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専属護衛
しおりを挟む椅子に座り、お茶をひと口飲むと、ランスロットは報告を始めた。
「スタッドは、爵位と領地を売った金額の一部が、ロアンナの対処に使われた事に抗議してきました。恐らく、母親はトムスハット公爵家側で勝手に処理してもらえると思っていたのでしょう」
「ふぅん、やっぱりか。相変わらず自分にばかり都合のいい考え方をするんだな」
ジェラルドは、うんざりだと言いたげに鼻を鳴らした。
「その異議に対してはトムスハット公爵が・・・」
「ちょっと待った、ランスロット卿。我が義弟よ」
「何でしょうか」
「そこはトムスハット公爵じゃなくて、お義父さんと言わなきゃ」
「・・・」
真面目な報告の最中であるにも関わらず、全く無関係な突っ込みを入れてきたジェラルドは、相変わらず空気を読む事をしない。というか、敢えて読んでいない。
一瞬ランスロットは戸惑うも、すぐに平静を装って続ける。だが。
「・・・それで、公爵が立てた代理人との話により・・・」
「だから、お義父さんだって」
当然、それを許す筈もないジェラルドから茶々を入れられる。
「・・・」
ランスロット自身は分かっていないだろうが、どうやらハロルドだけでなく、ジェラルドからもいたく気に入られてしまった様だ。
引く様子のない彼に、暫しの沈黙の後、ランスロットは再び口を開いた。
「・・・ジェラルド卿、取り敢えず今は・・・」
「あ、俺の事はお義兄ちゃんで」
「・・・」
ヴィオレッタが呆れた様にジェラルドを見る。だが、当の本人はニコニコと期待のこもった眼差しをランスロットに向けるだけだ。
「もう、ジェラルドお義兄さまったら。今はそんな事を話している時ではないでしょう?」
このままでは話が進まない、そう思ったヴィオレッタが間に入った。
正式にトムスハット公爵家の養女となったヴィオレッタもまた、伯父伯母、従兄弟への呼び方を変えている。と言っても、こちらの呼称変更は至ってスムーズだった。
それは兎も角、もとより揶揄い半分だったのか、それともヴィオレッタの意見を尤もだと思ったのか、ここでジェラルドがすんなりと折れ、漸く報告が再開されたのだが。
「・・・襲撃が? 二回も?」
平民の生活に文句を言っているとか、変わらず贅沢をしているとか、そういう類の報告を予想していたらしいヴィオレッタは、目を大きく見開いた。
ランスロットは重々しく首肯し、更に言葉を継ぐ。
「一度目はまだスタッドがレオパーファ邸にいた時、二度目はホテルに移った後で、食事のために外に出た時でした」
「それで、お父さま・・・いえ、スタッド、さん、は・・・」
「屋敷で襲撃を受けた時は私兵が対応、二度目の時は雇っていた護衛たちが応戦し、その場で襲撃者たちは捕縛、どちらともスタッドは無事でした」
その言葉にヴィオレッタはホッと息を吐く。
「襲撃者たちは、いずれもゼストハ男爵の関係者でした」
「ゼストハ・・・お義母さまの実家の・・・」
「いやぁ、相当恨んでそうだよね」
呆れた様なジェラルドの声に、ランスロットも同意する。
元はと言えば、イゼベルが媚薬を盛った事からスタッドとの関係は始まったのだ。一方的に恨むのもどうかと思うが、それは両者の問題であって、そこにどうこう言うつもりはない。
ーーー 彼らがヴィオレッタにまで手を出そうとしない限りは。
「・・・トムスハット公爵家の周りでも不審な人物が目撃されているのですか?」
「・・・残念ながら」
ランスロットの返答にヴィオレッタが青ざめる。
だが、ヴィオレッタには申し訳ないが、実はこの報告は既に何日も前にハロルドたちに上げられている。もちろんジェラルドもこれに関しては把握済みだ。
それはつまり、対応策を検討済みという事でもあって。
「思ったより長引きそうでね。何かあっても困るって話になって」
ジェラルドは、しかし少し悪戯めいた眼差しをヴィオレッタに向ける。
「・・・だからね、その件については、父上が親友の騎士団長に個人的に相談したみたいなんだ」
「・・・騎士団長さまに、ですか・・・?」
社交界デビューを果たしていないヴィオレッタには、役職名だけではピンと来ない様だ。ジェラルドは更にヒントを出す。
「そう、この間も団長殿には助力頂いたんだ。ほら、ロージー救出の時に」
「・・・? でも、あの時に動いて下さったのは確か、ランスロットさまの・・・」
そう言いながら、ヴィオレッタは視線をランスロットへと向ける。
ランスロットは真面目な顔で首肯する。
「はい。義父は騎士団長を務めていまして」
「・・・まぁ」
「そう言う事でさ、ヴィオ。騎士団長殿に頼んだんだよ。腕の立つ騎士を紹介して貰えないかって」
情報が次から次へと与えられ、ヴィオレッタは先ほどから驚いてばかりだ。
だが、とびきり衝撃的な情報は、まだこれからだった。
「そしたら団長殿がね、若手で一番腕の立つ騎士を派遣してくれるって。だからこれから暫くの間は、その騎士にヴィオの専属護衛になって貰うから」
ジェラルドはそう言うと、右手をすっとランスロットへと向ける。
まだ頭の中で情報が整理しきれていないヴィオレッタは、ジェラルドとランスロットとを交互に見遣る。
「紹介するよ。王国騎士団の若手一の剣士であり、明日からヴィオの専属護衛を務めてくれる親愛なる義弟、ランスロット卿だ」
その声がどこか得意げに聞こえ、ヴィオレッタは、またジェラルドのいつものお巫山戯かと思ったのだけれど。
目の前でランスロットが深々と頭を下げ、「明日からよろしくお願いします」と言うものだから、ヴィオレッタも反応に困ってしまう。
それを不安と取ったのだろうか、ランスロットは頭を上げるとヴィオレッタを真っ直ぐに見つめる。そして。
「ご安心ください。この命に代えても貴女をお守りしますから」
「・・・っ」
ランスロットは知らない。
今のひと言で、ヴィオレッタが息も絶え絶えになってしまったなんて。
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