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オスカーは残念がられる
しおりを挟む朝食を終えて席を立ち。
本日の執務をする為、オスカーは当主の執務室へと足を進めた。
オスカーの足取りは軽く、ピシッと伸びた背中はなんとなく機嫌よさそうに見える。
オスカーだから表情は変わらないが、オスカーじゃなければニヤついていたかもしれない。
オスカーだから歌わないが、オスカーじゃなければ鼻歌ふんふんだったかもしれない。
オスカーだから傍目からは分かりにくいが、オスカーじゃなければきっとすぐに分かった筈だ。実は彼は今かなりのご機嫌さんである事を。
昨日、王家からの夜会の招待状を手にした時、オスカーは心底イラついたし、招待状の末尾の一文を読んだ時には心の中で呪詛を吐きそうになった。
だが、その後すぐに気分が回復したのはシャルロッテを思い出したからだ。
彼女がまだデビュタントをしていないと、身辺調査書にあったのを思い出したから。
そうだ、本人が望むならこの機会にデビューさせてやろう、そうオスカーは思った。
デビュタントなら趣向を凝らした美しいドレスを仕立てさせねば。
マンスフィールドで評判の仕立て屋を呼ぶか、それとも王都からデザイナーを呼び出すか。
ファーストダンスはデビューする令嬢たちにとって一生の思い出になると聞く。ダンスはなかなか上手いと自負しているが、きちんとシャルロッテをリードできるよう練習しておこう。
ああそうだ、夜会前に一度だけでもシャルロッテと一緒に踊っておいた方がいいかもしれない。
早速、翌朝の朝食の席で話をすれば、思った通り、シャルロッテは少し遠慮する様子を見せたものの、デビュタントをしたいと口にした。
ファーストダンスも妙な遠慮をするので、そこは気にしないようにオスカーの側から上手く理由付けをしておいた。
王城での夜会はひと月後。
念入りに準備して、シャルロッテにとって最高のデビュタントにしてやらねば―――
「・・・コホン」
書類にペンを走らせながら、頭の中ではシャルロッテのデビュタントについて構想を練るという、なんとも器用な事をしていたオスカーの耳に、咳払いが聞こえた。
「コホンコホン」
無視していると、再びの咳払い。
室内にいるのは2人だけ。
必然その咳払いは、もう一人の男によるものなのは明らかで。
「ゴホン、ゲフン、ウオッホン」
それでも無視していたら、なんだか咳払いの音がどんどん大きくなっていった。
「・・・なんだ、レナート」
オスカーが諦めてペンを置き、咳払いの音源に向かって顔を上げると、レナートは握りこぶしを口元に当てたまま、じろりとオスカーを見やった。
「なんだじゃありませんよ、私こそお聞きしたいです。何なんですか、先ほどのアレは」
「アレ?」
「朝食の席で、シャルロッテさまとお話になったアレですよ」
「ああ、夜会の・・・あの話に何か問題があったか?」
「大ありです。正確にはファーストダンスの事ですけどね。お誘いしたまではよろしかったですが、何ですか、あの誘い方は。今後の縁談よけとか言っちゃって。もう少しマシな言い訳はなかったんですか」
「・・・マズかったか? 遠慮してるようだったから、理由付けがあった方が気にしないかと思っただけなんだが」
「全然、伝わってないと思いますよ。むしろちょっとがっかりなさったかもしれません」
「がっかり? 何故だ」
喜ばせられたと自信満々だったのに、がっかりさせたと言われてしまい、オスカーは愕然と聞き返した。
「・・・それが分からないから問題なんですよ・・・はあ・・・全くどうしてこうも鈍いのか・・・いや、初めてだからしょうがないと言えばしょうがないのか、だがそれにしても残念・・・」
「おい、レナート」
頭を押さえ、やれやれと残念そうに左右に振る側近に、オスカーは鋭く低い声で名を呼びつけ。
「分かるように説明しろ。俺がちゃんと理解するまで寝かさんぞ」
きりりとそう言いつければ。
「・・・言いましたね。ならば私も本気でお相手します。覚悟してください、旦那さま。今夜は本当に眠れないかもしれませんよ」
―――なんて。
一部だけ切り取れば、妙な誤解をされそうな言い回しをしながら、2人はメラメラとやる気に燃えたのだった。
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