上 下
55 / 204

第53話 愛しい気持ち

しおりを挟む
「あ…に、兄さん。おはよう、帰ってきてたんだ?」

セシルは歯切れ悪そうにフィリップに挨拶をした。

「そうだよ、たった今帰ってきたところなんだけど…ダイニングルームの前を通った時にセシルの声が聞こえたから覗いてみたんだよ。扉も開いていたし」

そしてチラリとフィリップは私を見た。

フィリップ…帰ってきてくれたのね?

ほんの数日しかフィリップと顔を合わせていないのに、もう随分会っていないような感覚を覚えていた。

フィリップ…私、貴方に伝えたいことが山程あるの。

「お帰りなさい、フィリップ。貴方が帰ってくるのを待っていたわ」

立ち上がり、笑みを浮かべてフィリップを見た。

「…」

するとフィリップは何故か戸惑った様子で私を見つめる。

「フィリップ?」

「いや、何でも無い。2人で食事を続けるといいよ。僕は外で朝食を食べてきたから。それじゃ」

そのまま出ていこうとするフィリップを私は呼び止めた。今までの私では考えられない行動だった。

「待って、フィリップ」

「何?」

セシルがいる手前だから私を邪険に扱えないのか、フィリップは振り向いた。

「後で…2人きりで大切な話がしたいの。時間…取ってもらえるかしら?」

「大切な話…?いいよ、分かった。それじゃ…場所は…」

「私の部屋に来て貰いたいの」

フィリップに場所を決められる前に素早く言った。

「え…?エルザの部屋に…?」

フィリップは少しだけ考え込む様子をみせると、私を見た。

「いいよ。それじゃ9時になったら君の部屋へ行くよ」

「…ありがとう、フィリップ」

「別にお礼は言わなくてもいいよ。セシル、時間になったら悪いけど先に仕事を進めておいてくれるかな?僕は…」

「いいよ、エルザと話があるんだろう?別に今任されている仕事は俺1人でも進められるから2人でゆっくり話をすればいいさ」

「…すまないね。それじゃエルザ。また後で」

「ええ。また後で…」

フィリップは私の返事を聞くと、今度こそ立ち去って行った。

「ふぅ~…」

小さくため息をつくと、私は椅子に座り込んだ。

言えた…。
結婚して初めて自分の言いたいことをフィリップに…。

今までの私では考えられないことだった。これまでの私は彼に嫌われたくない為に出来るだけフィリップから距離を置こうとしていた。

彼の真意を知ろうともせずに。

でも…今なら何となく分かる。彼が頑なに私を拒絶し、距離を置こうとしているのには何かしらの事情があるからだと。

フィリップは重大な何かを隠している。私は彼の心が知りたい。

さっき、数日ぶりに彼を見た時…どうしようもない愛しさがこみ上げてきた。
やっぱり私はフィリップのことを愛しているのだということに改めて気付いた。

離婚なんかしたくない。
ずっとフィリップの側に置いてもらいたい。

その為に…話し合いをするのだ。


「エルザ」

不意に声を掛けられ、我に返った。顔を上げると、そこには私をじっと見つめるセシルの姿がそこにあった。

「あ…セシル」

いけない。フィリップの顔を見てから…私はすっかりセシルの存在を忘れてしまっていた。

「ご、ごめんなさい。セシル。ぼ~っとしてしまって」

慌ててセシルに笑みを向ける。

「やっぱり…か…」

セシルがポツリと言う。

「え?セシル?今何て言ったの?」

「いや、やっぱりエルザは兄さんの事が好きなんだなって思っただけさ」

「それは…そうよ。だって子供の頃からずっと好きだったんだから…」

何故セシルはそんな事を聞くのだろう?彼だって私の気持ちを知っているくせに。

「全く、のろけてくれるよな?」

セシルは笑って私に言うものの…気のせいだろうか?

何処か寂し気に見えるのは―。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

側近という名の愛人はいりません。というか、そんな婚約者もいりません。

gacchi
恋愛
十歳の時にお見合いで婚約することになった侯爵家のディアナとエラルド。一人娘のディアナのところにエラルドが婿入りする予定となっていたが、エラルドは領主になるための勉強は嫌だと逃げ出してしまった。仕方なく、ディアナが女侯爵となることに。五年後、学園で久しぶりに再会したエラルドは、幼馴染の令嬢三人を連れていた。あまりの距離の近さに友人らしい付き合い方をお願いするが、一向に直す気配はない。卒業する学年になって、いい加減にしてほしいと注意したディアナに、エラルドは令嬢三人を連れて婿入りする気だと言った。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...