かあさんのつぶやき

春秋花壇

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8 誕生祝

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「オイッス!」

俺の名前は、沼田 和俊(ぬまた かずとし)43歳。

無職である。

重度の統合失調症で、毎週、病院に通っている。

母、小宮 富子(こみや とみこ)66歳。

母は、父と離婚した後、別な戸籍になり、

旧姓に戻った。

母もまた重度の精神障害者である。

二人は、子供の頃から幻覚、幻聴に悩まされていた。

( ´•̥ו̥` )

「もう」

かあさんは、3つのスーパーの袋を自転車に積んで、

右足を大きくバンと踏んだ。

いつになく、怒っている。

俺のマンションに誕生日祝いにご馳走をもって来てくれたのに、

俺は、残念ながらご飯を食べたばかり。

おなかもすいてなかったので、見向きもしなかった。

かあさんは、いつも裏庭のガラスをとんとんとやって

俺のマンションを訪れる。

自転車置き場が近いからそうしているのだろうが、

いつも裏から入ってくる。

昨日、お金がなくてたいしたものを食べさせてあげられなかったからと

お寿司やケーキやコーヒーゼリー、お菓子やフルーツをたくさん買って持ってきた。

43歳にもなって、誕生祝もないのだが、

二人がこうして副作用もなく、逢えるのが奇跡だとかあさんは言う。

そのくらい、俺の病状は悪く、副作用のアカシジアで

寝てることも座ってることも出来なかったり、

悪性症候群で意識不明になったりしていた。

かあさんは、隔週の診察なのに、

俺は、10年以上も毎週精神科に通っている。

今の俺の主症状は過集中で

動画を作り始めたりすると止まらなかった。

弾丸トークもすごいらしい。

躁状態の時には攻撃的になってしまう。

かあさんは、時々俺が病気だということを忘れて

まじに悲しくなってしまうらしい。

今回も……。

「お寿司食べよう」

「めし、食ったばかりなんだ」

「そうか、連絡もしてなかったからね」

「じゃあ、ケーキ食べよう」

「うん」

ショートケーキを買ってきてくれたみたい。

苺の載ったふわふわの生クリームのケーキ。

「お誕生日おめでとう」

「夕べもお祝いしてもらったよ」

「夕べはお金がなくて、何も買えなかったから」

「はい、ありがとう」

俺は、パソコンに向かったままだった。

かあさんは俺のほうを向いている。

かあさんは一人でお寿司を食べている。

ショートケーキも食べて、

急にイライラしてきたのか

「またのー」

いきなり、帰り支度をはじめた。

それでも、俺は動画の編集が気になりパソコンを向いていた。

おととい、かあさんのアパートで

「向き合って食べたかったな」

と、言われて反省したはずだったのに……。

いつも、馬鹿にされている。

邪険にされている。

そう感じたようだ。

『もてなしの心』

散々教わってきたのに、俺はそれが出来なかった。

パソコンやめて、こっちに座って、話をする位はできるだろうに。

かあさんはかあさんで、人を裁く。

人を非難する。

それが癖なのかもしれない。

そして、自分のそんな癖に悲しくなって泣きながら帰る。

「もう」

「ごめん」

「和俊のばかー」

以下、かあさん視点。

( ´•௰•`)

小学2.3年生までに挨拶、食事でのしつけ、人が来たときのもてなし。

必要なことは教えたはずなのに、どんどん退化していく。

それがとても不安だし悲しかった。

共依存も手伝って、

「息子が間違った生きかたを選ぶ権利もあるのだ」

ということが頭ではわかっていても、

自分の責任だと思ってしまう。

自転車で自分のアパートに向かいながら、

「人格否定しちゃダメ」

「お風呂も何日もはいれないほど具合が悪いのよ」

統合失調症で何日も何週間もお風呂に入らないという記事が

ネットにたくさん載っていた。

だとすると、それはその人の生き方とか考え方ではなく病気の症状。

「責めちゃだめー」

「裁いちゃだめー」

おいしいものをいっぱい買って、

「おいしいねー」

と、喜びながら食べれると思っていたから

そうじゃなくなってしまうと耐えられないくらいつらくなる。

でも、今、警察のご厄介になることも

救急車を呼ぶこともなく生活できている。

それだけで感謝しないとね。

そう言い聞かせながら帰ってきたのだが、

やっぱり家に着くと、辛くて布団をかぶってないた。

小さな庭のお花達は、梅雨の晴れ間の日差しで

げんなりしている。

旬と彩を失ったアジサイたちは新しい葉を出し始めた。

ホースで虹を作ってかすかな平安にしがみつく。

神は水のしずくを引き上げ,それは神の霧のために雨として漏れる。

ゆえに,雲は滴り,人の上に豊かに滴り落ちる。

雨には父があるか。あるいは,だれが露のしずくを産んだのか。

だれが雲の層に知恵を置いたか。

……だれが知恵をもって雲を正確に数えることができるか。

あるいは,天の水がめ ― だれがこれを傾けることができるか。

ないものねだりしないで、

まだ残ってるものに感謝しよう。

なによりも、神から愛されているんだから。

人はまいた種を刈り取るのです。

息子の世話は息子がすればいい。

訪問看護もある。

主治医もいる。

カウンセラーもいる。

足りない部分を補ってあまるほどだろう。

人の頭のハエを追うのはやめよう。

私は息子を変えられない。

変えられるのは自分。

私はわたしで幸せを味わおう。

私の世話は私がする。

記憶障害になったりしないように

健康管理ちゃんとしないとね。

明るい老後に、ありがとう。

以前から欲しかったチェリーセージが手に入った。

自己肯定感も承認欲求も満足しなかったけど

小さな幸せ、みーつけた。
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