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夜会にて

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王家主催の夜会会場にて。


「ふふ、あんなにカチコチだったのが嘘みたいね。ぴったりと寄り添っちゃって、見てるこっちが照れちゃうくらいだわ」

「本当、幸せそうだこと」


嬉しそうに囁きあうのは、ヴィオレッタの義母となったアンナニーナ・トムスハットと、ランスロットの母ラシェルだ。


真っ白のドレス、裾周りに金糸で繊細な刺繍を施したそれを纏うヴィオレッタは今、ホール中央でランスロットと抱きあう様にして踊っている。


会って間もない頃の、二人の初心すぎる反応を知っている者たちからすれば、僅か数か月でよくぞここまで変化するものだと驚く程だ。


互いに同年代の異性を近くに置いた事がなかった二人は、最初の頃こそどうしたら良いのか戸惑っていたが、いざ恋人同士の親密な距離感に慣れてしまえば、もう前の状態に戻るなど考えられなかった。


今の二人は、踊りながら時折り顔を寄せ、何かを囁いたかと思えば微笑みあう。
その内ヴィオレッタが頬を染め、目を少し潤ませながらランスロットを見上げたりもする。
そして、そんなヴィオレッタを見て、ランスロットは幸せそうに笑うのだ。


これまで令嬢たちに微笑みかけた事など一度もないランスロットが、ヴィオレッタの前では蕩ける様な柔らかい笑みを見せる。

その光景を見ている紳士淑女の方々は、先ほどからずっと驚愕で目を見開きっぱなしだ。


近くに寄るだけで互いに赤面していた頃が嘘の様な親密さに、かつて二人を揶揄っていた近親者たちですら赤くなる始末。


となれば、だ。

会った事のないヴィオレッタを政略結婚の対象にしていた令息たちや、超優良物件のランスロットを虎視眈々と狙っていた令嬢たちにしてみれば、何をか言わんやの状態だ。

二人が放つ熱量に、迂闊に近寄る事も出来ないくらいに周りは勝手に敬遠されていた。


さて、そんな周りの驚愕も戸惑いも気にする事なく、ランスロットとヴィオレッタは二曲目のダンスへと突入する。


「あ~、あれは下手すると、三曲目もそのまま踊り続けるかもしれんな」


アンナニーナたちとはまた別の場所で立って見ていたハロルドが、呆れた口調で言う。
横に立つキンバリーも苦笑していた。


「まぁ、なんにせよ、婚約者同士の仲が良いのは良いことだよ」


この夜会から一週間後、トムスハット公爵家は、二人の正式な婚約を発表するパーティを開く予定である。

今夜の二人の様子を見れば、もはや宣言をしたも同然なのだが、貴族にとって形式は何よりも大事なもの。

だからランスロットも、前に慌てて贈ったサイズが合わない指輪ーーー今はペンダントになっているがーーーそれだけで済ませるのではなく、改めてきちんとサイズを測定した婚約指輪をヴィオレッタに贈っている。

勿論それを助言したのは、彼の母ラシェルではあるけれど。

それに対してヴィオレッタが返したのは、二色のカフスボタン。

ヴィオレッタの眼の色である青と、ランスロットの髪の色である黒色の宝石を組み合わせたシャープな印象のもので、実は今夜のデビュタントでもランスロットはそれを身につけている。


遠目でも幸せだと分かる二人を眺めながら、ハロルドは周囲に人がいないのを確かめ、小さく呟く。


「・・・例の子爵令息の件、お前が気がついてくれて助かったよ、キンバリー」

「あれは部下が拾ってきた情報をお前たちに回しただけだ。令息が名前を上げた女性は、今ランスロットが護衛している令嬢の関係者ではないかって言われてね」

「それでも助かったのには変わりない。
スタッドとゼストハには監視を付けていたが、あの娘は見張っていなかったからな。全く盲点だったよ。
お前の所でひっかからなかったら、取り返しのつかない事が起きるところだった」


もうほぼ解決したと思って油断していた、とハロルドは続ける。


「ある意味、子爵令息には感謝しかないな。情報を提供してくれた礼は、きちんとやらないと」

「・・・あの条件を飲むつもりか?」

「勿論」


結局、三曲立て続けに踊り続けたランスロットとヴィオレッタが、曲が終わって互いに礼をするのを見ながら、ハロルドは頷く。


「彼の要求は大した事ではない。あの娘も永久的に閉じ込めておける。ヴィオの安全が保証されるなら安いものさ」

「・・・そうか」


キンバリーはあの日、自分からのメモを受け取って、慌てて騎士団に駆けつけたランスロットの姿を思い出す。


あの・・情報を得られたのは、全くの偶然だった。あれがなければ、最悪いつかヴィオレッタは、義理の姉であるイライザに殺されていたかもしれない。


・・・いや、今はまだ確実に回避できたと断言はできない。

なにせ、それ・・が起きるのはこれからのこと、ひと月後に予定された子爵家の茶会の席での話なのだ。


・・・あんな・・・条件を出してきた以上、その令息がこちらを裏切るとは万一にも思わないが。


キンバリーは視線を上げ、連続で踊った疲れも見せず、幸せそうに笑いながらこちらに歩いて来る息子とその婚約者の令嬢を見つめる。


ランスロットとヴィオレッタ、この二人の幸せが決して壊される事のない様に,とキンバリーは願う。


ヴィオレッタと出会い、初めて恋を知り、自分だけの花として大切に育てるランスロットの姿を、この先もずっと見守っていきたいと、そう思うから。






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