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七章 父と息子の決着-side灯屋-
七話 覚悟
しおりを挟むヤマの事、会長の事、登坂の事、正義の事を全て聞いた。
それであの場に幽雅さんとヤマが現れたのか。
幽雅さんの呪いの原因が会長にあったため、幽雅財閥の権力を活用する事に抵抗がなくなったというのは笑ってしまった。
「幽雅さんが吹っ切れたのは嬉しいですけど、なんだか実感が湧きませんね……」
「ふん。君の実感が湧くまで愛を囁き続けても構わんが」
鼻で笑う幽雅さんが格好良くて男らしい。
愛の囁きを聞きたい気持ちはあるが、幽雅さんに言わせてばかりというのもさすがに情けない。俺だって改めて結婚の申し込みがしたかった。
俺は幽雅さんに近付いて、膝が触れ合うギリギリの距離で正座した。
「……幽雅……正継さん。俺からも伝えたい事があります」
「…………うむ」
幽雅さんもこちらを向いて姿勢を整えてくれる。
正面から見つめ合うと緊張する。それでも俺は今の正直な気持ちを告げた。
「俺はあなたを愛しています。昼は、幽雅さんの危険をどれだけ減らせるかしか考えていませんでした。でも、良い子ぶってただけで本心は違いました。どんなに危険な場所でも共に向かいたい。何かあっても、どちらかが助かるんじゃなくて……できれば一緒に死にたいです。残すのも残されるのも嫌です。だから、幽雅さんの最期の瞬間を俺にくれませんか」
反省を交えた考えを言葉にしてみると、なんだか告白というより脅迫のようになってしまった。
もっと言い方があったような気もするが、もう取り返しがつかない。引かれていないだろうか。
俺が一人で気まずくなっていると、幽雅さんが呆れたように言った。
「君は……なんというか、極端だな」
「俺もそう思います」
「まあ、戦闘時のみなら君の言う通りにしよう。さすがに老衰した相手の後追い自殺は違う気がするから、戦闘時以外は適宜話し合いたい」
こんなおかしな俺の願いにも真剣に考えて真面目な答えをくれる。それがとても嬉しかった。
「はい、それでよろしくお願いします。えっと……じゃあ、問題がないのであれば……お、俺と、結婚してください!」
今まで『結婚して欲しい』なんて軽く言えていたのに、いざ現実味を帯びたらこんなにも口にするのが難しい。
少し声が震えてしまったが、それでも大事な所はハッキリ言えたと思う。
幽雅さんは数度瞬きをしてから満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、結婚しよう。私も愛しているよ、灯屋善助君」
その言葉を聞いた瞬間、俺は幽雅さんを抱き締めていた。
風呂上りの良い香りが鼻腔をくすぐる。普段とは違うプライベートな幽雅さんを感じて興奮が高まる。
俺は少しだけ体を離し、そのままゆっくりと幽雅さんに口付けた。
「ん……」
幽雅さんは瞳を閉じて受け入れてくれた。
しかし、俺は軽く触れただけですぐに唇を離してしまう。
「灯屋君?」
動きが止まった俺を幽雅さんは不思議そうに見た。
いつもならガッツリ舌を入れるからな。
でも、外でもない二人きりの空間で舌を入れてしまえば、俺はもう絶対に止まる事ができない。
なんなら今の子供みたいなキスでも俺の下半身は反応している。気持ちが通じ合ったのだから当然だろう。しかし、本当にこのまま迫って良いのか判断がつかなかった。
有り体に言えば俺は日和っていた。
「あっ、あの……俺の泊まる部屋ってどこですか? 話し合いは終わったんで、今日はもう休もうかと……」
「……寝る場所はここだ」
小さく溜息をついて幽雅さんが立ち上がり、俺が入って来たのとは別の襖を開けた。
「えっ」
部屋の中心には布団が二つ隙間なく並べられていた。その枕元には和紙で囲われたランプが二つあり、雰囲気を醸し出している。
部屋にはお香が焚かれているらしく、淡い香りが漂っていて俺の気分を昂らせた。
何よりも驚いたのは、布団から手を伸ばして届く位置に漆塗りの小さい棚があり、明け透けにローションやコンドームが置かれていた事だ。
「……っあの、これって……」
「灯屋君が眠いというなら、私は止めんがな」
幽雅さんは拗ねたように俺から視線を外した。
どう考えてもこれを用意させたのは幽雅さんだろう。想定していなかった据え膳に俺の全身が熱くなった。
実際、疲れも眠気もあったがそんなものは一瞬で吹き飛んだ。
「幽雅さん……お話が」
「む?」
俺が幽雅さんの手を引くと素直についてきてくれる。
布団の中心に正座をして向かい合い、俺は言った。
「男同士って、簡単にはできないんですよ」
「そうだな……?」
「だから、その……途中でやっぱり無理、とかになったら……俺はかなりしんどいです」
俺の言葉に、幽雅さんが不機嫌を隠そうともせず唇を突き出した。
「君は私を見くびっているな!?」
「いや、そんなつもりは……ていうか、別にできなくてもいいんですよ。でも、どこまでできるかは確認したいじゃないですか……俺としても心構えがあるんで……」
抱きたいとは思っていても、挿入が必須という訳でもないし無理強いするつもりはない。
それならそれで手を使うのか口を使うのか等、どこまで許されるのかを話し合わなければいけない。
なんなら俺が抱かれても良い。そちらも想定して準備はできている。
しかし幽雅さんの想像と違う事をして、結婚前に嫌われたくないじゃないか。
俺がモゴモゴと口ごもっていると、幽雅さんが叫んだ。
「それを見くびっていると言っているんだ!! どこまでってそんなもの、尻に男性器を挿入するまで可能に決まっているだろう!!」
そう高らかに告げられ、俺はポカンと口を開けていた。
「灯屋君がしたいと言った時から、私はしっかり調べて準備しておくと伝えたぞ! 昼にポジションの最終確認もしたはずだが!?」
ヤケクソになって叫ぶ幽雅さんの顔が、間接照明のみの薄暗さの中でも赤いのがわかる。
つられて俺も顔が赤くなるのを感じて、それを隠すように頭を下げた。
「……すみませんでした、本当に見くびっていたようです」
「ふん。素直でよろしい」
多少の拗ねは残っているようだが、幽雅さんの声に怒りは感じない。
俺が顔を上げると互いの視線がぶつかり、それから照れたように二人で笑い合った。
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