嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

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第7章 2 揺らぐ心

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「え…?」

突然の申し出にヒルダは戸惑った。するとエドガーは言う。

「聞いてくれ、ヒルダ。俺はもうフィールズ家とは養子縁組を解消したんだ。だからもう戸籍上…ヒルダとは兄妹の関係では無くなった」

「確かにそうですね」

「だから…俺のことも兄さんと同じ様に名前で呼んでもらいたいんだ」

「ノワール様の様に…ですか?」

「ああ、そうだ」

エドガーはきっぱりと頷く。

(他ならぬお兄様の頼みだもの…断れるはずがないわ)

「分かりました…エドガー様」

ヒルダの言葉に、たちまちエドガーの顔に笑みが浮かぶ。

「ありがとう…ヒルダ」

その時、タイミングよく2人の前に料理とワインが運ばれてきた。ウェイターが料理を並べていく様子をじっと静かに見守る2人。やがて全ての料理をテーブルに並べると「ごゆっくりどうぞ」と言ってウェイターはテーブルを後にした。

「まずは乾杯しないか?」

グラスに注がれた赤ワインを手に、エドガーが言う。

「はい、そうですね」

ヒルダもワイングラスを手に取ると、互いにカチリとワイングラスを合わせて言う。

「「乾杯」」

そしてヒルダとエドガーは一緒にワインを口に入れた―。


 その後、食事の席でエドガーはいつになく饒舌にヒルダに話していた。この町での新しい暮らしの話や、さっそくノワールのアシスタントとして仕事を始めた話。そして…。

「ヒルダ、聞いてくれるか?実は兄さんの協力で夜学に通えるようになったんだ」

「まぁ…夜学ですか?」

「ああ。昼間は仕事をして…夕方6時から10時まで学校に通えることになったんだよ。期間は2年間だ。そこに通い、卒業試験を受ければ短期大学卒業と同等の資格を得られるんだ。やはり高卒と大卒では…就職先にも関係してくるしな」

「それは良かったですね。勉強を続けることが出来るなんて」

ヒルダは笑みを浮かべながらエドガーを見た。その後も2人は大学の話や、新生活の話に花を咲かせた。けれども決して互いの口からは『カウベリー』の話が出てくることは一切無かった―。


****

 午後9時―

 ヒルダとエドガーは店を出た。

「すみません。まさか食事を御馳走になってしまうなんて…」

ヒルダは申し訳無さげにエドガーに頭を下げた。

「何言ってるんだ?俺からヒルダを誘ったのだから、ごちそうするのは当然だろう?」

「ですが…」

するとエドガーは言う。

「ヒルダ。俺はカウベリーに住んでいた頃、貯金をしていたんだ。それに今は兄さんのアシスタントとしてすでに仕事も始めている。だからお金の心配は何もする必要なんて無いからな?」

「エドガー様…」

「むしろ…お金の問題で俺に遠慮して…会って貰えないほうが、正直言って堪える」

エドガーは淋しげに笑みを浮かべると、次にじっとヒルダを見つめた。

「ヒルダ…頼みがあるんだ」

「はい、私に出来ることがあるなら…」

「そうか?なら…これからも2人で会う時間を作って貰えないか?ヒルダにとって俺と言う存在が迷惑でないのなら…」

「迷惑だなんて…思ってもいませんから」

その言葉にヒルダは首を振る。

「本当か?」

「ええ、本当です」

「ヒルダ…」

エドガーはそっとヒルダの手に触れ…次の瞬間、強く握りしめてきた。

「ありがとう…ヒルダ…」

「お礼なんて…いいですよ?」

(お兄様は…そこまで私の事を思ってくれているのね…)


ヒルダの心は…少しずつゆらぎ始めていた―。


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