かあさんのつぶやき

春秋花壇

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30 独居老人の戦い

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「オイッス!」

俺の名前は、沼田 和俊(ぬまた かずとし)43歳。

無職である。

重度の統合失調症で、毎週、病院に通っている。

母、小宮 富子(こみや とみこ)66歳。

母は、父と離婚した後、別な戸籍になり、

旧姓に戻った。

母もまた重度の精神障害者である。

二人は、子供の頃から幻覚、幻聴に悩まされていた。

( ´•̥ו̥` )

「うわー、何で布団の下にこんなにごみが……」

「ざらざらすぎるでしょう」

「ごみやしきー」

「セルフネグレクト」

「どんだけ、だらしないの、このこは」

独り言をぶつぶつ言いながら、

まるで捕囚になったイスラエル人のように

重そうに体を引きずりながら掃除してる。

敷布団は破れ、カバーで何とかごまかしているけど、

動かすと中綿がぼろぼろとこぼれる。

時たま、誰かが布団を捨てているけど、

拾ってこようかと思うほど、ずっときれいな布団だったりする。

記憶さえ失わなければ、

「48万円で布団くらい買えたのに」

そんなこと、言ってみても始まらないのに……。

ラジオ体操でお友達になった68歳の嵯峨のおばあちゃまは

「一週間、どのくらいで生活してる?」

と聞くと、

「そうね、光熱費別で10000円」

かあさんは、1週間7000円。

しかも、タバコ代込み。

この差はなんだろう。

今度じっくり教えてもらおう。

かあさんには、クリスチャンになるために越えなければいけないハードルがいくつかある。

1.たばこをやめること

2.自涜をしないこと

3.家の中を掃除すること

である。

とくに、1番目はこれさえやめれば聖書研究を再開してもらえる。

かあさんが、エホバの証人を去ったとき、

神権宣教学校に入学して割り当ても1.2度果たした状態だった。

その後、何年かはなれていろんな人が手伝ってくださって

戻ったりまたやめたりのずっと繰り返しだった。

適正な地域での聖書研究を再開するための最低条件が、

「タバコをやめたら」

だった。

なんとか、一人でチャレンジしようとしたのだが、

どうしても「やめたい」

という気持ちさえもてなかった。

自助グループに毎日通って、

それでもお酒をやめられずに

家も売って、二人の子供を養護施設に預けて

女性のリハビリ施設に入ったのに、

結局、再飲酒してしまってその時にせっかく6年間やめていたタバコも

別れたパパの寝床に会ったタバコに手をつけてから、

一度もやめられたことはなかった。

あれから何十年もたつのに。

神様はとても優しくて、

赤羽駅を歩いていたときに女性のエホバの証人の人たちが

雑誌を片手に立っていて、話しかけたら、

その人も十何年もタバコをやめられなかったという。

その方は、今、長老兄弟と結婚されていて、

かあさんが胃潰瘍で入院したりすると、

お見舞いにきてくださったりしている。

だから、神様が、かあさんに

「見捨ててないよ、見放してないよ」

と、いってくださってるみたいで

ものすごく感謝しているのだが。

お酒は奇跡のように治ったのに。

タバコに関しては、グリコの状態だった。

どんなに、特別開拓者の兄弟が励ましてくださっても、

集会にがんばって何週間も通えても

耳がないんじゃないの?

と、自分で思うくらいやめたい気持ちにならない。

かあさんと俺の通っている国立の精神科には禁煙外来があるんだが、

まず本数を減らして、軽いタバコにして、それができたら禁煙外来にかようと

薬剤師の素敵なお兄さんと約束をした。

だから、やってみようという気にはなってるんだろうが、

どうしても「やめる」と決断できない。

なんとも情ない状態だ。

とりあえず、前進するしかないので、

布団を上げて、部屋の掃除をしてみることにする。

精霊のとおりがよくなり、

少しでもタバコにチャレンジできたらと思ったからだ。

自涜はアルファポリスに来たときには、

病気かと思うくらい毎日止まらなかった。

何度も何度も、エホバの証人の文章を読み、

チャレンジしようとするのだが、ねぼけてやってしまって、

もうどうでもよくなったらなぜか止まっていた。

とにかく、もっとタバコに関して心を耕さないとだめなのかもしれない。

きっと、コンクリートの心になっている。

蛙の面にションベン状態に……。

がんばれ、かあさん。

タバコをやめれば、もっと地域のエホバの証人の人たちと

新型感染症で集会がなくても、

電話やスカイプでお話できるかもしれない。

これは、かあさんにとって、覚せい剤よりもお酒よりも食べ物よりも

難しい問題なんだろうな。

前にやめたときは、エホバの証人の姉妹が

かあさんのタバコの禁断にものすごく協力してくださった。

6月のものすごく暑い日だったのに、

かあさんは禁断のために下着、セーター、しまいにはコートまで着て

全部で6枚、それでも寒気が止まらずがたがたと震えていた。

まるで、覚せい剤をやめるみたいに。

あげくに、家の中のたんすを中身を全部引っ張り出し、

「たばこたばこ」

と、泣き叫ぶ。

家の中をおろおろと徘徊する。

寝てることも座ってることもできなかった。

エホバの証人の姉妹がかあさんを自分の家に連れて行き、

温かい飲み物とストーブをつけて下さった。

それでも、かあさんはがたがたマグカップの中身がこぼれてしまうほど

震えが止まらなかったのだ。

アルコール依存症の禁断でさえ、

あんなひどい状態になったことは一度もなかった。

だから、きっと怖いんだね。

強い助けがほしい。

動機付けがほしい。

戦場に行くのだから。

助けてください。

やめたいという気持ちをください。

エネルギーをください。

必死で神様にお願い、嘆願、誓願する。

布団を上げることさえ、本当は怖いんだよね。

いまだに突然、気絶するから、

でも、がんばって敷きっぱなしの生活をあらためるんだ。

家の前の遊歩道の雑草と咲き終わったミントの切り戻しをした。

道行く人が挨拶してくださる。

ありがたいことだよね。

こんな年寄りに声かけてくださるんだから。

気がつくと、6時20分。

慌てて、ラジオ体操に向かう。

本当は、ゆっくり小説読んだりねっころがったりしていたんだけど。

一生自分との戦いなんだろうね。

なりたい自分になるために。

今が一番幸せ。


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初回公開日時 2020.11.01 18:13
更新日時 2021.03.26 14:38
文字数(公開) 54,977
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