誘発

あいうら

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第四章 松原

ノック

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「帰ってきたときにリビングに息子の死体があったら急じゃないですか。まずは泥棒が入ったことに気づかせて、行方の分からない息子を探させる。その間に、殺されている可能性がちらつき始める。そうすることで、最悪の事態を想定して、脳が準備すると思うんです。結果的に死体を見つけたときのショックが和らぐ」

それまで部屋の隅で黙々と書記をしていた男が、こちらを睨みつけてきた。

「私もなるべく子どもは殺したくなかったんですよ。でも、顔を見られたからには、止むを得ないでしょ。もし記憶を消せる機械とかがあれば、間違いなく殺さなかったでしょう」

それまで感情を露わにしていた刑事は、急に能面のように硬い表情になった。

その顔はいつまでも定職に就かず、ぶらぶらしている息子へ向ける親の顔と通じるものがある。

「慧くんは庭に隠れていたということだが、具体的にどのあたりにいたんだ」

「室外機の後ろで丸くなってましたよ」

「室外機の後ろ?」

「ええ」

「なぜそこに慧くんがいると分かったんだ」

松原は宙を見つめると、記憶を手繰り寄せる。

「えーと、たしか帰り際に、窓から庭を覗いたんですよね。そしたら、室外機の後ろに、人の頭がちらっと見えたんです。まあ彼も頑張って隠れていましたからね。よく見ないと気づかない程度ですが、はみ出した部分が見えたんです」

刑事は少し考えると、再び口を開く。

「なぜお前は、帰り際にわざわざ出口とは反対方向にある窓まで行って、庭を確認したんだ。早く立ち去らなければ、家主が戻ってくるリスクが高まるよな。他にまだ高価なものがないか、確認したかったということか?」

「いえ、そういうわけではありません。たしかあのとき、物音が聞こえたんです。窓を強くノックする音とでも言うんでしょうか。"コン"と1回だけ」

「ノックする音……」

彼は小首をかしげながら、書記の男と目を合わせた。

たしかに、それは松原にとっても不可解なことだった。









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