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「なんか、本調子じゃないな」
いつも通りの執務をこなしていた俺に、イーヴがそんな声を掛けてくる。平素のように振る舞っているのだが、どうやらイーヴの目には俺が本調子ではないように映っているらしい。やはり、イーヴの目は正しく物事を見抜く。
聞けば、いつもより書類を読み込む速度が遅く、書き留めている言葉たちにも誤字脱字が多いのだそうだ。全く気づかなかった。ペンをテーブルの上に置いて、俺は溜息を吐き捨てた。
「……心当たりがないんだが、ノウェを怒らせたような気がする」
昨夜、睦合いの伺いを立てたところ、今日はやだ、と拒まれてしまったのだ。ノウェが故郷から帰ってきて、心が通じ合ってからは初めてのことだった。全身から力が抜けるような衝撃を受けて、俺は一睡も出来なかった。
何故かは分からないのだが、ノウェは何かに怒っているようだった。怒っているからこそ、俺との触れ合いを拒んでいる。そうとしか思えない様子だった。
「怒ってるのか?」
「怒ってる」
「昨日は仲良く出かけて行ったじゃないか」
「……帰り道あたりから、何か怒り始めていた」
俺たちの事情や予定の大凡を把握しているイーヴァンは首を傾げる。そうなのだ。昨日、俺たちは仲良く外出をしていた。計画を立てて、一度は頓挫してしまったこともあったが、なんとか決行することが出来た。
楽しみにしてくれていた計画が頓挫した時でさえ、ノウェは怒らなかった。政務をこなすのが皇帝の役割なのだから仕方がないと言って、笑って許してくれていたのだ。そんなノウェが怒っている。
「今朝も、朝食を一緒に食べたくないと言われてしまった」
「それは余程怒ってるな」
俺の足の間に腰を下ろして朝食を摂るのが当たり前になっていた。だというのに、ノウェは嫌だと言ったのだ。自分の分だけを入れた皿を要求して、自分の手でスプーンを握り、黙々と食べていた。その光景を見て、俺は背筋が凍ったのだ。
「政務に支障が出る前に、さっさと仲直りしてくれよ」
「俺だって仲直りしたい。だが、原因がわからないんだ」
何がノウェをここまで怒らせているのか、それが分かるのであればすぐに謝罪をするし、改善もする。だが、原因が分からないのでは謝りようがない。何故ノウェが怒っているのかも分からずに謝罪だけ口にすれば、それはそれでまたノウェを怒らせることになる。
「海を見に行ったんだよな?」
「あぁ。ノウェと海の組み合わせは、本当に美しかった。絵描きに描かせるかどうかを本気で悩んだほどだ」
「今はそういう惚気は良いんだよ。真剣に考えろ」
一緒に原因を考えてくれるらしいイーヴァンが、鋭く言い放つ。惚気を言ったつもりは微塵もないのだが、どうやら俺は無意識のうちに惚気を口にしていたらしい。
「その後は、芸人の興行を見たんだろ?」
「あぁ、見た。ノウェが興味深そうに見ていたから共に足を止めた」
「で、その後は真っ直ぐ馬車に乗って帰ってきた、と」
「ノウェがもう帰ると言い出したんだ。せっかくだから、もう少し歩かないかと誘ったんだが、帰るの一点張りだった」
「もうそこで怒ってるな」
「あぁ……怒っていた」
一緒に一座の芸を見ていた時は、笑っていたと思う。見たことがなかったのだろう。ノウェは彼らを食い入るように見つめていた。だが、気付いた時には不機嫌になっていたのだ。
「じゃあ、大道芸を見ているあたりか?」
「……おそらく。だが、特に何も無かったと思うんだ」
「イェルマ殿には聞いたのか?」
「一応……聞いてみた」
「ほう。イェルマ殿嫌いのお前にしては頑張ったな」
「背に腹は変えられないからな」
話しかけたくもないのだが、ノウェのことを熟知しているあの男なら、何か有益な情報を持っていると思ったのだ。ノウェが見ていないところで声をかけ、俺は静かに尋ねたのだ。
「だが、あの男にも心当たりはないようだった」
「本当か? ノウェ様は、イェルマ殿には何だって話すだろう。口止めをされてるだけじゃないのか?」
「いや、本当に知らない様子だった。むしろ、何をしでかしたんだと俺が詰られた」
「……そうか、それは確実に知らないやつだな」
あの男にとっては、帝位など関係がない。もっと話し込んでいたら、いずれ胸倉を掴まれていただろう。それほどに、あの男も苛立ちを感じているようだった。
「夜も断られてしまったし、……正直、生きていく気力が湧かない」
「勘弁してくれよ。今までずっと触れられない夜を過ごしてきただろう」
「一度触れてしまったら、もう無理だ。あの日々の俺は、本当によく耐えてきたと思う。あんなに魅力的なノウェを横にして、よくも平然と寝ていたものだ」
なんとか、執務をこなしているが、それでもペンを握る力を振り絞るのが限界だった。ノウェに拒絶されるのは辛い。初夜の直後などは、怒らせている理由に合点がいくから耐えられた。だが今は理由が分からないままに拒まれている。一体何がそうさせるのか、不安で堪らなかった。
「お前たちの夜の事情はどうでも良いんだよ。とりあえず、ノウェ様が怒っている原因を探す方が先だろ」
「そうだな」
俺の話を聞いてくれるイーヴァンに再び怒られた。今は泣き言を漏らしている場合ではない。ノウェの怒りの原因を探るのが第一だ。どうしたら良いのか、と俺たちは頭を悩ませる。皇帝と内務卿の頭をもってしても解決しない難題だった。
「お前でも、イェルマ殿でも駄目なら……」
「……アナスタシアか」
「いきなり最終兵器は使いたくないが」
ノウェの相談を多く受けてきたアナスタシア。その人物が俺たちの頭に浮かぶ。そこからは、急ぎ開発局へ使いをやってアナスタシアを呼び出した。宮殿からの呼び出しに、一体どんな一大事なのかと慌ててやって来たアナに事情を説明すると、盛大な溜息を吐き捨てられる。
「どうして私がノウェ様にそんなことを聞き出さなくちゃいけないの」
軍服のまま腕組みをしたアナスタシアは、それくらい自分で聞きなさいと、と着飾らない言葉で俺たちを非難する。怖くて聞くことが出来ないのだと素直に言うと、再び溜息を吐かれた。
「いいか、アナ。ノウェ様とヴィルの不仲。これは国家の重要事態だ」
「ちょっと待て、イーヴ。不仲は言い過ぎだ。別に、不仲ではない」
「良いからお前は黙ってろ、ヴィル」
「二人ともちょっと大袈裟に捉えすぎじゃないの?」
「大袈裟なもんか。ヴィルがこのままやる気を出せなくなったら、国の一大事だ」
「うーん、まぁ……そうね。……確かに、ヴィルならノウェ様に袖にされただけで腑抜けになりそう」
「だろう?」
黙ってろ、と言われたので俺は口を閉ざす。アナスタシアとイーヴァンは言葉を交わし合い、この事態をなんとか打開しなければ国が傾くという現状を共有したようだった。
「ノウェ様、すごく昨日の外出を楽しみにしてたのに。一体何をしでかしたのよ、ヴィル」
「……それが分かったら苦労しない」
「まぁ、そうよね」
自分が覚えている限り、あの日に起こったことをアナスタシアに説明する。出かけて、海を見て、大道芸人に会った。そこまでは何も問題はなかったのだと語って説明する。うん、うん、と頷きながらアナも俺の話に耳を傾けていた。
「ヴィルと海を見に行くから、海について学んでおきたいって仰られて、一緒に書庫に行って本を探したのよ、私」
「いつもノウェと親しくしてくれていることには、感謝している」
「感謝して欲しいわけじゃないの。私はノウェ様と仲良く出来て幸せだから、そういうことを言ってるわけじゃないの。ノウェ様が、どれほど楽しみにしていたのかってことを話してるの」
何故か、アナスタシアにも怒られている。俺は執務机に就きながら体を萎縮させた。アナは絶対的にノウェの味方になる。イェルマと同じような存在だ。だからこそ信頼出来るし、ノウェを預けることも出来る貴重な人材だ。
かつての俺の婚約者同士が仲良くしている光景は、周囲には異様に見えるらしいが、本人たちはそんなことを微塵も気にしていない。未だに読書会は続いているし、最近では二人で城下の本屋などに出かけることもある。ノウェが楽しそうにしている姿を見れるのは、とても良いことだ。そんな姿に俺は日々癒されている。
「あぁ、お可哀想なノウェ様」
「そんな、お可哀想なノウェ様の心のうちを知れるのは、お前しかいないんだよ、アナスタシア」
「……正直なことを言えば、物凄く聞きにくいわよ。ヴィルを避けているようですが、何かあったんですか、ヴィルが何か怒らせましたか、なんて」
アナの発言ももっともだ。運よく、ノウェの方からアナに打ち明けてくれたら良いのだけれど、そんな都合よくいくことは無いのだろう。俺たちにとって頼みの綱であるアナスタシアだが、彼女自身も聞きにくい、と難色を示した。
「いいか、アナ。俺たちの皇帝陛下はノウェ様に聞き出して、嫌いになった、といった類のことを言われることに怯えておられる」
「情けない」
盛大な溜息を、俺は何度吐き捨てられているのだろうか。ノウェに俺を拒む原因を尋ねるくらいなら、敵国スラヴィアに単騎で出陣する方がましだ。そんなことを思っているから、アナスタシアに情けないと嘆かれるのだろう。
「……分かったわよ。うまくいくかどうかは分からないけど、とりあえず、様子は探ってみる」
「よく言った、アナスタシア」
「よく言った、じゃないわよ! こういう皇帝が出来ないことを補佐するのが内務卿の務めでしょうが!」
「俺だって出来る限りのことはしてる。だがどう考えても、今回の適任は俺じゃない」
俺たちに協力してくれるというアナの背中を、イーヴがばしんと叩いた。そんなイーヴを、アナは鋭い目で睨んでいる。役に立たない男共め、と小さく漏らした声が聞こえたが、その言葉は正しすぎて何の反論も出来ない。
「アナスタシア、よろしく頼む」
リオライネン帝国の統治者となって、もうすぐ季節がひと巡りする。皇帝としての役目を果たすことには慣れてきたが、ノウェのことに関しては、今でも振り回されてばかりいる。それでも幸福なのだから、不思議だった。
いつも通りの執務をこなしていた俺に、イーヴがそんな声を掛けてくる。平素のように振る舞っているのだが、どうやらイーヴの目には俺が本調子ではないように映っているらしい。やはり、イーヴの目は正しく物事を見抜く。
聞けば、いつもより書類を読み込む速度が遅く、書き留めている言葉たちにも誤字脱字が多いのだそうだ。全く気づかなかった。ペンをテーブルの上に置いて、俺は溜息を吐き捨てた。
「……心当たりがないんだが、ノウェを怒らせたような気がする」
昨夜、睦合いの伺いを立てたところ、今日はやだ、と拒まれてしまったのだ。ノウェが故郷から帰ってきて、心が通じ合ってからは初めてのことだった。全身から力が抜けるような衝撃を受けて、俺は一睡も出来なかった。
何故かは分からないのだが、ノウェは何かに怒っているようだった。怒っているからこそ、俺との触れ合いを拒んでいる。そうとしか思えない様子だった。
「怒ってるのか?」
「怒ってる」
「昨日は仲良く出かけて行ったじゃないか」
「……帰り道あたりから、何か怒り始めていた」
俺たちの事情や予定の大凡を把握しているイーヴァンは首を傾げる。そうなのだ。昨日、俺たちは仲良く外出をしていた。計画を立てて、一度は頓挫してしまったこともあったが、なんとか決行することが出来た。
楽しみにしてくれていた計画が頓挫した時でさえ、ノウェは怒らなかった。政務をこなすのが皇帝の役割なのだから仕方がないと言って、笑って許してくれていたのだ。そんなノウェが怒っている。
「今朝も、朝食を一緒に食べたくないと言われてしまった」
「それは余程怒ってるな」
俺の足の間に腰を下ろして朝食を摂るのが当たり前になっていた。だというのに、ノウェは嫌だと言ったのだ。自分の分だけを入れた皿を要求して、自分の手でスプーンを握り、黙々と食べていた。その光景を見て、俺は背筋が凍ったのだ。
「政務に支障が出る前に、さっさと仲直りしてくれよ」
「俺だって仲直りしたい。だが、原因がわからないんだ」
何がノウェをここまで怒らせているのか、それが分かるのであればすぐに謝罪をするし、改善もする。だが、原因が分からないのでは謝りようがない。何故ノウェが怒っているのかも分からずに謝罪だけ口にすれば、それはそれでまたノウェを怒らせることになる。
「海を見に行ったんだよな?」
「あぁ。ノウェと海の組み合わせは、本当に美しかった。絵描きに描かせるかどうかを本気で悩んだほどだ」
「今はそういう惚気は良いんだよ。真剣に考えろ」
一緒に原因を考えてくれるらしいイーヴァンが、鋭く言い放つ。惚気を言ったつもりは微塵もないのだが、どうやら俺は無意識のうちに惚気を口にしていたらしい。
「その後は、芸人の興行を見たんだろ?」
「あぁ、見た。ノウェが興味深そうに見ていたから共に足を止めた」
「で、その後は真っ直ぐ馬車に乗って帰ってきた、と」
「ノウェがもう帰ると言い出したんだ。せっかくだから、もう少し歩かないかと誘ったんだが、帰るの一点張りだった」
「もうそこで怒ってるな」
「あぁ……怒っていた」
一緒に一座の芸を見ていた時は、笑っていたと思う。見たことがなかったのだろう。ノウェは彼らを食い入るように見つめていた。だが、気付いた時には不機嫌になっていたのだ。
「じゃあ、大道芸を見ているあたりか?」
「……おそらく。だが、特に何も無かったと思うんだ」
「イェルマ殿には聞いたのか?」
「一応……聞いてみた」
「ほう。イェルマ殿嫌いのお前にしては頑張ったな」
「背に腹は変えられないからな」
話しかけたくもないのだが、ノウェのことを熟知しているあの男なら、何か有益な情報を持っていると思ったのだ。ノウェが見ていないところで声をかけ、俺は静かに尋ねたのだ。
「だが、あの男にも心当たりはないようだった」
「本当か? ノウェ様は、イェルマ殿には何だって話すだろう。口止めをされてるだけじゃないのか?」
「いや、本当に知らない様子だった。むしろ、何をしでかしたんだと俺が詰られた」
「……そうか、それは確実に知らないやつだな」
あの男にとっては、帝位など関係がない。もっと話し込んでいたら、いずれ胸倉を掴まれていただろう。それほどに、あの男も苛立ちを感じているようだった。
「夜も断られてしまったし、……正直、生きていく気力が湧かない」
「勘弁してくれよ。今までずっと触れられない夜を過ごしてきただろう」
「一度触れてしまったら、もう無理だ。あの日々の俺は、本当によく耐えてきたと思う。あんなに魅力的なノウェを横にして、よくも平然と寝ていたものだ」
なんとか、執務をこなしているが、それでもペンを握る力を振り絞るのが限界だった。ノウェに拒絶されるのは辛い。初夜の直後などは、怒らせている理由に合点がいくから耐えられた。だが今は理由が分からないままに拒まれている。一体何がそうさせるのか、不安で堪らなかった。
「お前たちの夜の事情はどうでも良いんだよ。とりあえず、ノウェ様が怒っている原因を探す方が先だろ」
「そうだな」
俺の話を聞いてくれるイーヴァンに再び怒られた。今は泣き言を漏らしている場合ではない。ノウェの怒りの原因を探るのが第一だ。どうしたら良いのか、と俺たちは頭を悩ませる。皇帝と内務卿の頭をもってしても解決しない難題だった。
「お前でも、イェルマ殿でも駄目なら……」
「……アナスタシアか」
「いきなり最終兵器は使いたくないが」
ノウェの相談を多く受けてきたアナスタシア。その人物が俺たちの頭に浮かぶ。そこからは、急ぎ開発局へ使いをやってアナスタシアを呼び出した。宮殿からの呼び出しに、一体どんな一大事なのかと慌ててやって来たアナに事情を説明すると、盛大な溜息を吐き捨てられる。
「どうして私がノウェ様にそんなことを聞き出さなくちゃいけないの」
軍服のまま腕組みをしたアナスタシアは、それくらい自分で聞きなさいと、と着飾らない言葉で俺たちを非難する。怖くて聞くことが出来ないのだと素直に言うと、再び溜息を吐かれた。
「いいか、アナ。ノウェ様とヴィルの不仲。これは国家の重要事態だ」
「ちょっと待て、イーヴ。不仲は言い過ぎだ。別に、不仲ではない」
「良いからお前は黙ってろ、ヴィル」
「二人ともちょっと大袈裟に捉えすぎじゃないの?」
「大袈裟なもんか。ヴィルがこのままやる気を出せなくなったら、国の一大事だ」
「うーん、まぁ……そうね。……確かに、ヴィルならノウェ様に袖にされただけで腑抜けになりそう」
「だろう?」
黙ってろ、と言われたので俺は口を閉ざす。アナスタシアとイーヴァンは言葉を交わし合い、この事態をなんとか打開しなければ国が傾くという現状を共有したようだった。
「ノウェ様、すごく昨日の外出を楽しみにしてたのに。一体何をしでかしたのよ、ヴィル」
「……それが分かったら苦労しない」
「まぁ、そうよね」
自分が覚えている限り、あの日に起こったことをアナスタシアに説明する。出かけて、海を見て、大道芸人に会った。そこまでは何も問題はなかったのだと語って説明する。うん、うん、と頷きながらアナも俺の話に耳を傾けていた。
「ヴィルと海を見に行くから、海について学んでおきたいって仰られて、一緒に書庫に行って本を探したのよ、私」
「いつもノウェと親しくしてくれていることには、感謝している」
「感謝して欲しいわけじゃないの。私はノウェ様と仲良く出来て幸せだから、そういうことを言ってるわけじゃないの。ノウェ様が、どれほど楽しみにしていたのかってことを話してるの」
何故か、アナスタシアにも怒られている。俺は執務机に就きながら体を萎縮させた。アナは絶対的にノウェの味方になる。イェルマと同じような存在だ。だからこそ信頼出来るし、ノウェを預けることも出来る貴重な人材だ。
かつての俺の婚約者同士が仲良くしている光景は、周囲には異様に見えるらしいが、本人たちはそんなことを微塵も気にしていない。未だに読書会は続いているし、最近では二人で城下の本屋などに出かけることもある。ノウェが楽しそうにしている姿を見れるのは、とても良いことだ。そんな姿に俺は日々癒されている。
「あぁ、お可哀想なノウェ様」
「そんな、お可哀想なノウェ様の心のうちを知れるのは、お前しかいないんだよ、アナスタシア」
「……正直なことを言えば、物凄く聞きにくいわよ。ヴィルを避けているようですが、何かあったんですか、ヴィルが何か怒らせましたか、なんて」
アナの発言ももっともだ。運よく、ノウェの方からアナに打ち明けてくれたら良いのだけれど、そんな都合よくいくことは無いのだろう。俺たちにとって頼みの綱であるアナスタシアだが、彼女自身も聞きにくい、と難色を示した。
「いいか、アナ。俺たちの皇帝陛下はノウェ様に聞き出して、嫌いになった、といった類のことを言われることに怯えておられる」
「情けない」
盛大な溜息を、俺は何度吐き捨てられているのだろうか。ノウェに俺を拒む原因を尋ねるくらいなら、敵国スラヴィアに単騎で出陣する方がましだ。そんなことを思っているから、アナスタシアに情けないと嘆かれるのだろう。
「……分かったわよ。うまくいくかどうかは分からないけど、とりあえず、様子は探ってみる」
「よく言った、アナスタシア」
「よく言った、じゃないわよ! こういう皇帝が出来ないことを補佐するのが内務卿の務めでしょうが!」
「俺だって出来る限りのことはしてる。だがどう考えても、今回の適任は俺じゃない」
俺たちに協力してくれるというアナの背中を、イーヴがばしんと叩いた。そんなイーヴを、アナは鋭い目で睨んでいる。役に立たない男共め、と小さく漏らした声が聞こえたが、その言葉は正しすぎて何の反論も出来ない。
「アナスタシア、よろしく頼む」
リオライネン帝国の統治者となって、もうすぐ季節がひと巡りする。皇帝としての役目を果たすことには慣れてきたが、ノウェのことに関しては、今でも振り回されてばかりいる。それでも幸福なのだから、不思議だった。
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