五番目の婚約者

シオ

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「……ぁ、……ヴィル、ヴィル……、ま……って、まって」

 寝室の中には、肌と肌がぶつかる音が響いている。貫かれ、揺さぶられて、俺は上手く言葉を発することが出来ない。仰向けになり、大きく足を開く俺の間に、ヴィルヘルムがいる。

 ヴィルは的確に、俺の気持ち良い所を突いてくる。俺はもう、何度ヴィルに抱かれているのだろう。抱かれることに抵抗を感じることはもう無くなったし、夜に触れ合うことも当たり前のように感じている。

 前を触らなくても、後ろだけで達するようにもなってしまった。俺の腰を掴んで必死になって腰を打ちつけてくるヴィルを、可愛いと思ってしまうこともある。どうかしていると思いながらも、不満はなかった。

「ちょ……っと、ま……ぁっ、あ……っ、も、むり……!」

 何度も何度も貫かれて、俺は何度果てただろうか。それでもなお、ヴィルは俺を追い立てる。これ以上は無理だと言っているのに、お構いなしだ。こうして激しく求められることは嬉しいけれど、限度がある。

「あっ、あ……、ぁあっ……!」

 体が痙攣を起こす。その締め付けで、ヴィルも俺の中で果てたようだ。体の奥底でヴィルが吐き出したものを感じる。二人分の荒い息遣いが俺の鼓膜を震わせていた。

「……ヴィル、お前、俺のこと好き過ぎだ」

 何度も何度も俺を求めて、飽きもせず俺の身体中に口付けをして。孕むわけでもないのに、俺の中に迸るものをたくさん出して。ヴィルヘルムが俺を好きだと言うのは分かっていた。けれどそれは、俺の想像を超える熱量を持っていたのだ。

 息切れを起こしながら、俺は何とかその言葉を吐き出す。俺の中に突っ込んだままのヴィルは、俺に覆い被さったままに微笑んだ。こうしてヴィルが俺の中に入っているのは苦しいけれど、それでも幸福で、不思議な感覚だった。

「そうだよ、ノウェ。俺はノウェだけを愛してる。ノウェ以外に見向きなんてしない。それだけは疑わないで欲しい」
「……だって、呼んでも気付かなかったから」
「すまない。でも、ノウェを蔑ろにするつもりは微塵も無かったんだ」

 子供じみたことを言っている自覚はあった。けれど、どうしてもそれを言わなければ気が済まなかったのだ。女性が纏う衣装を見ていたのだとヴィルは言うけれど、俺から見れば、女性を見ているようにしか見えなかった。

「……これからもずっと、俺だけって言って」

 俺の両足はヴィルヘルムの胴体を抱きしめるように、絡み付いた。どこにも行けないように、俺のそばにずっといるように。こんなことをするのは初めてだったけれど、随分とこの姿勢は安心する。

「俺が歳をとって、綺麗な赤い髪じゃなくなっても……、皺だらけの老人になっても……俺でいいって、言って」

 いずれ老いて、体には皺が生まれるだろう。生物である以上、それは仕方のないことだった。努力でどうにかなる部分もあるとは思うが、今の姿のままで一生を終えることは出来ない。

「それを言ったら、俺だって同じだ。ノウェより先に年寄りになる。それでもノウェは良いって思ってくれる?」
「俺はヴィルと違って、ヴィルに一目惚れしたわけじゃないから。外見にとらわれたりしない。……ヴィルの中身を、俺は好きになったんだ」
「ありがとう、嬉しいよ」

 額に、そっと口付けが落とされる。くすぐったくて、笑ってしまった。俺もヴィルの頭を引き寄せて、その額に口付けをする。何をしているんだろう、と馬鹿馬鹿しく思えた。そんな馬鹿馬鹿しさが、愛おしかったのだ。

「もちろん、俺だってノウェだけだよ。一緒に老いていこう。刻まれる皺の一つ一つだって、愛おしくなる」

 これからの人生を、どれだけの時間ともに過ごしていけるのだろう。その時間が一分でも、一秒でも長く続くことを祈った。こんなにも愛してしまった。憎くて堪らなかった男を、気付いた時にはこれほどまでに深く想っていた。

 俺の腰を撫でる手にいやらしさがあった。もっと愛し合わないか、とヴィルが誘っているのだ。だが、俺は疲れ果てていた。とても眠たい。この数日は、愛し合わずに眠ったので体の疲労はないはずだった。

 けれど、心がもやもやしたせいで、精神的に疲れたような気がする。そんな精神的疲労が、俺に眠りをもたらしていた。もやもやは解消され、体もしっかり疲れている。今夜はよく眠れそうだ。

「……今日はもう無理だからな」

 はっきりとそう伝えれば、ヴィルは残念そうな顔をしながらも、俺の言葉を受け入れてくれた。嫌なことは、はっきり嫌と伝える。そうすれば、ヴィルは絶対に無理強いをしない。無理を強いられたのは、初夜の一回だけだった。

「また明日」

 明日の約束をすれば、ヴィルは嬉しそうに笑った。この顔はずるいと思うのだ。溶け出しそうな喜びの笑顔。そんなものを見せられたら、どれだけでも応えてしまいそうになる。

 けれど俺は今日は眠るのだ。手早く俺の体を清めてくれるヴィルに後のことは任せて、目を閉じる。朝起きてから入浴をして、体についた精を洗い流すのも、すでに習慣化し始めていた。

 心地のよい眠りを迎え、一瞬の後にはもう朝がやって来ていた。深く眠った日は、睡眠時間が数分のように感じる。けれど、体はしっかりと休まっている。気分は爽快だった。

 朝の入浴を終えて、数日ぶりに二人で朝食を摂る。イェルマは、わざわざ俺たちの皿を分けてくれていた。明日からは一緒でいい、とヴィルがイェルマに伝えると、それは残念、とイェルマが返す。二人の仲は相変わらずだ。

 ヴィルを政務に送り出した後、俺のもとへ来訪者があった。談話室で待っているというその人のことは、名を聞くまでもなく誰であるかが分かる。

「アナ、ヴィルに言っただろ」

 談話室で俺を待っていたアナに、俺は怒った口調で問い詰める。座っていた椅子から立ち上がって俺を迎えたアナは、謝罪の気持ちを表すように、眉を下げた顔で俺を見た。

「すみません。今回だけはお二人のために密告してしまいました。でも、本当に今回だけですよ。今までは一度として、ノウェ様との会話を陛下に伝えたことはありません」

 俺は今までに色々なことをアナスタシアに相談してきた。そしてそれを彼女が口外していないことも分かっている。俺たちのことを思って、ヴィルに俺の想いを伝えてくれたアナを責めることが、お門違いだということは理解しているのだ。

「……巻き込んでごめん」

 勢い余って責めるような言い方をしてしまったけれど、アナスタシアのおかげで俺の勘違いは解消されたのだ。つまり、ヴィルヘルムは豊満な女性を見ていたのではなく、その女性が着ていた服装を見ていた、という誤解だ。

「仲直りは出来ましたか?」
「一応……できた、かな」
「それは良かったです」

 俺が椅子に座り、アナスタシアも腰を下ろした。俺の思いをアナがヴィルに伝えてくれなければ、きっと更に数日は仲直りなど出来ていなかっただろう。そんなアナに対して感謝こそすれ、責めたり怒ったりなどというのは間違っている。

「私が密告したこと、ノウェ様が怒ってると思いましたので、お詫びの品をお持ちしました」
「えっ、あ、いや、怒ってるって言うのはその冗談っていうか……アナのおかげで仲直り出来たんだし、そんな、別に」

 そこまで気を遣わせるつもりではなかったのに、お詫びの品などとアナが言い出すので俺はしどろもどろになってしまった。そんな俺を見て、アナは小さく微笑む。

「では、これは単純に贈り物ということで」

 そう言って俺たちの間に置かれた机には、一冊の本が置かれた。見たことのない本だ。表紙に書かれた題にも覚えがない。アナが新しく貸してくれる本なのだろうか。だが、アナは贈り物といった。

「本?」
「そう。ノウェ様のお好きな作家ですよね」
「そうだな、この人の作品は全部好きだ」
「表紙を捲って見て下さい」

 題の下には、作者の名前が記されていた。それは、俺の好きな作家で、この人の作品は全て俺の好みの中心を射抜く。この作家の本は全てアナが貸してくれていたと思ったのだが、見覚えがない本があるということは新作が出たのだろうか。

 アナに促されるままに、俺は表紙を捲る。そこには、何かの文字が書かれていた。リオライネンの文字は、苦労なく読むことが出来る。だからこそ、読書を楽しめるわけだが。そして俺は、そこに書かれた文字を読み上げた。

「……リオライネン皇妃、ノウェ=ジュ・ロア妃殿下へ……、え! お、俺の名前が書いてある! 何だこれ!」
「これは、作者の方がノウェ様にと送ってくださったんです。ここ、作者のサインがあるでしょう?」
「本当だ! すごい……え、なんで?」

 ロアの発音を、リオライネンの文字で表した俺の名前がそこには書かれていた。どうしてこんなことになっているんだ。俺は戸惑いながら、文字が書かれている頁とアナの顔を交互に見る。

「実は私、以前にこの作者に手紙を送っておりまして。妃殿下が貴殿の新作を心待ちにしています、という旨をしたためたのです。そうしたら、新作の本に、こうしてノウェ様のお名前と、作者のサイン付きで届いたんですよ!」
「す……すごい……! こういういのって、結構あることなのか?」
「私は初めての経験です。好きな作家にファンレターを書くことは多々ありますが、本が送られてきたのは初めてですよ」
「そうなのか……すごい……、嬉しい」

 俺の名前が作者の手で書かれた本。これがアナスタシアからの贈り物だという。あまりにも過ぎたもので、俺は萎縮してしまった。俺たちの仲直りの手助けをしてもらった上に、これほどまでに素晴らしい贈り物を貰ってもいいのだろうか。

「すごい……、俺の名前が書いてある」

 ノウェ=ジュ・ロア。リオライネンの人々には馴染みのない名前だろう。この国の人々からすれば、俺の名前の綴りは随分と奇妙なものに見えるらしい。そんなものを、わざわざ書いてもらった。嬉しい気持ちと同時に、妙な気持ちが俺の心の中に湧き上がる。

 湧き上がってきたこの気持ちに、なんと名前をつければいいのか分からない。途方に暮れるような、亡羊と化すような。これは一体何なのだろう。俺はぼんやりとした頭のままで、俺の名前を眺め続けた。

「……俺の、名前」


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