正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

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第一話 ゲーマー女神①

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 日溜まりのようなまどろみが私の意識を支配していた。全身がふわふわとした浮遊感に包まれ、心はいつになく穏やかだ。
 このままあと五分。
 いや、いっそのこと自然と目が覚めるまで二度寝してしまおうか。

(うん、そうしよう。一応療養中の身だし、思いっきり惰眠をむさぼろう……)

 ブラック企業勤務の私にとって、連休とは即ち病気療養でしか得られない泡沫ほうまつの夢。本来ならば四六時中ベッドでうんうん唸っているうちに消化してしまう儚いものなのだが、今回ばかりは事情が異なる。

 つい三日前、世界で猛威をふるう例のウイルスに感染していることが発覚した。しかし幸いにも私は自覚症状のない軽症で、体調はすこぶる良好だ。患ったのが別の病気ならば出社を厳命されるところだろうが、上司もさすがに命は惜しいとみえて、悪態をつきながらも一週間の自宅待機の指示が下りたのだ。

(ゲーム三昧に朝寝坊。こりゃ最高だわ)

 自宅待機に入ってからこの方、私は新作の乙女ゲーム『王立学園の聖女』を堪能している。昨夜もビール片手にプレイしていたのだが、切りのいいところで止めた記憶がない。恐らく寝落ちしてしまったのだろう。

(……ん? ということはセーブしてないわね。万一停電になったら嫌だし、セーブだけしとくか)

 そう考えた私は、億劫おっくうに思いながらも瞼を開き、その辺に放っているであろうコントローラーを探すため視線を巡らせた。しかしーー

「……うん?」

 私の視界一面を埋めるのは、ピンクがかった淡いもやだった。ハードが置いてあるはずの床も、掛時計があるはずの壁も、全てが薄ぼんやりとしていて何も見えない。色付けされた綿菓子に包まれているような、そんなファンシーな感想を抱く。

「あぁ、私まだ寝てんのか。さっさと起きないと」

 これは夢に見ている光景だと判断して、そう呟いた時だ。降って湧いたように、透明感のある声が背後から響く。

「とても残念なことですが、その願いは叶いませんよ」

 驚いた私は弾かれたように後ろを振り返った。いつの間にそこにいたのだろうか。柔らかい微笑を浮かべる女性と目が合う。
 吸い込まれるようなトパーズ色の瞳に、金糸のような艷やかな髪。古代ギリシア人が身に纏うような白地の衣装を着こなしており、外国人観光客というより、神話に出てくる女神様のようなエキゾチックな風彩を放っている。

「うえぇ、アイキャンノットスピークイングリッシュ……」

 異邦人の神々しさにあてられた私は、咄嗟に片言の英語を口にするが、はたと気付いた。そういえば今しがた話しかけられたのは流暢な日本語ではなかったか。早く起きなければと呟いた私の独り言に、彼女は確かこう言った。

「その願いは叶わない……?」

 女性は長い睫毛を微かに伏せ、コクリと頷いてみせた。やはり日本語での意思疎通は可能なようだ。
 そこまで考えたところで、私はこれが自分の夢だということを失念していたと気付く。

「そっか。夢の中の登場人物が日本語話すのも当然か。私は外国語わかんないし」

 独り納得していると、目の前の女性がゆるりと頭を振り、私の推察を否定する。

「ここはあなたの夢の中ではありません。ですので、目が覚めれば元の日常が戻ってくるというわけではないのです」
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