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妻の心、夫知らず
しおりを挟む―――距離感は大切。
改めて、シャルロッテはそう思った。
契約結婚を申し込んですぐの時はちゃんと覚えていたのに。
立場を弁えないとと何度も言い聞かせていたのに。
女性嫌いのオスカーが意外にも契約妻のシャルロッテを気遣ってくれるから、うっかり欲張ってしまうところだった。
―――私は契約妻。半年間の期間限定の縁談よけ用の妻。
不治の病で後々もめる心配がないから安心して契約を結んだだけ。
オスカーさまを堪能するのはいいけど思い上がりは禁物。
程々の距離感を忘れずに―――
心の中で何度も契約妻の心得を言い聞かせれば準備万端。
―――さあ、今日もオスカーさまを満喫するわよって・・・あ、もう一つあった。
専属侍女のアニーがシャルロッテの髪を綺麗に結い終えたところで、シャルロッテが声をかけた。
「アニー、あれも忘れないでね」
「勿論です」
アニーはしっかり覚えていたらしく、鍵のかかった引き出しから箱を取り出した。
薬を飲み切ってから、約ひと月と半。
シャルロッテの左手中指の爪の色は完全に元通りになり、真っ青だった人差し指の爪も水色に薄まりつつある。
勿論、まだ右手全ての指と左手親指の爪色は真っ青だが、薬が効いている事に―――いずれ完治する事にもう疑いはない。
という訳で、最近の朝のルーティンに加わった事は、爪色の誤魔化し工作である。
万が一オスカーが、或いは他の誰かが、何かのハプニングでシャルロッテの素手を見てしまった時の対策だ。
箱を開けると、一見すると青色のリボンに見えるものがくるくると巻かれた状態で入っている。
一見―――そう、これはリボンではない。
どちらかと言えばテープに近く、裏側には粘着剤が塗布されている。
長兄ランツが用意してくれた、熱を加えると粘着効果を発揮するものだ。
アニーはそれをシャルロッテの爪の形に合わせて小さく切り取ると、洗顔用に用意していたお湯のポットから小さな器に残り湯を注ぎ出し、それを浸した。
そして、湯から取り出すと、それをシャルロッテの指先にぺたりと貼り付ける。
そう、色が戻った左手人差し指と中指の爪に。
普段シャルロッテは人前で手袋を外さないが、万が一という事がある。
ランツがわざわざ用意した特殊な作りの物だが、青一色しかないのが難点と言えば難点だ。
まあ万が一手を見られた時の保険のようなものなので、そこはあまり気にしていない。
この青いテープは、再びお湯に浸さない限り外れない。つまり夜の湯浴みまでは大丈夫だ。
今度こそ準備万端。
シャルロッテは手袋をはめると、朝食の為にダイニングに向かった。
「今日の午後、出来上がったドレスをデザイナーが届けに来るそうだ」
朝食の席で、オスカーが言った。
オスカーは2週間ほど前、マンスフィールド領で評判のいいブティックオーナーを数名選んで、屋敷にデザイン画を持参させていた。
それをシャルロッテが選ぶ・・・のかと思いきや、なぜかオスカーも同席。
そして、シャルロッテが気に入ったデザイン画を選んだ後は、それを描いたデザイナーだけが屋敷に残ってさらに内容をつめていく筈が―――
『ここにレースを使うとどんな感じになる?』
『最近の流行りはタリカス国風のドレスと聞いているが』
『そうだな、装飾品はもう少し華やかに・・・』
元々、色気より食い気でさほどお洒落に興味がないシャルロッテよりも、なぜかオスカーの方がぐいぐいとデザインに注文を付け足していった。
更に生地選びでは、普段から青色の服をあまり着ないシャルロッテに、なんと青系統の生地を使いたいとオスカーが言い出した。
シャルロッテは焦げ茶色の髪に緑色の目。故に青はこれまであまり選んでこなかったのだ。
オスカーの要望を聞いたデザイナーは、両手で頬を押さえ、歓喜と興奮で体をくねらせた。
『まあ、まあまあまあ、んまあ~、公爵さまったら。ご自分の目の色の服を奥さまに着てほしいと・・・お噂通りとっても愛されてますね、奥さま』
そう、オスカーは白銀の髪に青色の目。
デザイナーからは散々に冷やかされ、シャルロッテは顔を赤くした。
しかし発言の主であるオスカーは、至って真面目な顔で話を進め、最終的に生地の色はブルーグリーンに決定した。オスカーの色を取り入れつつ、シャルロッテの髪と目の色にも馴染むから、と。
そうして午後に届いた完成したドレスはとても、とても素敵で―――
「試着してみてくれ」
「そうですね。一度着ていただいてどこか不具合があれば、すぐにお直ししますので」
オスカーとデザイナーとにそう言われ、美しいドレスに恐る恐る袖を通してみれば。
「うん、似合っている。とても綺麗だ」
シャルロッテの内心の葛藤など知らないオスカーは、そう言って満足げに笑った。
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