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連携
しおりを挟むヴィオレッタの専属護衛を務める事になったランスロットは、知っての通りバームガウラス公爵家の当主でもある。
本来なら、ヴィオレッタにひっついて朝から晩までトムスハット公爵家に居ていい筈はない。
なのにそれが出来るのは、ひとえに関係者たちのバックアップがあるからこそだ。
たとえば、代行できる執務を快く肩代わりしてくれている祖父と母、最重要書類だけを選んでトムスハット邸にまで持ってきてくれる従者たち、騎士団の仕事を全て免除する方向で取り計らってくれたキンバリー。
そこに、ランスロットと一緒になってトムスハット家にお邪魔しているミルドレッドも入れるなら、文字通り協力者は全員と言える。
蛇足ながらミルドレッドのお目当ては二つ、ヴィオレッタが作るお菓子とロージーである。
すっかり遊び相手として認定されたらしいロージーは、ミルがやって来ると嬉しそうに手を繋いで一緒に遊び始める。それは時に庭での外遊びだったり、室内だったりと日によって違いはあるが、気が合う者同士なのは間違いないだろう。
今日も今日とて、ミルドレッドは兄と一緒にトムスハット邸を訪れ、ロージーと楽しそうに走り回っている。
すっかり元気になったロージーは、今やミルドレッドが来た時は、彼女のお相手をするのが仕事となっている。もしかすると、ヴィオレッタの輿入れの時に、正式にミルドレッドの側付きメイドとして雇われる事になるかもしれない。
「・・・あ、クルトさま」
ランスロットに書類を持って来たらしいクルトの姿を、ジョアンが遠目に認める。
クルトもまたジョアンに気づいたらしく、ジョアンに向かって軽く右手を振った。それから、ヴィオレッタがいるであろう部屋の方角へと進んで行く。
「・・・行っちゃった」
いつもなら「体調はどうか」と声をかけてくれるのに、とジョアンは少しばかりがっかりする。
だが、すぐに我が儘が過ぎると思い返し、首を軽く横に振った。
前にクルトが親切にしてくれたのは、あくまで彼のご主人から与えられた救出の任務の為。
その後も何かと気にかけてくれたのは、ここに来てすぐにジョアンが寝込んだから。
「嫌だわ、こんなすぐに調子に乗ってしまうなんて」
今日が普通の対応なのだ、ちゃんと弁えないと、とジョアンは自分の頬をぺしんと叩く。
さて、ジョアンがそんな事を考えているとも知らず、クルトは速足で彼の主人、ランスロットの元へと向かっていた。
彼が手に持っているのは、当主が目を通す必要がある重要書類、だがそれは一番の理由ではない。彼はキンバリーからメモを預かっているのだ。
クルトは、書類と重ねる様にして、その小さなメモをランスロットに手渡した。
「・・・」
ヴィオレッタの側近くに立ったまま、ランスロットは受け取ったそれに黙って視線を落とした。
キンバリーの文字で、多分誰かが覗き見たとしても何も問題が起きないであろう事柄が書いてある。
だが、それをわざわざクルトを使って寄越したという事は、つまり書いてある以上の事がそこに含まれている訳で。
「・・・ふむ」
もう一度、確認の意味でメモの文面に視線を走らせる。
ランスロットもよく知る騎士仲間に、とある令息が相談事を持ちかけてきた。
お前も話を聞いてみるといい。
・・・相談、ね。
ランスロットは一瞬迷い、だがすぐに結論を出す。
今ヴィオレッタがいるのは、最も安全な自邸内。外出の予定はなく、幸いハロルドも自邸にいる。護衛の手配もすぐだろう。
「・・・何なら、俺がここに残りますよ?」
まるで考えを見透かしたかの様にクルトが申し出たので、ありがたくそれに乗っかった。
不思議そうな顔をしているヴィオレッタに、ランスロットは半日だけこの場を離れると告げ、名残惜しげに振り返りつつ、部屋を後にする。
「わっ」
扉を出たところで、茶の用意をしたメイドとすれ違う。メイドは、部屋から出て来たのがランスロットである事に驚き、「あの、クルトさまは」と聞いてきた。
メイドが自分の従者の名前を知っている事に驚き、だがすぐに彼女はクルトが救出を担当したあの使用人家族の娘である事を思い出す。
何故か所在なさげに立つメイドを不思議に思いつつ、ランスロットは答えた。
「少し所用で出る事になった。それまで僕の代わりにクルトがヴィオレッタ嬢の護衛に付くから、よろしく頼む」
「・・・っ、まあ、そうですか。では、クルトさまは暫くこちらにいて下さるんですね」
先ほどまでの心配そうな顔はどこへやら、喜色の滲む声に、思わずこぼれる笑顔。
ランスロットは、あれ、と思った。
だがすぐに笑みを貼り付けて、言葉を継ぐ。
「ええと、ここに到着したばかりでクルトも喉が渇いていると思う。すまないが、彼に茶を出してやってくれないか」
「っ、は、はい!」
いそいそと中に入って行ったジョアンの後ろ姿を見送り、ランスロットは含み笑いを一つこぼし、速足でエントランスに向かう。
・・・なるほど。
ランスロットは心の中で、クルトとジョアンにエールを送る。
キンバリーの時もそうだったが、ランスロットは自分の恋心以外なら、かなり鋭い方なのだ。
未だに周囲に焦れったい思いをさせている事に気づいていないランスロットは、自分の事は棚に上げ、クルトたちの心配をしながら王国騎士団へと馬を走らせるのだった。
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