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七章 父と息子の決着-side灯屋-

八話 初夜

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 俺は再び幽雅さんに口付けをした。今度は深く舌を潜り込ませる。


「……ぅ、ん……」


 周囲を気にする必要のない環境で落ち着いて唇を重ねるのは初めてだ。
 ただ『愛し合っているから触れる』という行為は、今までより何倍も興奮を高めてくれる。
 唇を貪りながら幽雅さんの羽織を脱がせ、帯に手を掛けた。
 複雑な構造ではないのに俺は想像以上にもたついてしまう。そこで初めて自分の手が震えている事に気が付いた。
 思わず唇が離れてしまい、幽雅さんと視線がぶつかる。


「……灯屋君、大丈夫か」
「す、すみません……和服って慣れてなくて」


 そう誤魔化そうとしたが、幽雅さんには俺の震えがバレていたらしい。震える手を両手で握られてしまう。
 初めての事で怖いのは幽雅さんの方だろうに、幽雅さんの手は全く震えていなかった。


「ふふ、いつもと逆だな」
「なんで……幽雅さんは平気そうなんですか」
「君を怖がる要素が無いからな。灯屋君こそ、何をそんなに怯えているんだ」


 優しく聞きながら幽雅さんは手際よく俺の浴衣を脱がしていく。
 俺は脱がされている事実を気にする事もできず、情けなさに乾いた笑いが零れた。


「はは……俺、見えないものが怖いっていう幽雅さんの気持ちがよくわかりました。恋をすればするほど、見えない幽雅さんの感情が怖くて仕方ないです」
「こんなにわかりやすく伝えているのにか」


 俺の頬に口付けた幽雅さんは、自らの着衣もどんどん取り払い、着ていたものを布団の外に投げる。
 俺達は一糸纏わぬ姿で向き合う状態になった。
 初めて見る幽雅さんの裸体だというのに、目で楽しむ余裕が今の俺には無かった。


「あなたを傷付けたら……。痛くしたらどうしようとか……嫌われるかも、とか……色々考えてしまって」
「そうならぬよう、こちらもしっかり準備をしていたんだ。私は自分で言うのもなんだが仕事はできる方だぞ。少しは信じたらどうだ」


 そう言われるとなんだか落ち着いてきた。確かに幽雅さんは事前準備や、より良いシステム構築には定評がある。
 しかし、それはそれで俺は別の事が気になってしまう。


「……準備って、やっぱり……お手伝いさんにしてもらっていたんですか?」


 無神経な質問なのはわかっていたが聞かずにはいられなかった。
 今日初めてお手伝いさんという存在を見たんだから、気になるものは気になる。どこまで何をしてくれる人達なのか俺にはわからないのだ。
 幽雅さんは口をへの字に曲げて俺の頬を指でつついた。


「馬鹿者め。一人でコツコツ頑張ったに決まっているだろう。普段の生活は一人だし、身の回りの世話をする者は屋敷にしかいない」
「そうなんですね……」
「私は君に全てを捧げているんだ。誰にも触らせる訳がない。それは今までもこれからもずっと変わらん」


 真っ直ぐに俺を見つめる幽雅さんに、生涯の相手は俺だけだと宣言されてしまう。
 それがどれだけ俺の心を満たしただろうか。
 口元が緩みまくって締まりの無い顔になってしまう。
 幽雅さんはいつだって俺のために最大限の努力をして向き合ってくれている。
 一体何を怖がっていたのだろうか。俺の体からは震えが完全に消えていた。


「ありがとうございます幽雅さん。もう大丈夫みたいです」


 そう言って俺は幽雅さんを布団に押し倒した。
 身を任せてくれてはいるが、突然の事に幽雅さんは少しだけ驚いた顔をしている。
 油断を見せてくれるのも俺が相手だからだ。


「あかりやく……、ん……ッぁ……」


 俺は少し強引に唇を奪い、幽雅さんの肌に手を滑らせる。幽雅さんはビクリと反応を示した。
 張りがある筋肉の凹凸を撫でていく。着やせするタイプなのか普段よりも逞しさを感じる。鍛え上げられた男らしい肉体に。俺はどうしようもなく興奮していた。
 やめようと思えばすぐにでも俺を蹴り飛ばしてやめる事ができるのに、そうしないという事実は想像を絶する優越感となる。

 俺の剝き出しの性器は硬くなり過ぎて痛いくらいだ。つい幽雅さんの下半身に擦り付けてしまうが、幽雅さんの性器も勃起していて嬉しくなる。
 絡み合う舌を解き、顔を上げて幽雅さんを見下ろした。少し目尻を濡らして顔を赤くする姿はまるで生娘のようだ。実際に未経験なのだから合ってはいるのだが。
 ニヤけそうになっている俺を見て、幽雅さんは不服そうに呟いた。


「……君は押しが強いのか弱いのか」
「全力を尽くして、最大限の働きをしてからでなければ後悔する権利もないと思い直したので」


 幽雅さんも初めてだが、俺だって男とするのは初めてなんだ。
 ならば今持てる力を注いで、足りない部分を反省するしか上達への道は無いだろう。不安ばかり先走っても上手くいくわけがない。
 やる気に満ちた俺を見て、幽雅さんは少しだけ怯んだように言った。


「それは良い心掛けだが……お手柔らかに頼むぞ……」
「はい。絶対に苦痛のないよう努めます。次もしても良いと思ってもらえるように頑張りますから」


 快楽の追求はもっと後だ。今はとにかく丁寧に触れる。
 嫌な記憶を植え付けない事が目標だ。最初から満点を目指すのではなく、確実にできる範囲で次に繋げる。
 そう意気込んでいると、俺の心中を察した幽雅さんが微笑んだ。


「仕事ではないのだから、真面目に考え過ぎなくて良い。灯屋君は自分だけが望んでいると勘違いしていないか? 私だって君と繋がりたいと思っている……どうかそれを忘れないでくれ」


 幽雅さんの言葉に俺の全身が熱くなるのを感じる。
 求めているのは俺だけじゃないと言われて嬉しい反面、あんまり煽らないで欲しいとも思う。丁寧に、という決意が薄れてしまいそうだ。
 それでも俺は必死に理性をかき集めて、ゆっくりと幽雅さんの身体に手を伸ばした。

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