闇夜の星 暗闇の燈火(やみよの ほし くらやみの ともしび)

アッシュレアの敵討ち

◆１

パァン！
子気味の良い音と共に、今度こそアッシュレアの平手がベノンの頬を打ち抜いた。
怒りに満ちたアッシュレアの視線が、臆する事なくベノンを射貫く。
一瞬何が起きたのか分かっていない風のベノンだったが、その表情はみるみる怒気で真っ赤に染まった。
「ババァ！テメェ何するんだ！俺は谷を守ってやってる竜騎士だぞ！」
手甲で固めた拳を躊躇ためらいもせずに振り上げた。
振り下ろされるであろう拳を予期して、アッシュレアは身を竦めた。
しかし、鈍い音と共に地に倒れ込んだのはベノンの方だった。
「・・・な？」
何が自分の身に起きたのかもわからず、尻もちを突いたままベノンが見上げると、そこにはファーファナルの顔が有った。
「ベノン、お前がミレニアを騙して森に行かせたのか」
聞いた事も無い様な低い声で、そう言って、ジャララララっとファーファナルが鱗を鳴らした。
普段、春の青空の様な優しい青を湛えている瞳が、今は真冬の海に浮かぶ氷の様に凍てついた青に見える。
大型魔獣との戦闘の時にしか聞かない様な、激しい威嚇音に気圧されながらも、ベノンは己の非を認めなかった。
「俺はただアッシュレアがあそこの森に行ったと言っただけだ」
ベノンの言葉を聞いて、ファーファナルの瞳が更に冷たい色になった。
睨まれてもいない、周囲にいる他の竜騎士達の方が怯えて身を寄せ合ったり、後退りをし始める。
「ファーファナル様・・・」
アッシュレアも、ふだん呑気で明るい印象のファーファナルの剣幕に驚いて、ミレニアの亡骸を抱きしめた。