寂しさが滲むが、それは自業自得だ。
だって、それを当て込んで契約結婚を申し込んだのはシャルロッテ。
オスカーが優しい人だと分かった上で、アラマキフィリスを切り札にして交渉したのは他でもないシャルロッテ自身だ。
だから本当は、こんな事を思う資格など、シャルロッテにはない。
ずっとこのまま、オスカーと一緒にいられたらいいのに―――なんて。
本当は、ごめんなさいと謝ってしまいたいのだ。
謝って、薬が見つかった事を打ち明けて、そしてこのままずっと夫婦でいたいと縋ってしまいたい。
―――でも、そうしたらきっと。
きっと、今シャルロッテの目の前で素の表情を見せてくれるオスカーはいなくなる。
シャルロッテの前で、シャルロッテは安心していい人だからと本音を晒け出してくれるオスカーはいなくなってしまうから。
だから許してね、とシャルロッテは願う。
―――このまま、本当の事を何も話さないまま、病気のフリをしてあなたの優しさを受け続ける、狡い私を。
どうか許してください。
ちゃんと、あと3か月と半月であなたから離れるから。
あなたが安心して側に置いていられるシャルロッテのまま、屋敷を出ていくから。
その間だけ、あともう少しだけ、と―――
162
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません
絹乃
恋愛
ユリアーナは夫である伯爵のブレフトから、完全に無視されていた。ブレフトの愛人であるメイドからの嫌がらせも、むしろメイドの肩を持つ始末だ。生来のセンスの良さから、ユリアーナには調度品や服の見立ての依頼がひっきりなしに来る。その収入すらも、ブレフトは奪おうとする。ユリアーナの上品さ、審美眼、それらが何よりも価値あるものだと愚かなブレフトは気づかない。伯爵家という檻に閉じ込められたユリアーナを救ったのは、幼なじみのレオンだった。ユリアーナに離婚を告げられたブレフトは、ようやく妻が素晴らしい女性であったと気づく。けれど、もう遅かった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる