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自滅の足音
しおりを挟む「あいつは・・・スタッドは、予想より早く自滅するかもしれんな」
ある晴れた日の午後。
トムスハット公爵邸の執務室にて、報告書を眺めながらハロルドが呟いた。
嫡男ジェラルドは不思議そうに問い返す。
「・・・ゼストハ男爵一派の攻勢が強まってるのですか?」
「いや、今も執拗に狙っているみたいだが、元が弱小貴族だから、規模としては然程ではないな」
「では何故」
ハロルドはふっと笑う。
「ゼストハの奴らにやられる可能性もあるにはあるが、私が自滅と言ったのは、どちらかと言うと金銭面での事だな」
「金銭面・・・?」
「ああ。有り金が尽きたら、何も持ってないあいつは、生きていけないだろう?」
ジェラルドは、いよいよ分からないと首を傾げた。
「あの男は金貨千五百枚も手にしたんですよ? 他にイゼベルやイライザ関連で稼いだ金があるし・・・普通の平民なら、三十年は余裕で暮らせる額ですが」
「普通の平民ならな。だが、あいつはスタッドだぞ」
ジェラルドは少し考える様子を見せる。
それでも、「そんなすぐに自滅なんてしますかね」とまだ半信半疑の様子だ。
「味方を全て失ったスタッドなら、十分にあり得るさ」
「そんなものですか」
「そうさ。あいつは山ほど間違いを犯したが、ここ最近の最大の間違いは、己に忠実な僕を自ら切り捨てた事だよ」
ハロルドは報告書をめくる手を止め、皮肉げには口元を歪める。
「知ってるか? 今スタッドはすごい数の護衛を雇ってるんだ。襲撃から身を守ろうと必死なんだろうな」
「それはまあ・・・そうなるでしょうね」
「転々とホテルを移動し、身を守るために護衛たちを山ほど雇い、それでも信頼できる者は側に一人もいない。今のあいつは、金で安心を買うしか方法がないんだよ。そもそも、その肝心の金の管理だって・・・そのうちどうなるか想像つくだろう?」
ジェラルドが僅かに目を見開く。
そんな息子を見つめながら、ハロルドは更に続けた。
「頼りにしていた娘婿も、早々に縁が切れそうだしな」
「えっ?」
それには流石にジェラルドも、あんぐりと口を開けた。
「イライザと結婚した商人ですよね。結婚して、まだふた月ほどじゃないですか。もう離縁の話が?」
「元々あの男が欲しかったのは、貴族の縁者というネームバリュー、もしくは他貴族とのパイプだ。それが見込めなくなった以上、イライザを妻としておくのはお荷物でしかないのだろう」
「はぁ・・・それはまた何というか・・・」
ジェラルドは呆れた様にポリポリと頭をかいた。
と、そこで何かに気づいた様に顔を上げる。
「・・・では、離縁されたとして、あの娘は・・・イライザはどうするんでしょう。スタッドかゼストハ男爵か、どちらかに身を寄せるのでしょうか」
「さてな。どちらを選んでも未来はないと思うが」
ハロルドは、ぱさりと報告書を机の上に放ると、深く、深く溜息を吐いた。
「あれで生き残れると思ってたんだから、スタッドは馬鹿だよ。せめてあの忠犬の様な執事親子だけでも残しておけば、状況は今とは随分と違っただろうに」
「父上・・・」
「結局、あいつは自分で自分の首を絞めたんだ」
ジェラルドは窓枠に寄りかかる。
「こっちが手を出すまでもなく勝手に自滅してくれるとは、嬉しい誤算と言うべきですかね」
「そうだな」
ハロルドもまた椅子の背もたれに体を預け、窓の外へと視線を向ける。
「後、こちらが気をつけるべきはヴィオの安全だけだ」
「屋敷周辺の警護の人数も増やし、出入り業者のチェックも厳しくする様に命じましたよ。外出時は、専属護衛を伴う事にしましたし・・・後は、う~ん・・・」
暫く考えたジェラルドは、やがて顔を上げると「というか、一番狙われるのは外出時ですよね」と結論づけた。
ハロルドが同意すると、「だったら」とジェラルドが専属護衛の増員を提案しかけ・・・
「いや、でもこんな事を言ってその通りになったら、今度は俺が義弟殿から相当恨まれそう・・・」
急に寒気でもしたのだろうか、両腕で身体を摩りながら、ジェラルドは呟いた。
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