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第二章 後宮脱出大作戦
賭け
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後宮に入って一刻も過ぎないうちに逃げなければならないとは全く予定外だった。宦官の満面の笑みを思い出すとイライラする。しかし、文句を言っても解決しない。私は絹の高床に横たわりながら、脱出方法を考えていた。
1番難しい関門は外壁である。高い塀に深い堀。完璧に通行証で管理されている橋。散歩と称して塀に近づくことができても、今の装備では功夫の使い手か仙人でなければ越えることすら叶わない絶壁である。どうにか塀に登れても、その後は堀にポチャン!堀から外へ逃れる前に衛兵が来るだろう。なんてったって今は真昼間なのだ。しかし夕刻には小青が湯浴みと支度に来てしまう。後宮側からの脱出は不可能だ。
それでは反対の紫琴宮側はどうだろうか。弟の狩衣は、まだ衣装の中に忍ばせてある。しかし、これに着替えて彷徨いて後宮に男が入り込んでいるとなったら厄介だ。弁明する暇もなく、殺されるに違いない。地図もなく構造も分からない建物で脱出計画を建てるのは無謀も無謀だった。
牡丹坊は静まり返っていた。既に後宮には千人単位で国内外から女性が集められていると聞くが、ここには他の女の気配すらない。牡丹坊のどこに隠れても見つかっちゃうわ。刺客が潜まないように徹底的に考えぬかれている邸なのだ。
木を隠すなら森に隠せ。
一瞬の閃きだった。まだ後宮は集められたばかりだから互いの顔を知らぬ者ばかり。私は後宮から逃げ出す必要はない。宮女になりすまして、まずは今夜をやり過ごす。そして後宮からの脱出方法は今夜の命を繋いでから、また考えれば良いのだ。
閃くが早いか衣装を探す。出来るだけ地味で、小青や尚寝の宮女が着ていた服に近い色のものを探す。組み合わせて、見れば宮女に見えないものでもなかった。
私は覚悟を決めた。これは賭けだ。私の命をかけた絶対に外せない賭けだ。皇帝は銀蓮とは幼なじみだから、蔡北のことなど知らない私と話せばすぐ気づいてしまうだろう。だから宮女雲泪、そう、私は私のまま陛下に接すればいい。実際に他人の空似なのだから、他人の空似のまま、他人として振る舞って殺されることはあるまい。
夕刻には約束通り小青がやってきた。眠ったから随分と具合が良くなったわと言うと、小青は安心したように微笑み、尚寝や尚服たちに湯浴みと支度を申し付ける。
私は一念発起し、とびきり我儘なお嬢さまを演じることにした。
「わたくし、そんな服は嫌ですわ」
尚服たちが広げている、気が遠くなるほどの細かい刺繍が施された薄い絹の服を下げさせる。正直言って、そんな透けた服を着るのは本当に嫌だった。
「やめて頂戴!そんな髪型嫌いですわ!」
高く髪を結いあげて、煌びやかな宝石の櫛や簪をさそうとする幾多の手を振り解く。頭にゴテゴテつけるのはうざったくて本当に嫌だったから、演技力を必要としなかった。
「香を焚かないでちょうだい。気分が悪くなりますの!」
あれやこれや、ひたすら文句をつけてゆき完成したのは完璧な宮女スタイルである。小青ごめんね!気合いを入れて仕上げたかっただろうに…。尚服たちも本当にこれで良いのか困惑が隠しきれていない。あまりにもシンプルというか自分たちと変わらない素朴な仕上がりに誰も「良くお似合いですよ」とは失礼すぎて言えないようだ。
私は皆を納得させる一言を考えてあった。
「わたくし、陛下とは幼馴染ですの!陛下のお好みはわたしくが誰よりも存じ上げてましてよ」
部屋中に安堵が広がる。
小青が、おずおずと申し出た。
「銀貴嬪、差し出がましいですが初夜でございますので髪飾りはおひとつぐらいお付けなさりませ。陛下ももう12歳ではございません。髪飾りを外す楽しみがあるご年齢でございます」
それもそうね、と私は母の翡翠の簪を纏め髪に刺した。
もう夜の帳が下りていた。
「陛下が来る前に皆さん下がっていただける?部屋の前も駄目よ。邸から全員出て行ってほしいわ。私だけの殿下を誰にもみせたくないから」
我ながらめちゃくちゃなことを言っている。皇帝のお通りというのは蚊帳の外で宮女が見守っているものなのだ。今回の計画には絶対出てってもらわなければならないし、普通に皆が私たちを囲んでるなんて計画関係なしに絶対に嫌だった。
「小青の案内もいらないわ、陛下には自分で邸に入ってくるように伝えて頂戴。わたくし意外の女が陛下の目に入るだけで気分が悪くなってしまうの」
小青が私まで案内したら言い逃れが出来なくなる。小青は静かに了承して、宮女たちを引き連れて出て行った。
そして牡丹坊には静寂と闇だけが訪れる。不安定な蝋燭の光だけが揺らめいていた。
1番難しい関門は外壁である。高い塀に深い堀。完璧に通行証で管理されている橋。散歩と称して塀に近づくことができても、今の装備では功夫の使い手か仙人でなければ越えることすら叶わない絶壁である。どうにか塀に登れても、その後は堀にポチャン!堀から外へ逃れる前に衛兵が来るだろう。なんてったって今は真昼間なのだ。しかし夕刻には小青が湯浴みと支度に来てしまう。後宮側からの脱出は不可能だ。
それでは反対の紫琴宮側はどうだろうか。弟の狩衣は、まだ衣装の中に忍ばせてある。しかし、これに着替えて彷徨いて後宮に男が入り込んでいるとなったら厄介だ。弁明する暇もなく、殺されるに違いない。地図もなく構造も分からない建物で脱出計画を建てるのは無謀も無謀だった。
牡丹坊は静まり返っていた。既に後宮には千人単位で国内外から女性が集められていると聞くが、ここには他の女の気配すらない。牡丹坊のどこに隠れても見つかっちゃうわ。刺客が潜まないように徹底的に考えぬかれている邸なのだ。
木を隠すなら森に隠せ。
一瞬の閃きだった。まだ後宮は集められたばかりだから互いの顔を知らぬ者ばかり。私は後宮から逃げ出す必要はない。宮女になりすまして、まずは今夜をやり過ごす。そして後宮からの脱出方法は今夜の命を繋いでから、また考えれば良いのだ。
閃くが早いか衣装を探す。出来るだけ地味で、小青や尚寝の宮女が着ていた服に近い色のものを探す。組み合わせて、見れば宮女に見えないものでもなかった。
私は覚悟を決めた。これは賭けだ。私の命をかけた絶対に外せない賭けだ。皇帝は銀蓮とは幼なじみだから、蔡北のことなど知らない私と話せばすぐ気づいてしまうだろう。だから宮女雲泪、そう、私は私のまま陛下に接すればいい。実際に他人の空似なのだから、他人の空似のまま、他人として振る舞って殺されることはあるまい。
夕刻には約束通り小青がやってきた。眠ったから随分と具合が良くなったわと言うと、小青は安心したように微笑み、尚寝や尚服たちに湯浴みと支度を申し付ける。
私は一念発起し、とびきり我儘なお嬢さまを演じることにした。
「わたくし、そんな服は嫌ですわ」
尚服たちが広げている、気が遠くなるほどの細かい刺繍が施された薄い絹の服を下げさせる。正直言って、そんな透けた服を着るのは本当に嫌だった。
「やめて頂戴!そんな髪型嫌いですわ!」
高く髪を結いあげて、煌びやかな宝石の櫛や簪をさそうとする幾多の手を振り解く。頭にゴテゴテつけるのはうざったくて本当に嫌だったから、演技力を必要としなかった。
「香を焚かないでちょうだい。気分が悪くなりますの!」
あれやこれや、ひたすら文句をつけてゆき完成したのは完璧な宮女スタイルである。小青ごめんね!気合いを入れて仕上げたかっただろうに…。尚服たちも本当にこれで良いのか困惑が隠しきれていない。あまりにもシンプルというか自分たちと変わらない素朴な仕上がりに誰も「良くお似合いですよ」とは失礼すぎて言えないようだ。
私は皆を納得させる一言を考えてあった。
「わたくし、陛下とは幼馴染ですの!陛下のお好みはわたしくが誰よりも存じ上げてましてよ」
部屋中に安堵が広がる。
小青が、おずおずと申し出た。
「銀貴嬪、差し出がましいですが初夜でございますので髪飾りはおひとつぐらいお付けなさりませ。陛下ももう12歳ではございません。髪飾りを外す楽しみがあるご年齢でございます」
それもそうね、と私は母の翡翠の簪を纏め髪に刺した。
もう夜の帳が下りていた。
「陛下が来る前に皆さん下がっていただける?部屋の前も駄目よ。邸から全員出て行ってほしいわ。私だけの殿下を誰にもみせたくないから」
我ながらめちゃくちゃなことを言っている。皇帝のお通りというのは蚊帳の外で宮女が見守っているものなのだ。今回の計画には絶対出てってもらわなければならないし、普通に皆が私たちを囲んでるなんて計画関係なしに絶対に嫌だった。
「小青の案内もいらないわ、陛下には自分で邸に入ってくるように伝えて頂戴。わたくし意外の女が陛下の目に入るだけで気分が悪くなってしまうの」
小青が私まで案内したら言い逃れが出来なくなる。小青は静かに了承して、宮女たちを引き連れて出て行った。
そして牡丹坊には静寂と闇だけが訪れる。不安定な蝋燭の光だけが揺らめいていた。
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