【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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浮かれていた事は否めない

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「あの、お二人とも、もう少し近くに・・・こう、寄り添う様に立つ事はできませんかね?」


指導役の男性に困り声で問われ、ヴィオレッタとランスロットもまた困惑顔で互いを見遣る。


二人は今、トムスハット公爵邸のダンスホールにて、両手を取り、向かい合った状態で固まっているのだ。


ヴィオレッタのデビュタントに、婚約者のランスロットはパートナーとして参加する。
ならば当然、その時のダンスのお相手もランスロットだ。


過去にダンスレッスンを受けていた時期があるものの、ブランクがあるヴィオレッタは、復習も兼ねて指導役の男性にも来てもらい、パートナーと踊る様子をチェックしてもらう筈だったのだが。


「子どものお遊戯ではないのですよ?」

「す、すみません・・・っ」

「・・・面目ない」


両手を取り向かい合うと言っても、ランスロットとヴィオレッタの二人ともが思い切り前に腕を伸ばして精一杯の距離を確保している。
指導役の男性の言う通り、これでは確かに子どものお遊戯」だ。


だが「近づきたくないほど嫌なのですか」という台詞は指導役から出てこない。

だって、そうでない事は明白なのだ。

互いに真っ赤な顔をして、両手を握りあったまま動けずにいる、そんな状態に陥っている理由はただひとつしかないだろう。


「・・・まさか、お二人ともデビュタントでもそのスタイルで踊るおつもりではないでしょうね?」


注意を促しても、一向に体を離したまま近づかない二人に、指導役の男性は呆れた様に問いかけた。


「いえ、そういうつもりは・・・」


しどろもどろの答え、だが未だ距離が縮まる気配はない。指導役の男性は溜息を吐いた。


二人が踊れる事は確認済み、想い想われる者同士といえ、これではパートナーの変更も止むなしであろう。なにせこの状態のまま、既に一刻が過ぎている。本番でこれをやられたら大変だ。


「・・・仕方ありませんね。デビュタントのパートナーは別の男性に・・・」


変更して貰った方がいいでしょう、そう言いかけた時、二人ともが頭を左右にぶんぶんと振る。心なしか、二人が繋いでいる手にぎゅっと力がこもった気もする。


指導役の男性は片眉を上げた。


「それがお嫌でしたらーーー分かっておられますよね?」

「は、はい!」

「・・・勿論だ」

「・・・では、改めてお二人とも距離を詰めてくださいますか? ランスロットさまは、もっと思い切りヴィオレッタさまの腰を抱き寄せてください」

「う、うむ」


ギクシャクと、ランスロットはヴィオレッタに近づき、腰に手を回す。


「ヴィオレッタさまは左手をランスロットさまの肩に置いて、寄り添う様に・・・ほら、もっと近づいて」

「・・・は、はい」

「一瞬できたからって安心して離れない! 今から曲を流しますから、そのままくっついていてくださいね」


指導役の男性は、純朴すぎる二人に圧を送りつつ、ピアノ奏者に合図を出した。




さて。

こんな感じで、ダンスホールでランスロットとヴィオレッタが距離の縮め方に悪戦苦闘している最中。


サロンにて、デザイナーたちを交え、ヴィオレッタが着るドレスのデザインをきゃいきゃいと選んでいるのは、アンナニーナとラシェルである。


「ドレスの色は白と決まっていますものね。装飾や小物使いで個性を出したいわ。やはりレース使いか刺繍かしら」

「金糸か銀糸で裾回りに細かな刺繍を施すのはどうかしら。光に反射して、ダンスの時に映えると思うのですけれど」

「良い案ですわね。ヴィオちゃんの髪色なら金糸かしら」


週に二度はこんな調子だ。

子どもは男子のジェラルドのみであるアンナニーナと、娘がいるとはいえデビュタントがまだ十年以上先であるラシェルは、本人以上にヴィオレッタのドレス選びを張り切っている。


ハロルド、アンナニーナ夫妻が姪のヴィオレッタを養女としたこと、レオパーファ領および爵位をトムスハット家が手に入れたこと、スタッドが平民落ちしたことなどについては、既に社交界で広く知られていた。

一年遅れのヴィオレッタのデビューも注目の的となるのは、自然の流れだ。


それらと比べスケールが小さいのか、それともただ単に貴族たちの注意を引かなかったのか、いつの間にか姿を消したイゼベル夫人や、わずかふた月で離縁されたイライザについては、どこぞの茶会などで多少ささやかれる程度だ。


いや、ヴィオレッタが注目される理由はもう一つ。

あの・・ランスロット・バームガウラスが、噂の令嬢ヴィオレッタ・トムスハットの護衛騎士となり、常に影のように寄り添っているという噂のせいもあった。


デビュタント前のヴィオレッタは、まだ社交界に顔を知られていない。ヴィオレッタ自身、積極的に外に出かけるタイプでもない。
ならば目撃情報もさほどない筈なのに、何故そんな噂が流れたか? それは勿論、ハロルドがわざと流したから。


ゼストハ一族とスタッドの小競り合いは、勢いがなくなりつつあるが、今もまだ続いている。それ自体は別に構わないのだ、ヴィオレッタにとばっちりが来さえしなければ。

ゼストハ男爵の弟を捕縛した後、やはり直前に潰したものの、金目当てでヴィオレッタを狙おうとした輩がいた。
小者すぎて、計画が稚拙すぎて、本気度を疑うくらいの。

だが、そんな子どもの悪戯みたいな行為でも、煩わしいのは変わらない。あわよくば的発想で来られても面倒なだけなのだ。


故に、ハロルド、ジェラルド、ランスロットの三人は考えた。

王国騎士団若手一の剣士、ランスロット・バームガウラスが側についていると知らせ、あちらを牽制しようと。


ついでに言うと、ランスロットとしては、ヴィオレッタとの婚約についても噂を流したかったのだが、それはあっさりと却下された。


婚約発表はトムスハット公爵家が開催する正式なパーティの場でなされるべきもの、噂で周知させて終わるなど言語道断だと。


「いやぁ、我が義弟よ。婚約発表とか、プロポーズとか、結婚式とか、記念日とか。そういうものはひとつひとつきちんとやった方がいいのだぞ。男はあまり気にしなくとも、女性にとってはどれ一つとして疎かにはできない記念らしいのだ。自分の認識と同じだと思って軽く考えると、後で痛い目を見る」


ジェラルドに残念な子を見るような目で見つめられ、肩をぽんぽんと叩かれたランスロットは「そうですか」と素直に頷いた。


そんな訳で婚約発表のパーティはデビュタントの後に開催する事になり、そのデビュタントの準備もダンスを除いては概ね順調で、ランスロットが護衛騎士だという噂のお陰かゼストハ関連の騒ぎもなくなって。


ーーーだから少し、気が緩んでいたのかもしれない。


離縁されたイライザが、祖父であるゼストハ男爵の所にも、父であるスタッドの所にも行っていない事を、彼らはまだ把握していなかった。




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