正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

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第十二話 バトります①

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 巨大なサソリ型の魔物、スコルピオが私めがけて肉迫してきた。その巨軀に似合わぬ機動力は目を瞠るものがある。
 私は即座に掌を地面につき、呪文を詠唱した。

「氷脈よ走れ、彼の者を呪縛せよ! アイスバインド!」

 霜柱が毛細血管のように岩肌の上を走り、スコルピオの脚に絡みついた。それは見る間に凍りつき、スコルピオの突進を押し止める。

「ギィ! ギィィ!」

 錆びついた扉のような不快な音を発しながら、スコルピオが長大な尻尾を振り上げた。
 その動作を視界に捉えた私は、ゲームの記憶を手繰りながら注意を促す。

「尻尾の針には麻痺毒があるから気をつけて! 外殻は硬いけど節はナイフでも通るから!」
「オッケー、任せとけ! 疾風よ、千々に刻め! ウィンドカッター!」

 無数の疾風の刃が洞窟内で吹き荒れ、スコルピオに殺到した。尻尾のみならず、巨大なハサミ、そして胴体までもが節に沿って細切れにされ、辺りに緑色の体液が飛び散る。
 スコルピオの無力化を悟った私は、すぐさまキュロットの方へと視線を走らせる。彼女のもとにはアンデッドの骸骨兵の群れが迫っていた。

「アンデッド系は炎に弱いから! ブラド、火力に注意して蹴散らして!」
「た、猛き炎よ、灰に還せ! ファイアボルト!」

 螺旋を描く炎が骸骨兵へと放たれるが、掲げられた盾に阻まれて霧散してしまう。ブラドはどうやら味方への延焼を気に留めて、魔力をセーブしすぎたらしい。
 骸骨兵が獲物をブラドに定め、剣を構えて襲いかかった。
 ブラドは「ひっ!」と悲鳴をあげて後退するが、その際に足元の岩に躓き、バランスを崩してしまう。

(やばっ!)

 咄嗟に魔法を放とうと身構えるが、キュロットが私よりも迅速に動く。

「思念さえも吸い尽くせ、魂さえも喰らい尽くせ! ソウルイーター!」

 キュロットの全身から半透明の黒い触手のようなものが陽炎のごとく立ち昇った。
 その触手が骸骨兵の群れへと伸び、風が吹き抜けるようにひと撫でする。

 と次の瞬間、骸骨兵の動きが不意に止まり、まるで積み木が倒れるように、乾いた音を立てて崩れ落ちていった。今まさにブラドに振り下ろされようとしていた剣も、持ち主と共に朽ち果て、地面に転がる。

 ほっと安堵したのもつかの間。私は再び魔力を熾し、臨戦態勢でヒーシスの方を振り返った。私たちがスコルピオや骸骨兵の相手をしている間、ヒーシスはたった一人でデスワームの群れと対峙していたはず。
 デスワームは牙を備えた大ミミズといった風貌で、動きこそ緩慢だが、その牙は岩盤をも噛み砕くほど強靭だ。

「殿下、デスワームとは距離をとって――」

 それ以上アドバイスを続ける必要はなかった。ヒーシスの眼前で無数のデスワームの巨体が宙に浮いている。
 月の化身とも見紛う優美なヒーシスは、実は凄腕の重力魔法の使い手だ。デスワームの半身に過重力を、もう半身には浮き上がるほどの無重力を付与したのだろう。相反する力によって引き裂かれるように、デスワームの身体がミチミチと不快な音を立て、真ん中からねじ切られていく。

「虫風情に遅れを取るわたしではない。だいたい、虫風情で仲間と群れるだと? ぼっちではないだと……!?」

 ミチミチ……ブチッ! ブチブチッ!

(何か私怨こもってません!? 虫風情に嫉妬してません!?)

 何にせよ、これで危地は乗り切れたようだ。デスワームが掘ったと思しき無数の横穴から魔物たちが湧き出て、退路を塞がれた戦闘に陥っていたのである。
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