【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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ディナーの前には

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「ようこそ、ヴィオレッタさん。いらして下さって嬉しいわ。前の時はあまりお話できなかったから、今日を楽しみにしてたの」


そんな台詞と共にヴィオレッタを迎えたのは、ランスロットの母、ラシェルだ。

喜色満面の笑みでヴィオレッタの手を取り、歓迎の気持ちを込めてぎゅっと握った。


四十を前にして未だ美貌の衰えぬラシェルの微笑みに、ヴィオレッタはうっかり見惚れ、挨拶を返すのを忘れている。


さて、本日ヴィオレッタはランスロットの婚約者として挨拶に来ていた。


トムスハット公爵家の家紋が付いた豪奢な馬車でバームガウラス邸にやって来たヴィオレッタだが、彼女のすぐ後ろには、一週間前から専属護衛として側に付いているランスロットがいる。


招いた側なのに、ヴィオレッタたちと共に招かれた側に立っているのはもちろん護衛の為だ。


「・・・」

「ヴィオレッタさん?」


未だ無言でラシェルに見惚れているヴィオレッタを心配して、ラシェルが首をこてりと傾げる。
共に来ていたジェラルドがランスロットの横からそっと手を伸ばし、ヴィオレッタの背をちょん、とつついた。


そこでようやく我に帰ったヴィオレッタは、少し慌てながらも挨拶の言葉を口にする。緊張で多少ガチガチなのは、今の状況では致し方ないだろう。


「シュテルフェン伯爵夫人にお会いできて、こ、光栄にございます。あ、あの、先日はロージーを助ける為に夫人にもご助力いただきましたこと、心から感謝しております」

「まぁ、うふふ。ご丁寧にありがとう。こんな素敵なお嬢さんにお礼を言ってもらえるなんて、我儘を言ってまぜてもらった甲斐があったわ」


ラシェルは嬉しくて堪らないといった風ににこにこと笑っている。実際、その通りなのだ。ずっと長男のことを心配していた。

キンバリーと再婚するまでの家庭環境は、最善を尽くしたものの、最良とは言えなかった。
自分と前夫との関係がランスロットの結婚観に悪影響を与えてしまったのではないかと、ラシェルはずっと不安だったのだ。


だからランスロットに想い人がいると知った時、その人を助ける為には同時に人質も救出しなくてはいけないと聞いた時に、武術の嗜みなど何もないくせに、ついしゃしゃり出てしまった。


救出が成功したその日、初めて顔を合わせた日の時刻は深夜をとうに過ぎていて、何もかもが慌ただしく、ろくに会話も出来なかった。


・・・ああ、でも。


ラシェルはそっとヴィオレッタの様子を観察して胸を撫で下ろす。


驚くほど痩せていた身体は、今は少しだけ肉づきが良くなったかもしれない。擦り切れたお仕着せを着ていた姿が嘘のように、今日はラベンダーピンクの可愛らしいドレスを纏っている。
頬がうっすらと紅いのは、緊張のせいか、それとも照れなのか。どちらにせよ可愛らしいことこの上ない。


なにより、そう、なによりも。


ヴィオレッタの後ろに立つランスロットの眼が柔らかいのだ。


愛しい、大切だと言わんばかりの眼差しで、ヴィオレッタを見つめている。その姿がなによりも嬉しくて、年甲斐もなくはしゃいだ声が出てしまう。


「ミルもね、あ、ランスの妹なのだけれど、貴女に会うのをとても楽しみにしていたの。今は大人しくサロンで待ってくれているわ」



うきうきとサロンに案内するラシェルは、うっかり手を繋いだまま歩き出していたのだが、驚き慌てるヴィオレッタは別として、使用人たちも、もちろんランスロットも、その光景を温かい目で見守っている。


そんな時。


「・・・ちょっと、我が義弟よ。もしかして俺の存在、忘れてない?」


ランスロットの背後から、少しばかり恨めしげな声が聞こえてきた。同行者のジェラルドである。


「もちろん忘れていませんよ。義父上は別室で待っていますので、ジェラ・・・義兄上はそちらにご案内します」


ランスロットが合図をして、執事がジェラルドを応接室へと案内する。彼は今からキンバリーに会う予定なのだ。定期的な報告はランスロットを通してキンバリーにも行っているものの、直接話し合う機会を疎かにはできない。


「あ、そうだ。ねえ、我が義弟よ」


少し離れた所で、ジェラルドが振り返る。


「なんでしょうか」

「今夜のお泊まり、ちゃんと俺の部屋も用意されてるよね? 

「? もちろんです」

「あ~、よかった。忘れられてるかと思った。ほら、我が義弟って、ヴィオの事になるとそれだけで頭がいっぱいになっちゃうからさ」

「・・・」


ランスロットがムッとした表情を浮かべる。


「・・・なんでしたら、僕と一緒に・・・・・馬車でトムスハット家まで戻り・・ますか? ご希望ならばお乗せしますが」

「ごめんごめん」


ジェラルドが慌てて手をぶんぶんと振る。


「悪かったよ、剣は多少使えるけど、俺は別に騎士みたいに強い訳じゃないから、それは勘弁して」

「・・・あと一刻ほどしたら出発します。少しの間、トムスハット家の馬車をお借りしますが・・・夜までにはこちらに戻る予定ですので」

「分かった」


今日、ヴィオレッタたちがバームガウラス邸に来るのに乗って来たのは、普段使用する馬車ではなく、登城用のひときわ目につく豪奢な馬車だ。


ヴィオレッタたちは今夜はバームガウラス邸に滞在するが、ランスロットは今からその目立つトムスハット家の馬車に乗って、再びあちらへと向かう。


あたかも、ヴィオレッタたちが挨拶を終えて帰る風を装って。


ーーー それらは全て。



「・・・我が義弟よ」


ジェラルドは、エントランスに向かおうとしていたランスロットを呼び止める。


「・・・不要な言葉だとは思うけど、気をつけて」


珍しく真面目な口調に、ランスロットは、ふっと笑みをこぼす。


「任せてください」


そう言うと、踵を返した。


「っ、なるべく早く帰って来るんだぞ! えと、そう、ディナーには間に合うように!」


ジェラルドのその声に、ランスロットは左手を上げて応える。



一刻後、トムスハット公爵家の馬車に乗ったランスロットと他騎士数名が、バームガウラス邸を発った。


そして予定通り、いや想定通りと言うべきか、その馬車が謎の襲撃者たちに襲われる。


ーーー それから更にニ刻ほど後。


バームガウラス邸にランスロットより一報が入り、ジェラルドは胸を撫で下ろす。


そこにはこうあった。


襲撃者たちを全員捕獲、ディナー前には戻れます、と。





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