19 / 41
第六章 月華星亮
奕世
しおりを挟む
奕世は私を抱き上げて、輿へ運んだ。毛皮のマントを返そうする私の手を抑え、微笑んだ。そして私の髪を撫で、額に唇をつける。
「明日は激しい道のりになる。早く休むといい」
私の中の奕世の印象は、もう全てが初対面と違っていた。陛下の命を守るために脅され誘拐されたはずだけど、もう言い訳を出来そうになかった。
奕晨に再び会う日は来るのだろうか。その時が来たら、私は奕世に誘拐されたふりをして、怖かったと陛下に甘えるのだろうか?そんな女は反吐が出そうなほどに嫌いだ。
私は自分の生まれが知りたくて、来た。そして奕世と奕晨が兄弟と知り、全くもって身勝手な話だが、どうか殺し合わずに歩み寄ってほしいとさえ思っている。辺境の民にとっても、彼ら自身にとっても…仲良くなれれば大陸全ての世界が変わるはずだった。
自分と莉華を棚に上げてだ。
そして、歴史書を読んだだけで、歴史を知っていると思っていた自分を恥じた。私は自分の目で何も見ていない。あるのは知識だけ、この国がこの国の目線で編纂した物語を読んだだけ。私は母の物語すら、碌に知らないのに。我が国と彼の国と区別した、彼の国も私の故郷かもしれないのに。
私を護衛する賊たちは気のいい連中ばかりだった。少なくとも王子の側近には違いない。鍛え抜かれた肉体と賢明な思考を併せ持つ、奕世選りすぐりの精鋭に違いなかった。そして腹で何を考えているか分からない後宮の宦官たちとは違い、健康的で真っ直ぐな男性たちだ。奕世に必要以上に媚びへつらうような真似をする者はおらず、だが私に粗野な態度をとる輩もいなかった。少なくとも、奕世とその側近は噂に聞く野蛮な騎馬民族とはまるで違った。
草原に入り、奕世と話す機会が増えた。満天の星は草原に降るようだった。草原の大地は生温く、横たわると懐かしい匂いがした。私の血がここだと叫んでいるような、そんな高揚感とざわめきがあった。
「龔鴑に奴婢はおらん。王はいるが、龔鴑の王がただ命令するだけでは、誰も動かぬ。我々は相談をするのだ。そうすれば戦士は納得して命をかけてくれる」
奕世は自慢げに龔鴑のことを語って聞かせてくれる。
「姚の国で我々をどういうふうに騙っているかは知っている。だが戦場に出ればわかる。奴らは臆病な貴族の息子がひ弱な馬がひいた戦車に乗り、付け焼き刃の農兵をけしかけるだけ。我ら龔鴑は王が万の兵を率いて馬に乗り、戦場を一騎当千で駆け回るのだ」
奕世は私を馬の前に乗せ、早駆けをさせた。
「ごめんなさい。私、あなたが思うほど騎馬民族じゃないみたい」
そして、心から2人で笑った。
後宮では決して得られないものだった。
鮮やかな鳥に恋文を届けさせた皇帝陛下。市井に私を迎えに来た皇帝陛下。私の胸に抱きついて眠る子供のような皇帝陛下。どこまで逃げても追いかけて捕まえると言った皇帝陛下。簡素な寝具の上でただの奕晨と雲泪になった唯一の夜。
忘れたわけではない。笑顔がよぎるたびに胸はチクンと痛む。だけど、目の前の奕世に惹かれていく自分が止められなかった。美しい陛下に見惚れるのとは違う。陛下が訪ねてくれば、寂しくなくて、訪ねてこなければ不安な、皇帝と妃との不公平な関係とは違う。
皇帝陛下に寄せていただいたご好意を無碍にする自由など私にはなかった。本当に私は陛下に恋していたのかしら。今となっては分からない。
疎まれ育ち、臆病で理論武装をするような、根無し草のように不安定な、自分に自信がなくて陛下の好意を信じきれないような、そんな雲泪はもういなかった。
私は奕世に恋している。これが私の初恋だと思った。
「明日は激しい道のりになる。早く休むといい」
私の中の奕世の印象は、もう全てが初対面と違っていた。陛下の命を守るために脅され誘拐されたはずだけど、もう言い訳を出来そうになかった。
奕晨に再び会う日は来るのだろうか。その時が来たら、私は奕世に誘拐されたふりをして、怖かったと陛下に甘えるのだろうか?そんな女は反吐が出そうなほどに嫌いだ。
私は自分の生まれが知りたくて、来た。そして奕世と奕晨が兄弟と知り、全くもって身勝手な話だが、どうか殺し合わずに歩み寄ってほしいとさえ思っている。辺境の民にとっても、彼ら自身にとっても…仲良くなれれば大陸全ての世界が変わるはずだった。
自分と莉華を棚に上げてだ。
そして、歴史書を読んだだけで、歴史を知っていると思っていた自分を恥じた。私は自分の目で何も見ていない。あるのは知識だけ、この国がこの国の目線で編纂した物語を読んだだけ。私は母の物語すら、碌に知らないのに。我が国と彼の国と区別した、彼の国も私の故郷かもしれないのに。
私を護衛する賊たちは気のいい連中ばかりだった。少なくとも王子の側近には違いない。鍛え抜かれた肉体と賢明な思考を併せ持つ、奕世選りすぐりの精鋭に違いなかった。そして腹で何を考えているか分からない後宮の宦官たちとは違い、健康的で真っ直ぐな男性たちだ。奕世に必要以上に媚びへつらうような真似をする者はおらず、だが私に粗野な態度をとる輩もいなかった。少なくとも、奕世とその側近は噂に聞く野蛮な騎馬民族とはまるで違った。
草原に入り、奕世と話す機会が増えた。満天の星は草原に降るようだった。草原の大地は生温く、横たわると懐かしい匂いがした。私の血がここだと叫んでいるような、そんな高揚感とざわめきがあった。
「龔鴑に奴婢はおらん。王はいるが、龔鴑の王がただ命令するだけでは、誰も動かぬ。我々は相談をするのだ。そうすれば戦士は納得して命をかけてくれる」
奕世は自慢げに龔鴑のことを語って聞かせてくれる。
「姚の国で我々をどういうふうに騙っているかは知っている。だが戦場に出ればわかる。奴らは臆病な貴族の息子がひ弱な馬がひいた戦車に乗り、付け焼き刃の農兵をけしかけるだけ。我ら龔鴑は王が万の兵を率いて馬に乗り、戦場を一騎当千で駆け回るのだ」
奕世は私を馬の前に乗せ、早駆けをさせた。
「ごめんなさい。私、あなたが思うほど騎馬民族じゃないみたい」
そして、心から2人で笑った。
後宮では決して得られないものだった。
鮮やかな鳥に恋文を届けさせた皇帝陛下。市井に私を迎えに来た皇帝陛下。私の胸に抱きついて眠る子供のような皇帝陛下。どこまで逃げても追いかけて捕まえると言った皇帝陛下。簡素な寝具の上でただの奕晨と雲泪になった唯一の夜。
忘れたわけではない。笑顔がよぎるたびに胸はチクンと痛む。だけど、目の前の奕世に惹かれていく自分が止められなかった。美しい陛下に見惚れるのとは違う。陛下が訪ねてくれば、寂しくなくて、訪ねてこなければ不安な、皇帝と妃との不公平な関係とは違う。
皇帝陛下に寄せていただいたご好意を無碍にする自由など私にはなかった。本当に私は陛下に恋していたのかしら。今となっては分からない。
疎まれ育ち、臆病で理論武装をするような、根無し草のように不安定な、自分に自信がなくて陛下の好意を信じきれないような、そんな雲泪はもういなかった。
私は奕世に恋している。これが私の初恋だと思った。
13
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる