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「先日の外出はいかがでしたか?」
俺を訪ねてくれたアナスタシアは、新しい本を俺に差し出しながらそんなことを問いかけてきた。俺とアナが独占し始めて来ている談話室で、冷たいお茶で喉を潤していた時。そんな言葉を俺は投げかけられる。俺は、杯を持っていた手をぴたりと止めた。
「海を見に行かれたんですよね」
「……あぁ、行ってきて」
「楽しくは、なかったですか?」
二日前、俺はヴィルヘルムと初めての外出をした。殆どの時間を宮殿で過ごす俺たちにとって、初めてのお出かけだったのだ。城下へおりて、海を見に行った。少しひんやりとする海に足を入れて、波と砂の感触を楽しんだのだ。楽しかった。途中までは、間違いなく楽しかった。
「楽しかった……んだけど、なんか……ちょっと」
「ちょっと?」
「……もやもやすることが、あってさ」
まだ、胸の中に巣食うもやもやは消えていない。今朝だって、ヴィルと一緒に朝食を摂らなかった。二日連続で別のポリッジを食べたのだ。心なしか、ヴィルは落ち込んでいるように見えた。
「何でもおっしゃってください」
アナスタシアが俺に促す。誰にも言いたくなかった。口にするとあの時の嫌な思いが蘇ってきてしまいそうで、イェルマにだって言えなかったのだ。だが、アナが静かに、俺に何かを語るよう誘導するので、自然と唇が動いた。
もしかすると、俺は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。何かあったのか、と問うて欲しかったのかも。そして俺が感じたもやもやと苛立ち、そして怒りを聞いて欲しかったのだ。
「海を見て、すごく綺麗で楽しかったんだ」
「はい」
「それで、歩いてたらさ……なんて言うんだったかな。なんか芸を見せる人たちがいて」
「大道芸のようなものですか?」
「そうそう、その大道芸っていうやつ。俺、そういうの見たことなかったから、見てみたくて。ヴィルも良いよって言ってくれたから、一緒に見てたんだ。でも……」
「でも?」
思い出す。あの女の人。女性用の下着のようなもので胸を隠して、下は長いスカートを履いていた。上半身の殆どの肌が晒されていて、群衆の男たちはそんな彼女に夢中になっていた。彼女が抱える箱の中に、男たちが気前よくお金を投げ込むのだ。
なるほど、そうやって男たちを夢中にさせてお金を回収するのか。賢いな。と思って何気なく見ていたのだが、まさか俺の隣に立つ男も、その女性に夢中になっているとは思わなかった。
「その中に、赤い髪の女の人がいて」
「赤い髪、ですか」
「多分、本当の髪じゃないんだけど、赤くて長い髪をしてるように見える女の人がいたんだ」
「その人がどうかしたんですか?」
俺にはない豊かな胸があった。触ったら、ふかふかしているのだろうな、としか俺は思わないけれど、男というのは胸が好きなものなのだ。大抵はそうなのだと知っている。ヴィルだって、きっとそうなんだ。
「……なんか、ヴィルがそのひとをじっと見てたんだよ」
まっすぐに、その女を見ていた。赤い髪を揺らしながら、歩く女をじっと見ていたのだ。何を見ているんだ、とあの時に怒鳴ってしまえば良かったのだろうか。否、それだけは嫌だ。そんな恥ずかしいことはしたくない。
「え?」
俺の言葉を聞いて、アナスタシアは怪訝な顔をした。信じられない、とでも言いたげなおもてだ。俺だって信じられない。だが、俺は自分の目でしっかりと見たのだ。女性を凝視して、俺に見向きもしないヴィルヘルムを。
「胸とか、すごく大きい女の人で、着てた服もなんか……肌を露出する感じでさ。ヴィルのやつ、俺が声掛けても気づかないくらい、その人を見てたんだ」
服を引っ張ったのに、ヴィルは気付かなかった。次に俺を見たのは、その女性が遠くへ去った時だった。俺は体がぷるぷると震えだす。あの時に感じた怒りと悔しさが蘇って来たのだ。
「あいつ、赤い髪なら誰でもいいんじゃないか? 赤い髪なら、男よりも女の方がいいのかもしれない。俺には、あんな……む、胸なんて、ないし。別に俺じゃなくても良いんだよ、ヴィルは」
俺は肉付きもよくないし、豊かな胸も、柔らかい尻もない。赤髪がいいだけなら、男よりも女を選ぶ道理も分かる。分かるからと言って、怒りが収まるわけではなかった。俺の憤慨をもっと聞いて欲しいのに、アナは体を硬直させたように、ぴくりとも動かなくなってしまう。
「アナ? 聞いてるか?」
「え……、えぇ、聞いてます。ちょっと驚いてしまって」
「まったくだよ、俺も驚いた。ヴィルのやつ、赤い髪が好きなだけなんだよ。別に俺じゃなくたっていいんだ。信じられない」
「いえ、私が驚いたのはそう言うことではなく。……ノウェ様がしっかりと、やきもちを焼かれていることに驚いたんです」
今度は俺が硬直する番だった。アナに言われた言葉を自分の中で反芻する。しっかりとやきもちをやいている、という。この俺が。俺が、やきもちをやくとは、一体どういうことなのか。じわりじわりと理解して、俺は慌てて否定をする。
「いや……、いやいやいや、違うだろ。これは別に、やきもちなんかじゃない」
「いいえ、やきもちですよ」
「どこがだよ! 俺は怒ってるんだ。ヴィルは俺を裏切ってる。それに対して怒ってるだけで、嫉妬とか、そう言うのじゃない。おい、アナ、俺の話聞いてるか!?」
「聞いてますよ」
言葉を重ねる俺を見て、アナスタシアはにこにことしていた。俺は何だか恥ずかしいような気持ちになってしまい、それ以上、口を開けなくなる。押し黙った俺に、アナは微笑むばかりだ。
「良かった」
「え……?」
「ノウェ様が、ヴィルのことを心から愛して下さって、本当に良かった」
嬉しそうに微笑みながら、アナスタシアはそんなことを言った。本当に俺の話を聞いていたのだろうか、と疑いたくなるが、不思議と怒りが収まっていく。
「……別に、そんなんじゃない」
小さな声で否定した俺を、アナスタシアは最後まで微笑みながら見守った。アナと別れてからも、俺の頭の中にはアナが言った言葉が残り続けた。俺が嫉妬をしたのだという。俺ではない赤髪に見惚れていたヴィルに怒るのは、嫉妬ゆえだというのだ。
そんなわけない。そんなこと、あるわけがない。そう念じながら夜を迎え、寝台の中に潜り込む。イェルマとおやすみの挨拶を交わして、一人で目を閉じようとしていた時に、随分と荒々しく寝室の扉が開いた。
「ノウェ、俺は赤い髪が好きなわけじゃない」
開口一番にそんなことを言う。どうしてヴィルの口からそんな言葉が飛び出すのか、考えるまでもなかった。俺はヴィルを睨みながら口を開く。
「アナが話したんだな」
「俺が聞き出したんだ。アナを責めないでやってくれ。それと、ノウェは誤解をしてる。俺は別に、大道芸人の女を見てたわけじゃない」
「見てただろ! 俺が声かけても気付かなかったくせに!」
「違う、そうじゃないんだ。俺はあの女が着ていた服装を見てたんだよ」
「……服装?」
「そうだ。ノウェに、似合うと思って。赤い髪のノウェには、ああいった衣装がとても映えると思ったんだ」
豊かな胸を覆い隠せないような、布面積だった。背中もほぼ全てを晒していたし、履いていたスカートだって、大きな切り込みが入っていて太腿や尻が見えそうだった。そんな服が、俺に似合うとヴィルが言う。
「あ、あ、あんな女っぽい服、俺が着るわけないだろ!」
「もちろん分かってる。ノウェは絶対に嫌がると思ったから、言わなかった。それが誤解の原因だ。素直にあの時に言えば良かったんだな、あの衣装をノウェに着て欲しくて凝視してしまったって」
俺が着たところで、あの女のような妖艶さは微塵も出ない。だと言うのに、ヴィルはそんなことを考えて彼女を凝視していたという。顔が熱くなる。俺はシーツの中から這い出て、寝台の上に座り込んだ。
「……何考えてるんだよ、ばか」
寝台へとあがってきたヴィルが、俺の頬に手を当てる。少し前の俺だったら、その手を振り解いていただろう。けれど、もうそんなことはしない。頬を撫でるその手を俺は受け止める。
「もし……、俺が、赤い髪じゃなかったら、一目惚れなんてしなかった?」
「関係ない。髪色に惚れたわけじゃない。活き活きとして、楽しそうに馬に乗るノウェの姿に惹かれたんだ。黒髪だったとしても、何色でも、ノウェを好きになったよ」
「俺が、活き活きしてなくて、馬に乗るのも下手だったとしても?」
「もしものことは分からないけれど、そうだったとしても、俺はノウェに惚れてたと思う」
どんな俺でも良いと言う。戦士になれないのであれば、人ではないと切り捨てるロアの考えとは違う。俺が弓が下手でも、馬に乗れなくても、なんであってもきっとヴィルは俺を好きになってくれる。そんな、妙な自信が芽生えてきた。
「……じゃあ、いい」
「許してくれるか?」
「……うん」
ヴィルの両腕が俺を抱きしめる。優しいけれど、苦しくなるほどにぎゅっと。俺もヴィルを抱きしめた。悲しかったのだ。俺じゃない人を見つめるヴィルが、嫌だった。俺が持たない豊かな体つきに目を奪われていると思ったから、悔しかった。でもヴィルは俺がいいという。
「妬いてくれてたんだな」
「……アナがそう言ったんだろ」
「あぁ、言ってた」
「妬いたんじゃなくて、怒ったんだ。ヴィルが、俺じゃない女をじっと見てたから。腹が立ったんだ」
「そうか」
どこか、嬉しそうな声だった。俺が言葉を重ねるたびに、ヴィルは嬉しそうに笑っている。その笑みを見ると、抱えていたもやもやや、怒りが薄らいでいくようだった。ヴィルが笑っていると、不思議なことに俺も嬉しくなるのだ。
「……俺、どんどん変になる」
「うん?」
「ヴィルのこと……好きになりすぎて、可笑しいんだ」
こんな俺ではなかったのに。いつから、こんなにもヴィルを想い始めたのだろう。俺の体を押し倒しながら、ヴィルが唇を重ねていた。少し口を開いて、ヴィルの舌先を受け入れる。こういったキスも、少しは上手くなったと思うのだ。
「今日も駄目か?」
「……今日は、いいよ」
何を誘われているかが分からないほど、もう晩生ではない。分かっていて、俺は頷いた。そして、ヴィルヘルムの手が静かに俺の寝着を脱がせ始めるのだ。
俺を訪ねてくれたアナスタシアは、新しい本を俺に差し出しながらそんなことを問いかけてきた。俺とアナが独占し始めて来ている談話室で、冷たいお茶で喉を潤していた時。そんな言葉を俺は投げかけられる。俺は、杯を持っていた手をぴたりと止めた。
「海を見に行かれたんですよね」
「……あぁ、行ってきて」
「楽しくは、なかったですか?」
二日前、俺はヴィルヘルムと初めての外出をした。殆どの時間を宮殿で過ごす俺たちにとって、初めてのお出かけだったのだ。城下へおりて、海を見に行った。少しひんやりとする海に足を入れて、波と砂の感触を楽しんだのだ。楽しかった。途中までは、間違いなく楽しかった。
「楽しかった……んだけど、なんか……ちょっと」
「ちょっと?」
「……もやもやすることが、あってさ」
まだ、胸の中に巣食うもやもやは消えていない。今朝だって、ヴィルと一緒に朝食を摂らなかった。二日連続で別のポリッジを食べたのだ。心なしか、ヴィルは落ち込んでいるように見えた。
「何でもおっしゃってください」
アナスタシアが俺に促す。誰にも言いたくなかった。口にするとあの時の嫌な思いが蘇ってきてしまいそうで、イェルマにだって言えなかったのだ。だが、アナが静かに、俺に何かを語るよう誘導するので、自然と唇が動いた。
もしかすると、俺は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。何かあったのか、と問うて欲しかったのかも。そして俺が感じたもやもやと苛立ち、そして怒りを聞いて欲しかったのだ。
「海を見て、すごく綺麗で楽しかったんだ」
「はい」
「それで、歩いてたらさ……なんて言うんだったかな。なんか芸を見せる人たちがいて」
「大道芸のようなものですか?」
「そうそう、その大道芸っていうやつ。俺、そういうの見たことなかったから、見てみたくて。ヴィルも良いよって言ってくれたから、一緒に見てたんだ。でも……」
「でも?」
思い出す。あの女の人。女性用の下着のようなもので胸を隠して、下は長いスカートを履いていた。上半身の殆どの肌が晒されていて、群衆の男たちはそんな彼女に夢中になっていた。彼女が抱える箱の中に、男たちが気前よくお金を投げ込むのだ。
なるほど、そうやって男たちを夢中にさせてお金を回収するのか。賢いな。と思って何気なく見ていたのだが、まさか俺の隣に立つ男も、その女性に夢中になっているとは思わなかった。
「その中に、赤い髪の女の人がいて」
「赤い髪、ですか」
「多分、本当の髪じゃないんだけど、赤くて長い髪をしてるように見える女の人がいたんだ」
「その人がどうかしたんですか?」
俺にはない豊かな胸があった。触ったら、ふかふかしているのだろうな、としか俺は思わないけれど、男というのは胸が好きなものなのだ。大抵はそうなのだと知っている。ヴィルだって、きっとそうなんだ。
「……なんか、ヴィルがそのひとをじっと見てたんだよ」
まっすぐに、その女を見ていた。赤い髪を揺らしながら、歩く女をじっと見ていたのだ。何を見ているんだ、とあの時に怒鳴ってしまえば良かったのだろうか。否、それだけは嫌だ。そんな恥ずかしいことはしたくない。
「え?」
俺の言葉を聞いて、アナスタシアは怪訝な顔をした。信じられない、とでも言いたげなおもてだ。俺だって信じられない。だが、俺は自分の目でしっかりと見たのだ。女性を凝視して、俺に見向きもしないヴィルヘルムを。
「胸とか、すごく大きい女の人で、着てた服もなんか……肌を露出する感じでさ。ヴィルのやつ、俺が声掛けても気づかないくらい、その人を見てたんだ」
服を引っ張ったのに、ヴィルは気付かなかった。次に俺を見たのは、その女性が遠くへ去った時だった。俺は体がぷるぷると震えだす。あの時に感じた怒りと悔しさが蘇って来たのだ。
「あいつ、赤い髪なら誰でもいいんじゃないか? 赤い髪なら、男よりも女の方がいいのかもしれない。俺には、あんな……む、胸なんて、ないし。別に俺じゃなくても良いんだよ、ヴィルは」
俺は肉付きもよくないし、豊かな胸も、柔らかい尻もない。赤髪がいいだけなら、男よりも女を選ぶ道理も分かる。分かるからと言って、怒りが収まるわけではなかった。俺の憤慨をもっと聞いて欲しいのに、アナは体を硬直させたように、ぴくりとも動かなくなってしまう。
「アナ? 聞いてるか?」
「え……、えぇ、聞いてます。ちょっと驚いてしまって」
「まったくだよ、俺も驚いた。ヴィルのやつ、赤い髪が好きなだけなんだよ。別に俺じゃなくたっていいんだ。信じられない」
「いえ、私が驚いたのはそう言うことではなく。……ノウェ様がしっかりと、やきもちを焼かれていることに驚いたんです」
今度は俺が硬直する番だった。アナに言われた言葉を自分の中で反芻する。しっかりとやきもちをやいている、という。この俺が。俺が、やきもちをやくとは、一体どういうことなのか。じわりじわりと理解して、俺は慌てて否定をする。
「いや……、いやいやいや、違うだろ。これは別に、やきもちなんかじゃない」
「いいえ、やきもちですよ」
「どこがだよ! 俺は怒ってるんだ。ヴィルは俺を裏切ってる。それに対して怒ってるだけで、嫉妬とか、そう言うのじゃない。おい、アナ、俺の話聞いてるか!?」
「聞いてますよ」
言葉を重ねる俺を見て、アナスタシアはにこにことしていた。俺は何だか恥ずかしいような気持ちになってしまい、それ以上、口を開けなくなる。押し黙った俺に、アナは微笑むばかりだ。
「良かった」
「え……?」
「ノウェ様が、ヴィルのことを心から愛して下さって、本当に良かった」
嬉しそうに微笑みながら、アナスタシアはそんなことを言った。本当に俺の話を聞いていたのだろうか、と疑いたくなるが、不思議と怒りが収まっていく。
「……別に、そんなんじゃない」
小さな声で否定した俺を、アナスタシアは最後まで微笑みながら見守った。アナと別れてからも、俺の頭の中にはアナが言った言葉が残り続けた。俺が嫉妬をしたのだという。俺ではない赤髪に見惚れていたヴィルに怒るのは、嫉妬ゆえだというのだ。
そんなわけない。そんなこと、あるわけがない。そう念じながら夜を迎え、寝台の中に潜り込む。イェルマとおやすみの挨拶を交わして、一人で目を閉じようとしていた時に、随分と荒々しく寝室の扉が開いた。
「ノウェ、俺は赤い髪が好きなわけじゃない」
開口一番にそんなことを言う。どうしてヴィルの口からそんな言葉が飛び出すのか、考えるまでもなかった。俺はヴィルを睨みながら口を開く。
「アナが話したんだな」
「俺が聞き出したんだ。アナを責めないでやってくれ。それと、ノウェは誤解をしてる。俺は別に、大道芸人の女を見てたわけじゃない」
「見てただろ! 俺が声かけても気付かなかったくせに!」
「違う、そうじゃないんだ。俺はあの女が着ていた服装を見てたんだよ」
「……服装?」
「そうだ。ノウェに、似合うと思って。赤い髪のノウェには、ああいった衣装がとても映えると思ったんだ」
豊かな胸を覆い隠せないような、布面積だった。背中もほぼ全てを晒していたし、履いていたスカートだって、大きな切り込みが入っていて太腿や尻が見えそうだった。そんな服が、俺に似合うとヴィルが言う。
「あ、あ、あんな女っぽい服、俺が着るわけないだろ!」
「もちろん分かってる。ノウェは絶対に嫌がると思ったから、言わなかった。それが誤解の原因だ。素直にあの時に言えば良かったんだな、あの衣装をノウェに着て欲しくて凝視してしまったって」
俺が着たところで、あの女のような妖艶さは微塵も出ない。だと言うのに、ヴィルはそんなことを考えて彼女を凝視していたという。顔が熱くなる。俺はシーツの中から這い出て、寝台の上に座り込んだ。
「……何考えてるんだよ、ばか」
寝台へとあがってきたヴィルが、俺の頬に手を当てる。少し前の俺だったら、その手を振り解いていただろう。けれど、もうそんなことはしない。頬を撫でるその手を俺は受け止める。
「もし……、俺が、赤い髪じゃなかったら、一目惚れなんてしなかった?」
「関係ない。髪色に惚れたわけじゃない。活き活きとして、楽しそうに馬に乗るノウェの姿に惹かれたんだ。黒髪だったとしても、何色でも、ノウェを好きになったよ」
「俺が、活き活きしてなくて、馬に乗るのも下手だったとしても?」
「もしものことは分からないけれど、そうだったとしても、俺はノウェに惚れてたと思う」
どんな俺でも良いと言う。戦士になれないのであれば、人ではないと切り捨てるロアの考えとは違う。俺が弓が下手でも、馬に乗れなくても、なんであってもきっとヴィルは俺を好きになってくれる。そんな、妙な自信が芽生えてきた。
「……じゃあ、いい」
「許してくれるか?」
「……うん」
ヴィルの両腕が俺を抱きしめる。優しいけれど、苦しくなるほどにぎゅっと。俺もヴィルを抱きしめた。悲しかったのだ。俺じゃない人を見つめるヴィルが、嫌だった。俺が持たない豊かな体つきに目を奪われていると思ったから、悔しかった。でもヴィルは俺がいいという。
「妬いてくれてたんだな」
「……アナがそう言ったんだろ」
「あぁ、言ってた」
「妬いたんじゃなくて、怒ったんだ。ヴィルが、俺じゃない女をじっと見てたから。腹が立ったんだ」
「そうか」
どこか、嬉しそうな声だった。俺が言葉を重ねるたびに、ヴィルは嬉しそうに笑っている。その笑みを見ると、抱えていたもやもやや、怒りが薄らいでいくようだった。ヴィルが笑っていると、不思議なことに俺も嬉しくなるのだ。
「……俺、どんどん変になる」
「うん?」
「ヴィルのこと……好きになりすぎて、可笑しいんだ」
こんな俺ではなかったのに。いつから、こんなにもヴィルを想い始めたのだろう。俺の体を押し倒しながら、ヴィルが唇を重ねていた。少し口を開いて、ヴィルの舌先を受け入れる。こういったキスも、少しは上手くなったと思うのだ。
「今日も駄目か?」
「……今日は、いいよ」
何を誘われているかが分からないほど、もう晩生ではない。分かっていて、俺は頷いた。そして、ヴィルヘルムの手が静かに俺の寝着を脱がせ始めるのだ。
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