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第一話 ゲーマー女神②
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私は目をぱちくりさせたあと、辺りの景色をぐるりと見渡してみた。
非現実的な、靄のかかったような景色はそのままであり、これが夢ではないと言われてもにわかには信じられない。仮に彼女が真実を告げていた場合、彼女はいったい何者で、なぜこんな摩訶不思議な空間で私と会話を交わしているのか。
そんな私の困惑を正確に読み取ったらしく、女性が再びその形のいい唇を開く。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはセレーヌと申します。以後お見知りおきを、一ノ瀬奏さん」
「えっ、何で私の名前……」
「存じていますとも。わたしはそう、あなた方人間が言うところの『女神』ですので」
私はポカンと口を開け、女神を自称するセレーヌをまじまじと見やった。
笑うポイントが微妙にズレている異郷のジョークかとも思ったが、セレーヌは真摯な眼差しでこちらを見返してくる。
かく言う私も、呆けたように開いた口の端を動かし、乾いた笑いを発することができずにいた。セレーヌの纏う神秘的な雰囲気は確かに人間離れしており、一笑に付してしまうことが躊躇われたのだ。
反応らしい反応もできずにいると、セレーヌは全てわかっていますとばかりに、一つ頷いて続ける。
「混乱するのも当然でしょう。気持ちを鎮めるためにも、少し横になった方がいいかもしれませんね」
セレーヌはそう言うと、空中に円を描くように、人差し指をくるりと一回転させた。
直後、淡い靄が漂っていただけの空間に、シンプルな病院ベッドが忽然と現れる。
「え、ウソ!?」
セレーヌは目を剝いて驚く私を促し、ベッドに横たえさせてくれた。
先程まで確かに何もなかったというのに、シーツの質感までもしっかりと伝わり、消毒液の匂いすら感じられる。
(どういうこと? こんなことができるなんて、本物の女神様? それじゃあ、ここはいったい……)
私の心の声に応じるように、セレーヌは再び頷くと、優しい口調で言う。
「安心してください。あなたの疑問には全てお答えします」
周囲の風景が徐々に変化していった。四方に壁と天井が現れ、何もなかった世界が一室に区切られる。
奥の壁には薬品棚や洗面台があり、頭上には蛍光灯。間仕切りのためのカーテンも見え、完全に病室の様相だ。
「これからあなたに重要なことをお伝えしなければなりません」
いつしかセレーヌの服装は医師が身に付ける白衣に変わっていた。部屋の片隅には婦長さんといった感じの、年配の看護師が佇んでいる。
どこかで見たような場面だなとぼんやりと思っていると、セレーヌが僅かに身を乗り出してきた。その瞳にはシルバーの丸眼鏡がかけられている。
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
既視感の正体を掴むより先に、セレーヌがおもむろに一つの事実を告げた。
「あなたは九時間前に亡くなりました。ここにいるのは肉体を持たない、一ノ瀬奏の魂です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ。MGSⅤっぽいんだ」
現実逃避かゲーマーの性か。私の口を突いて出たのは、そんなしょうもない感想だった。
その刹那、セレーヌがぱっと笑顔を浮かべた。それまでの威厳を内包した神々しさはどこへやら。ひどく無邪気な弾んだ声を上げる。
「わかってくれましたかぁ! さすがゲーマーの奏さんです! オープニングのあのシーン、ネットミーム化して流行りましたし、一度やってみたかったんですよね!
あ、でもわたしがMGSⅤで一番好きなの、クワイエットちゃんのサムズ・アップなんですよ。信頼度が上がらないとやってくれないっていうのもポイント高いし可愛いですよね!
うふふ。用もないのに何度も呼びかけて、クワイエットちゃんのサムズ・アップを間近で見るの好きでした~」
つい先程まで放っていた女神らしい異彩はどこへやら。セレーヌはゲームオタクと化し、自分の推しを口早に語る。
非現実的な、靄のかかったような景色はそのままであり、これが夢ではないと言われてもにわかには信じられない。仮に彼女が真実を告げていた場合、彼女はいったい何者で、なぜこんな摩訶不思議な空間で私と会話を交わしているのか。
そんな私の困惑を正確に読み取ったらしく、女性が再びその形のいい唇を開く。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはセレーヌと申します。以後お見知りおきを、一ノ瀬奏さん」
「えっ、何で私の名前……」
「存じていますとも。わたしはそう、あなた方人間が言うところの『女神』ですので」
私はポカンと口を開け、女神を自称するセレーヌをまじまじと見やった。
笑うポイントが微妙にズレている異郷のジョークかとも思ったが、セレーヌは真摯な眼差しでこちらを見返してくる。
かく言う私も、呆けたように開いた口の端を動かし、乾いた笑いを発することができずにいた。セレーヌの纏う神秘的な雰囲気は確かに人間離れしており、一笑に付してしまうことが躊躇われたのだ。
反応らしい反応もできずにいると、セレーヌは全てわかっていますとばかりに、一つ頷いて続ける。
「混乱するのも当然でしょう。気持ちを鎮めるためにも、少し横になった方がいいかもしれませんね」
セレーヌはそう言うと、空中に円を描くように、人差し指をくるりと一回転させた。
直後、淡い靄が漂っていただけの空間に、シンプルな病院ベッドが忽然と現れる。
「え、ウソ!?」
セレーヌは目を剝いて驚く私を促し、ベッドに横たえさせてくれた。
先程まで確かに何もなかったというのに、シーツの質感までもしっかりと伝わり、消毒液の匂いすら感じられる。
(どういうこと? こんなことができるなんて、本物の女神様? それじゃあ、ここはいったい……)
私の心の声に応じるように、セレーヌは再び頷くと、優しい口調で言う。
「安心してください。あなたの疑問には全てお答えします」
周囲の風景が徐々に変化していった。四方に壁と天井が現れ、何もなかった世界が一室に区切られる。
奥の壁には薬品棚や洗面台があり、頭上には蛍光灯。間仕切りのためのカーテンも見え、完全に病室の様相だ。
「これからあなたに重要なことをお伝えしなければなりません」
いつしかセレーヌの服装は医師が身に付ける白衣に変わっていた。部屋の片隅には婦長さんといった感じの、年配の看護師が佇んでいる。
どこかで見たような場面だなとぼんやりと思っていると、セレーヌが僅かに身を乗り出してきた。その瞳にはシルバーの丸眼鏡がかけられている。
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
既視感の正体を掴むより先に、セレーヌがおもむろに一つの事実を告げた。
「あなたは九時間前に亡くなりました。ここにいるのは肉体を持たない、一ノ瀬奏の魂です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ。MGSⅤっぽいんだ」
現実逃避かゲーマーの性か。私の口を突いて出たのは、そんなしょうもない感想だった。
その刹那、セレーヌがぱっと笑顔を浮かべた。それまでの威厳を内包した神々しさはどこへやら。ひどく無邪気な弾んだ声を上げる。
「わかってくれましたかぁ! さすがゲーマーの奏さんです! オープニングのあのシーン、ネットミーム化して流行りましたし、一度やってみたかったんですよね!
あ、でもわたしがMGSⅤで一番好きなの、クワイエットちゃんのサムズ・アップなんですよ。信頼度が上がらないとやってくれないっていうのもポイント高いし可愛いですよね!
うふふ。用もないのに何度も呼びかけて、クワイエットちゃんのサムズ・アップを間近で見るの好きでした~」
つい先程まで放っていた女神らしい異彩はどこへやら。セレーヌはゲームオタクと化し、自分の推しを口早に語る。
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