かあさんのつぶやき

春秋花壇

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45 逃避行

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「ガラガラガラ」

ん?

雨戸が開く音。

かあさんのアパートには雨戸はない。

あるとすれば大家さんの家。

大家さんは、京都にいつも住んでいて、

新型の感染症が流行る前は、毎月か2か月に一回1週間くらい

帰ってきていた。

新型の感染症が問題になり始めてからは、

まだ一度も帰ってこなかった。

しかも、いつも返って来る時は、夜中の1時半くらい。

今はまだ、12時にもなっていない。

壁に耳を付けてみる。

何も聞こえない。

「まさかねー」

恐る恐る外に出て、大家さんの家を確認。

いつもは、門のところの引き戸にカギがかけられていて開かない。

以前は、大家さんの庭も母さんが管理を任されていた。

一昨年の秋、何が原因なのか突然、その門にカギがかけられた。

そして、その前日、かあさんの花は秋のバラが

時を待つように大きな深い色の蕾をいくつもつけていた。

それを突然、何の前触れもなく、バッサリと切られた。

咲き誇っていたたくさんの花々も咲いている花の上に

鉢をのせられて見るも無残な状態になった。

宿根朝顔もいまかいまかとたくさんの蕾を楽しみにしていた。

それを……。

かあさんは、劇うつにはまっていき、

口を利くことさえできなくなった。

失声をぶりかえした。

幻聴、幻覚まで出て、

一人引きこもりになってしまった。

どんなに思いを変えて、穏やかに話し合おうとしても

被害妄想みたいになって、

通常の心持で大家さんと口を利くことはできなかった。

かあさんがアパートを借りたときには、

おばあちゃまがこのアパートを管理しておられた。

ガーデニングが大好きなおばあちゃまで

「鉢を使ってもいいよ」

「土もつかってもいいよ」

優しく声をかけてくださった。

そのおばあちゃまもアルツハイマーになって

亡くなられた。

しばらくは、娘さんとも不通に話していたのだが、

何かあったのかな。

思い当たる節はなかった。

湿気をふんだんに含んだ夜の空気は

薄ぼんやりと大家さんの家の電灯を映しだしている。

「ああ、もうだめだ」

即座に、足がすくむ。

以前のあの恐ろしい感情がまざまざと蘇る。

まるで、朝起きたら愛する子供たちが

惨殺されていたような感じ。


「オイッス!」

俺の名前は、沼田 和俊(ぬまた かずとし)43歳。

無職である。

重度の統合失調症で、毎週、病院に通っている。

母、小宮 富子(こみや とみこ)66歳。

母は、父と離婚した後、別な戸籍になり、

旧姓に戻った。

母もまた重度の精神障害者である。

二人は、子供の頃から幻覚、幻聴に悩まされていた。

( ´•̥ו̥` )


とりあえず、問題のある所からは距離を置く。

かあさんは慌てて俺のマンションに避難してきた。

まとわりつくような熱の残骸が自転車をこぐかあさんの

腕に肩に背中によりそう。

どうせなら、イケメンの若い男の子がいい。

とかあさんはうそぶく。

こんな哀しい顔で、愛する息子に会うことはできない。

必至で、自分に言い聞かせる。

わたしはわたしがすきです。

わたしはわたしがすきです。

わたしはわたしがすきです。

わたしはわたしがすきです。

わたしはわたしがすきです。

わたしはわたしがだいすきです。

わたしはわたしがだいすきです。

わたしはわたしがだいすきです。

わたしはわたしがだいすきです。

わたしはわたしがだいすきです。

びっくりしたねー。

こわかったねー。

もう大丈夫だよ。

逃げたっていい。

遠回りしたっていい。

生きてるだけで丸儲け。

アルコール依存症、真っ最中の頃には

とても考えられないような自己肯定感に

びっくりする。

かあさんなりのレジリエンス。


自己肯定感が低い人の傾向は?
・自分が嫌い。
・自分には無理だとあきらめてしまう。
・不安や怖れを持ちやすい
・自信がなく、受身的
・他人の評価で自分を判断する
・人に評価してもらわないと不安
・他人の評価に振り回される
・人と比べて、落ち込みやすい
・他者の意見を聞くことができない
・自分を否定的に見る
・物事を否定的に受け止めやすい
・自分で自分を満たせない。
・他人をジャッジする、
・生きにくさがある
・人間関係にトラブルを抱えやすい
・失敗すると自己価値まで否定しがち
・自分がジャッジされる不安をもつ
・人との違いを認められない
・自分を正当化しないと不安
・他者に対して批判的傾向
・自分の考え(意見)が言えない
・問題解決能力が低い
・罪悪感を持ちやすい
・自分の人生は他人に決められている感覚
・主体性が低く、他人軸

だーい好きな息子と会って、いいこいいこしてもらって

ハグしてもらって、フライドチキン一つと焼き鳥一本を買ってもらって、

息子が寝たのを確かめて、

「できるだけのことをしよう」

と、勇気を奮って自分のアパートに帰る。

普通の人から見たら、馬鹿みたいなんだろうな。

それでも、最高に素敵なひとときだった。

こうして、かあさんは怖れから回復して、

夜中の3時半に帰途に着いた。

少しだけ、お気に入りのゲームをして、

4時30分、白々と明けた空に映し出される花の上に置かれた鉢。

「ああ、やっぱり」

大家さんは、きり戻した花や野菜の鉢が嫌い。

遊歩道の熊笹を切って、鉢を移動させた。

早急に対処しないとね。

いつのまにか、鉢はものすごく増えていた。

「今、自分にできることを丁寧に」

ひょっとしたら、大家さんは何度言ってもお花を一杯にしてしまう

かあさんに腹を立てているのかもしれない。

芥川龍之介の「藪の中」みたいに

人それぞれの立場によって、同じ出来事も全く違う景色に見える。

それは、誰が悪いとか誰が嘘をついているということではないのかもしれない。

5時、どんどん空は明るさを増していく。

まるで、少しだけ、大家さんを思いやることができた

かあさんの心のように。

かあさんは、記憶障害だ。

何か約束をしたのに、かあさんが記憶がなくて

約束を破棄しているのかもしれない。

だとしたら、本当にごめんなさい。

さあ、今日は水曜日。

恒例の通院日。

そのまま、ありのまま、カウンセラーに報告、連絡、相談すればいいよね。

かあさんは、一人じゃない。


君は離れる 僕のバカ正直さに腹をたてて

分かってるだろ 僕が何とかしようとしてたこと 

でも素直に謝る事ができなかった

時間切れじゃないといいけど

誰かレフリーを呼んでくれないかな

あと1度でいいから、謝るチャンスが欲しいんだ

今までに1度や2度同じような

間違いを犯したことも分かってるよね

1度や2度、もしかしたら数百回くらいあったかも

お願いだから今夜は償わせてほしい

もう1度だけチャンスが欲しいんだ

もうゴメンって言っても遅すぎるのかな?

君の身体が恋しいっていうだけじゃないんだ

もう謝っても遅いのかな?

君をがっかりさせてしまったんだよね

もう手遅れなのかな?

ごめんね

本当にごめんよ

許してほしい

君をがっかりさせてしまった

もう謝っても遅すぎるのかな?

君が望むのなら、どんな非難でも受け入れるよ

でも人生ではどっちかだけが一方的に悪いってこともないんだよ

僕が行き過ぎれば君も行き過ぎる

君は2人の真実をうっかり漏らしてしまった

お互いにゴメンねって言って水に流せないのかな?


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