39 / 41
第十章 黎明
選択
しおりを挟む
「奕晨はどうしたいの?」
「どうしたいって?」
「私を差し出して、銀蓮と領土…ッ」
奕晨は私に最後まで言わせなかった。唇が私の口を塞いだからだ。苛立っているようだった。
「どうしたいかって?そなたが後宮から逃げることが2度と無いように両の足を切り落としたいし、そしたら足を失ったそなたが絶望して毒など煽らないように両の手も切り落とした方がいいだろうな。そなたの目の動きであの男を想っているのが分かるから一層潰してしまいたいし、そんな事を宣う舌なら切り落としてしまいたい」
私の言葉が奕晨を深く傷つけていることだけは分かった。
「雲泪を守るためなら、この国が滅びたって構わない。ただ、母のように死ぬぐらいなら…」
一旦言葉を切り、目を逸らして続けた。
「愛する男がいる草原に返してやりたいと思っただけだ」
私は奕晨を抱きしめたかった。彼を腕を伸ばしたが、振り払われた。奕晨が私を見上げる。
「後宮に閉じ込められる方が楽か?堯舜の為などと言い訳をするなよ。子をひとり育てる度量は私にもあるし、きっと我が兄にもある。心配ならお前ひとりを行かせてやってもいい」
奕晨の提案は多分そのままの意味で、私は今までの自分の狡さを思い知らされていた。
「最初のように龔鴑に拐われて仕方ないという物語が必要だったか?雲泪、我が兄が大軍を率いて、そなたを取り戻すことで愛を確かめたいか?流石に我が軍も後宮までは来させぬから叶わぬぞ」
泣いて許しを乞うているわけではないのに、ポロポロと涙は溢れて止まらない。
「お前を泣かせてばかりだ。幸せにしたいのに」
奕晨は絹の袖で私の涙を拭う。
「そなたは衣服や宝飾もねだらない。ここに戻ってきて聞いてきたのは馬の事だけだ」
「あれは、黒曜に乗りたかったから…」
「そう、後宮では馬にも自由に乗れない」
悲しそうに微笑む奕晨の綺麗な顔があった…。胸が締め付けられるように痛い。
「そなたは馬に乗り、他の男が贈った宝石を身につけて帰って来たのだった。我が兄がどれほどそなたを気をかけているか首飾りひとつ見ればわかるよ。朕もそなたに勝手に贈れば身につけてくれるかな」
「違うの…あれは…」
「そう、自らそなたが欲する訳がない。贈った宮女の服すら市井ですぐに売り払うぐらいだ。路銀にでも変えるつもりだったのだろう。宝飾品は全てとってある。小青に言わずとも取り出せる。そこの棚にあるから淋しくなったら眺めるといい」
奕晨はただただ無音で涙だけ流し続ける私を見て、端麗な顔を歪めた。
立ち上がると棚の引き出しを開け、奕世の元から持ち出した宝石を持ってきて高床に並べた。
「遠慮しているのも可哀想だ。愛を存分に眺めるがいい。龔鴑はもっと粗野な生き物かと思っていたが、我が兄は良い趣味をしている。この石はそなたの瞳の色だ、分かるよ。朕もそなたに贈るならこの石を選んだだろうから」
口調は穏やかで声色優しいのに、心臓を抉りとるような言葉が次々と形の良い唇から、並びの良い歯列の奥から、艶やかで湿った舌から繰り出される。
「奕晨…もう、やめて…」
力無く懇願する。
「もうダメだな。そなたを泣かせてしまう言葉しか出てこない。朕がいては、貴妃の安息にはならないな。今夜は牡丹坊に泊まる」
追い縋ろうとする私を止めて奕晨は言った。
「大丈夫だ。雲泪を裏切ったりはしない。それがどれほど辛いか良く知っているからね」
「どうしたいって?」
「私を差し出して、銀蓮と領土…ッ」
奕晨は私に最後まで言わせなかった。唇が私の口を塞いだからだ。苛立っているようだった。
「どうしたいかって?そなたが後宮から逃げることが2度と無いように両の足を切り落としたいし、そしたら足を失ったそなたが絶望して毒など煽らないように両の手も切り落とした方がいいだろうな。そなたの目の動きであの男を想っているのが分かるから一層潰してしまいたいし、そんな事を宣う舌なら切り落としてしまいたい」
私の言葉が奕晨を深く傷つけていることだけは分かった。
「雲泪を守るためなら、この国が滅びたって構わない。ただ、母のように死ぬぐらいなら…」
一旦言葉を切り、目を逸らして続けた。
「愛する男がいる草原に返してやりたいと思っただけだ」
私は奕晨を抱きしめたかった。彼を腕を伸ばしたが、振り払われた。奕晨が私を見上げる。
「後宮に閉じ込められる方が楽か?堯舜の為などと言い訳をするなよ。子をひとり育てる度量は私にもあるし、きっと我が兄にもある。心配ならお前ひとりを行かせてやってもいい」
奕晨の提案は多分そのままの意味で、私は今までの自分の狡さを思い知らされていた。
「最初のように龔鴑に拐われて仕方ないという物語が必要だったか?雲泪、我が兄が大軍を率いて、そなたを取り戻すことで愛を確かめたいか?流石に我が軍も後宮までは来させぬから叶わぬぞ」
泣いて許しを乞うているわけではないのに、ポロポロと涙は溢れて止まらない。
「お前を泣かせてばかりだ。幸せにしたいのに」
奕晨は絹の袖で私の涙を拭う。
「そなたは衣服や宝飾もねだらない。ここに戻ってきて聞いてきたのは馬の事だけだ」
「あれは、黒曜に乗りたかったから…」
「そう、後宮では馬にも自由に乗れない」
悲しそうに微笑む奕晨の綺麗な顔があった…。胸が締め付けられるように痛い。
「そなたは馬に乗り、他の男が贈った宝石を身につけて帰って来たのだった。我が兄がどれほどそなたを気をかけているか首飾りひとつ見ればわかるよ。朕もそなたに勝手に贈れば身につけてくれるかな」
「違うの…あれは…」
「そう、自らそなたが欲する訳がない。贈った宮女の服すら市井ですぐに売り払うぐらいだ。路銀にでも変えるつもりだったのだろう。宝飾品は全てとってある。小青に言わずとも取り出せる。そこの棚にあるから淋しくなったら眺めるといい」
奕晨はただただ無音で涙だけ流し続ける私を見て、端麗な顔を歪めた。
立ち上がると棚の引き出しを開け、奕世の元から持ち出した宝石を持ってきて高床に並べた。
「遠慮しているのも可哀想だ。愛を存分に眺めるがいい。龔鴑はもっと粗野な生き物かと思っていたが、我が兄は良い趣味をしている。この石はそなたの瞳の色だ、分かるよ。朕もそなたに贈るならこの石を選んだだろうから」
口調は穏やかで声色優しいのに、心臓を抉りとるような言葉が次々と形の良い唇から、並びの良い歯列の奥から、艶やかで湿った舌から繰り出される。
「奕晨…もう、やめて…」
力無く懇願する。
「もうダメだな。そなたを泣かせてしまう言葉しか出てこない。朕がいては、貴妃の安息にはならないな。今夜は牡丹坊に泊まる」
追い縋ろうとする私を止めて奕晨は言った。
「大丈夫だ。雲泪を裏切ったりはしない。それがどれほど辛いか良く知っているからね」
1
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
後宮の不憫妃 転生したら皇帝に“猫”可愛がりされてます
枢 呂紅
キャラ文芸
旧題:後宮の不憫妃、猫に転生したら初恋のひとに溺愛されました
★第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
後宮で虐げられ、命を奪われた不遇の妃・翠花。彼女は六年後、猫として再び後宮に生まれた。
幼馴染で前世の仇である皇帝・飛龍に拾われ翠花は絶望する。だけど飛龍は「お前を見ていると翠花を思い出す」「翠花は俺の初恋だった」と猫の翠花を溺愛。翠花の死の裏に隠された陰謀と、実は一途だった飛龍とのすれ違ってしまった初恋の行く先は……?
一度はバッドエンドを迎えた両片想いな幼馴染がハッピーエンドを取り戻すまでの物語。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
虎の帝は華の妃を希う
響 蒼華
キャラ文芸
―その華は、虎の帝の為にこそ
かつて、力ある獣であった虎とそれに寄り添う天女が開いたとされる国・辿華。
当代の皇帝は、継母である皇太后に全てを任せて怠惰を貪る愚鈍な皇帝であると言われている。
その国にて暮らす華眞は、両親を亡くして以来、叔父達のもとで周囲が同情する程こき使われていた。
しかし、当人は全く堪えておらず、かつて生き別れとなった可愛い妹・小虎と再会する事だけを望み暮らしていた。
ある日、華眞に後宮へ妃嬪として入る話が持ち上がる。
何やら挙動不審な叔父達の様子が気になりながらも受け入れた華眞だったが、入宮から十日を経て皇帝と対面することになる。
見るものの魂を蕩かすと評判の美貌の皇帝は、何故か華眞を見て突如涙を零して……。
変り行くものと、不変のもの。
それでも守りたいという想いが咲かせる奇跡の華は、虎の帝の為に。
イラスト:佐藤 亘 様
【完結】出戻り妃は紅を刷く
瀬里
キャラ文芸
一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。
しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。
そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。
これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。
全十一話の短編です。
表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる