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二人とも大事な娘
しおりを挟むおかしい、おかしい、そんな事あり得ない。
目の前の父は、本当に自分が知っているあの父なのだろうか。
イライザは、そんな思いで目の前で優雅に足を組む父スタッドをまじまじと見つめた。
自分は間違いなく愛されていた。父や母に大切にされていた。
それは勘違いではない筈だ。
ヴィオレッタが使用人の真似事をして床に這いつくばっている間、自分は優雅に傅かれていたではないか。
父だってそれを容認していたではないか。
ヴィオレッタを気にかける者なんて、世界中を探したって、あのヒステリックに喚き立てるあれの伯父しかいない。
自分は・・・自分は、特別な人間だった筈。
ヴィオレッタよりもずっと価値のある人間だった筈。
その筈、なのに。
目の前の父は、いつもと同じ微笑みを浮かべながら、意味不明な事を言うのだ。
「なるべく早くお前の嫁入り先を見つけた方が良さそうだ。テーヴに言って、丁度いいのを見繕わせないと」
そう、そんなおかしな事を。
「あなた、それは・・・」
「イゼベル」
スタッドは、ゆっくりと視線を隣に座る妻に向ける。
「お前は口を出さなくて良いんだよ。もう家の事を任せるのは止めると言っただろう? お前の使い道はそのうち考えるから、それまでは心配しないで黙って見てなさい」
か細い声ながらも何かを言おうとしたイゼベルの言葉は、スタッドにあっさりと遮られる。
すると今度はイライザが金切り声を上げた。
「・・・っ、いや、嫌よっ」
馬車の中という閉ざされた空間内。そこで出された突然の大声に、スタッドが眉を顰める。だが、イライザは構わず続けた。
「お父さま、さっきから何を言ってるの?
私は・・・私は、レオパーファ侯爵家のたった一人の令嬢なのよっ! 適当な家の男と結婚なんて嫌よ、ランスロットさまがいいの。私がこの家でどれだけ大事な存在か、ランスロットさまは知らないのよ。でなかったら、あんな、あんな事、ランスロットさまが言う訳が・・・っ」
スタッドが不思議そうに首を傾げた。
「たった一人の令嬢って、どういう事? イライザは面白い事を言うね。ヴィオレッタだっているじゃないか」
イライザも、そして石のように固まっていたイゼベルも、その言葉に驚いて目を見開いた。
「あなた・・・それは、どういう意味なの・・・?」
「そうよ、お父さま。さっきから何を言ってるの。お父さまだって、ヴィオレッタの事なんか何とも思ってないくせに」
スタッドは目を丸くする。
「お前たちこそさっきから変な事ばかり言うね。父さまは、お前もヴィオレッタも、同じくらい大切に思ってるよ。二人とも俺の大事な娘だからね」
「・・・おな、じ? 同じですって?」
イゼベルもイライザも、一瞬、言葉に詰まった。
スタッドの言っている事が理解出来ないのだ。だって、現にあんなに冷遇していたではないか。
「お、お父さま。同じくらい大切って、そんな事ないでしょ、だって・・・」
ーーー あんなに私たちがヴィオレッタに酷い扱いをした時だって、何も言わなかったじゃない ーーー
だが、そう問う前にスタッドが再び口を開いた。
「ああ確かに。よく考えたら同じではなかったかもしれないな」
スタッドは顎に手を当て、思案しながら話を続ける。
「ヴィオレッタは、トムスハット公爵家とレオパーファ侯爵家の高貴な血を引く娘だから、お前よりもずっと上だったね。
イライザは母親がイゼベルだものね。しがない男爵家の血筋じゃ比較にもならないよ」
「・・・は?」
「だから、イライザがこの家を継ぐなんて事は絶対にあり得ない訳だし」
「・・・」
イゼベルとイライザが、それまで何をどう思っていたかは分からない。
けれどこの発言は、恐らく最も予想していなかったものだった筈。
「・・・あ、あなた。あなたは、本当は私たちのことそんな風に思っていたの・・・?」
「本当はってどういう意味だい? 何も変な事を言ってないよ、全て事実じゃないか」
あまりに驚き過ぎて、イライザはただ唖然として言葉も出ない。それに対してイゼベルは、怒りかそれとも屈辱によるものなのか、体をぶるぶると震わせていた。
幸か不幸か、その夜に起きたこの家族内の奇妙な異変を、ヴィオレッタが同日中に知る事はなかった。
夜会はいつも夜遅くまで続くものだ。だから屋敷に残る者たちは、執事やメイド長、それぞれの専属メイドなどを除けば部屋に下がって休む事が許されている。
故に、ヴィオレッタがこの家族に起きた変化に気づくのは、明朝の事となる。
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