かあさんのつぶやき

春秋花壇

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23 誘惑

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 少し固めのベッドにチョコレート色のコーティング。

薄い薄い板チョコのようになっている。

藍色のアンジェリークのお皿。

残念ながら、憧れのクラヴィスさまの姿はない。

闇の安らぎに焦がれて、

「お慕い申しております」

きゃーーー。クラヴィスさま。

何を乙女しちゃってるの。

それに今、目のあるアンジェリークのお皿はエトワール。

かあさんのすきなのは、ルトゥール。

何をいい年ぶっこいて、エアー恋愛してるの?

それに、恋焦がれたのは今回はクラヴィスさまではなくて、

エクレアでしょう。

しかも、戦って闘って惨敗してしまった。

糖尿病は死んでも食べたい病気。

昔、拒食症だったかあさんが、どうしてもその誘惑に勝てなかったもの。

シュークリームとエクレアなのだ。

なかでも、シュークリームは、ダブルクリームを毎日一個は所望いたしていた。

「おいっ、だめじゃん」

和菓子のほうがカロリーも少ない。

のは、理解してるのだ。

頭ではね。

デモね、勝てないのだよ。

惨敗なのだよ。

ぐすん。

今日こそはと、さっきまでがんばっていた。

それがですね。

北大路魯山人のお米の話を読んだとたん、

口の中にじゅわーって唾液が泉のごとくわいてきて、

どうにもこうにも我慢できなくなったんだ。

本当にもう、意志薄弱なんだから。

情けないやつ。

と、言いながら頭をなでている。

「違うだろう」

なでたらだめだろう。

かわいいかわいいエクレアちゃんは、

かぶりと噛みつかれて、

その柔らかなカスタードクリームをとろーんて

恥ずかしげにあらわにした。

なんか、エロくない?

はじめは、シューだけのパサパサ感。

軽さの中にしっとり感がある。

次にチョコとシュー。

うーん。

口の中で乾いたちょこがゆっくりと時を越えて

ひろがっていく。

そして、じゃーん。

お待ちかね、シューとチョコとカスタード。

わーお、これぞ、香りと食感と歯ごたえのトリオ。

すばらしい三重奏。

「闇はすべてのものを覆い、漆黒の静寂で包み隠す」

「だが、闇に包まれた者の本質まで変えるわけではない」

「心のそこに沈んだ真実が消えるわけではないように……」

きゃー、クラヴィウスさまー♪

まだやってるよ、

はいはい、おつかれさま。

かあさんの手のひらの中で、最後の一口が微かに揺れる。

もったいなさそうに、愛おしそうに皿に戻した。

BGMは、弦楽三重奏「カノン」レジナプラハカルテット。

最後の一口を惜しむようにそっと目を閉じる。

ここは、かあさんの素敵なお庭。

カサブランカが咲き乱れる。

ペンタスも、赤やピンクの色を添えていく。

黄色は何がいいだろう。

マリーゴールド、ガザニア。

ポチェラカが虹のしずくを落としていく。

赤、ピンク、黄色、白。

アメジストセージも伸びてきた。

ルリマツリ、イソトマ、アガパンサス、アジサイが

涼やかさをつれてくる。

さーと一陣のさわやかな風。

色の洪水。

香りのシンフォニー。

チェロ、バイオリン、ヴィオラのかもし出すハーモニー。

「そうね、おいしいお茶でも入れましょうか」

ミントやキャットニップがにこやかにゆらいでいる。

葉を少しだけ虫に食われて、

不機嫌そうなバジルは、

「わたしも混ぜてと愛想笑い」

イタリアンパセリ、パセリ、紫蘇、アロマティカス、

お花もあでやかエキナセア、おいしいカモミール、

香りのきついカレープラント、コーラプラント、

オレンジ鮮やかカレンデュラ、面白いクレベラントセージ。

そう、ここは、お花と野菜のポタジェガーデン。

東京32.2℃。湿度59パーセント。

「みずぶろーーー」



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