【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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初めて見る顔

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「ちょっと皆さん、どいて下さらない? 私、ランスロットさまに大切なお話があるの」


半年ぶりに王城で開催された夜会でのことだった。


王族主催の為、よほどの理由でない限り欠席が許されないこの夜会で、イライザはランスロットに群がる令嬢たちを押し退けて前に出た。


少し離れた所にいたラシェルとキンバリーが、心配そうに息子を見やる。ランスロットは、安心させる様に軽く頷いてみせた。
そして、イライザに視線を向ける。


「・・・話とは?」


冷ややかな視線と、固く引き結ばれて、にこりともしない口元。


「・・・ええと、その・・・」


果敢に令嬢たちを追い払ったイライザだが、いざ向き合ってみれば、その態度の冷たさに口ごもる。


「あの、ここでは・・・ええと、ちょっと人の目が・・・
そうだわ、テラス。テラスに行って、二人きりで話しません?」


両腕を前に寄せ、目一杯胸元を押し上げた。
そして、しなを作りながら上目遣いでランスロットを見る。

当然、それがランスロットに効く筈もなく。


「知り合い以下の令嬢と、なぜわざわざ二人きりで話す必要が?」

「・・・え?」


ぽかんと口を開けたイライザをそのままに、話は終わったとばかりにランスロットはくるりと踵を返した。我に返ったイライザが、その背中を慌てた様に追う。


「ど、どうしてそんな事を仰るの? 私はただ、あなたとの婚約について話がしたいと思って・・・」


ランスロットの足が止まる。

そして軽く首を捻る様にして、背後にいるイライザに視線だけを向けた。


「・・・はっきりと断った筈だが。それも二度」

「・・・じ、焦らし過ぎるのもよくないと思うの」

「・・・は?」

「だからね、もう私に意地悪するのはやめて、素直に婚約した方がいいと思うんです」

「・・・」

「感謝して下さいね? 普通の令嬢だったらとっくに怒ってる所ですよ。相手が私だから優しく対応出来るんです」

「・・・」


数秒ほどだろうか、ランスロットはイライザが持論を展開するのを呆けた様に見ていた。だが、やがて溜息を一つ吐くと、そのまま前を向いて歩き出した。どうやら話すだけ無駄だと判断した様だ。


「あ、ランスロットさま? ちょっと待っ・・・」


なおも声をかけようとするが、ランスロットはもう足も止めない。無言を返事とし、少し離れた所で見守っていた両親のもとへ足早に戻って行った。


「ちょっと・・・今の、お聞きになりまして?」

「婚約を申し込まれたのかしら・・・でも、断わられたそうよ、それも二回も」

「あれ、レオパーファ家の令嬢だろ?」

「後妻の方の・・・」

「勝ち誇ったお顔で何をなさるかと思えば、まさか・・・」



衆目の中での出来事だ。
イライザに蹴散らされた令嬢たちはもちろん、他の貴族たちもその遣り取りを目撃していた。


そして見ていた者たちの中には、当然彼女の両親もいる訳で。


「イライザ・・・ッ」


イゼベルのグラスを持つ手が、わなわなと震える。


「・・・あの子ったら、こんな人前でなんて事を」


青ざめるイゼベルに対し、スタッドの表情は少々呆れが混じってはいるものの、やはり普段とさほど変わらない。


「二度断られて、なお人前で迫るとは。あの子は笑っちゃうほど前向きだね」


噂と嘲笑の的となった娘を見て、スタッドはワインの入ったグラスをぐるりと回し、ひと口だけ口に含んだ。

イゼベルは恥ずかしさと夫への申し訳なさとで青くなっていたが、そこまで慌ててはいなかった。
これまでだって、夫は自分を信頼して家の中のことを全て任せてくれていた。何かあっても、せいぜいが一言か二言、「ちゃんと頼むよ」と言われるだけだ。

だからきっと今回だって。


そう踏んでいたのに。



「あれはお前の教育の賜物なのかな。随分と立派な淑女に育ったものだ・・・お前には礼が必要かな」

「・・・いえ、そんな、滅相もない・・・」


くすくす笑う夫の隣で、イゼベルの顔色は更に青くなる。


「イゼベルはさ、俺が面倒をかけられるのを嫌うって知ってるよね?」

「・・・ええ」

「だから家の事も全て任せて好きにさせてたけど、どうやらお前には無理みたいだな」

「そんな・・・私は、ちゃんと・・・」

「こんな事も出来ない妻なら、居なくてもいいね」

「・・・っ」

「リザはその点しっかりしてて良かったな。
病気にさえならなければ、きっと今も立派に俺を支えてくれてただろうに・・・残念だよ」

「・・・」


イゼベルが両手でぐっとドレスを握りしめる。それを見て、スタッドはいつもの様ににこりと笑いかけた。


「イゼベル、そんなに強く握ったらドレスがシワになってしまうよ」










だが、イライザも大概諦めが悪い。

どうしてもランスロットが良いのだと、帰りの馬車の中で再びゴネ始めたのだ。


「無理じゃないかな。お前が結婚したくても、公爵がしたくないと言ってるんだし」

「・・・っ!」


スタッドの端的な指摘に、イライザの顔が赤くなる。

普段ならいつもイライザを擁護してくれる母は、今日に限って大人しい。馬車に乗ってから未だ一言も発していなかった。


どうして。


イライザは混乱した。


母は言わずもがな、父もこれまではいつだって何だってイライザの願いを聞いてくれた。どんな事を口にしても、「じゃあそうする様に言っておくよ」と笑ってくれたのに。


私は義妹ヴィオレッタとは違う。

父からも母からも、大切に思われ愛される存在なのに。


「・・・っ、ランスロットさまは私を焦らしてるだけなのっ!」

「イライザ・・・ッ」


いきなり大声を出したイライザを嗜める様に、イゼベルが娘の名を呼ぶ。

その時だ。


「ははっ」


スタッドの口から、楽しげな笑いが漏れた。


「イライザは本当に・・・幸せな頭をしているな」

「し、幸せな頭?」


父の言葉の意味が分からず、イライザはぽかんと口を開ける。


「焦らしたいだけなら、返事は保留になってるさ。公爵は単純にお前と婚約したくないんだ。だから断った。
まぁ焦らされてると信じたいなら、それでも良いけど」


イライザがぐっと唇を噛む。

だが、さすがに何かを感じ取ったのか、それ以上は口を噤んだ。


すると、次の瞬間。


「・・・ああ、面倒だなぁ」


更なる言葉が、スタッドの口から紡がれる。


「それなりにやってくれれば、それでよかったのに。それすらも出来ないなんてね」


スタッドは、肘置きに置いた腕で頬杖えをつく。

ゆったりと、静かに、高位貴族に相応しい威厳のある所作で。


「家長の意を汲んで動く事も出来ない妻や娘なんて、居ても面倒なだけだよな」

「・・・え?」

「あな、た・・・?」


ガタゴトと馬車が揺れる音が、やけに耳に響いた。

窓越しに射し込む月夜の光に照らされ、スタッドの顔が青く浮かび上がる。


それはいつもと変わらぬ、穏やかで優しげな笑みで。


けれど初めて、イライザはこの父の微笑みに恐怖を感じた。





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