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「どうしてだ。どうして、俺ばっかり、こんな目に!」
「まあまあ。辺境も結構いいところだよ?」
まるで魔王との戦いに負けた勇者のように、地面に膝をつき悔しがる元婚約者。でもカッコつけたところで、内容が内容だからね。そもそもこのひとの場合、自業自得だし。
「あら、これからここに住むのならうちの近くなんてどうかしら」
「縁ができたのだもの。これからは家族だと思って頼ってちょうだい」
ちょっと、おばちゃんたち! 興味津々なのはわかるけれど、いっぺんに話しかけてもわかんないからね。落ち着いて。あとは、もうちょっとダメ押しが必要かな。ノアに矢面に立ってはもらったけれど、やっぱり自分の言葉で拒絶しておかないと、後々までまとわりつかれたりしたら面倒だし。
「ねえ、デボラを放っておいて他の女性の元に通って許されると思った?」
「貴族の男が妾を持つのは普通のことだ」
「あなたは婿養子なの。種をそこらへんに撒き散らかされたら困るのよ。それにもしもデボラの夫になっていたなら、一生清く正しい生活になるのよ。だって聖女の夫なんだから」
「俺に童貞のままでいろというのか!」
あ、童貞なんだ。また要らない情報を得てしまった。ほら、おばちゃんたち、意味深な笑みを浮かべないの。
「数字の間違いを上から目線で注意されたって言われてもね。結婚したら仕事はできて当然なの。まさか本気で、種馬として働くつもりではなかったよね?」
「だが、言い方というものがあるだろう!」
「年下に間違いを指摘されてプライドが傷ついたというのなら、計算間違いくらい自分で気がつきなさい」
本当に情けない。国は異なるとはいえ、同じ王族。このひとこそが、デボラを教え導く立場であったとしてもおかしくはないのに。
「それから、デボラが気まぐれでわがままだなんて。考えてもみて。あなた、自分があの子の年齢の時におとなしくしていられた?」
「くっ」
「できなかったはずよ。むしろ、できていたと言い張るなら、あなたが都合よく忘れている黒歴史を一から十まで披露してあげるわ。えーと、私を池に突き落としたのは……」
「や、やめろ! まだあの時のことを恨んでいるのか」
「だから、恨んでなんかいないってば。ただ確認しているだけよ。4歳の子どもにどうこう言っても、無理なものは無理なの。あの年頃にしては、あの子はおとなしい方よ。あなたより賢いし」
そう、まだたったの4歳。だからと言って、聖なる薔薇を笑顔で切っちゃうのはどうかと思うけれど。
「ねえ、一体どうしちゃったの。最近、なんだか変よ。私から義妹に乗り換えるにしてももう少しやりようがあったはずだし。どうしてあんな馬鹿な真似をしたの」
「……デボラだ。全部デボラの仕業なんだ。あいつからもらった手紙では、もう成人してるって書いてあったし。それ以外にもルイーズから自分に乗り換えたらいろんなメリットがあるって言われて……。本当なんだ、ルイーズ、信じてくれ」
……心配して損しちゃった。言うに事欠いてデボラのせいだなんて。幼児に責任転嫁をするなんて、大人のやることじゃないわ。もしも万が一デボラが大人をからかうようなイタズラをしていたのだとしても、裏付けをとらなかった元婚約者が悪いのよ。私たちが生きる世界は、甘くないんだから。
「まったく」
「俺は知ってるんだ。あいつが薔薇を切った理由も、お前をここに追いやった理由も!」
「薔薇を切ったのは、私の誕生日プレゼントにしたかったから。私をここに送り込んだのは、自分のやったことに耐えられなかったから。泣きすぎて吐いちゃうような状態なんだから、仕方がないの」
「それを信じるのか」
「子どもの反省に意味はないとでも言うつもりかしら。まあ、神殿側への説明は大変だったみたいだけれど、デボラが聖女だったことでなんとかなったみたいだし」
反省できるだけデボラは育てやすい子だ。魔のイヤイヤ期だって、ほとんどなかった。侍女たちから聞いて戦々恐々としていたから、物分かりの良さにもうびっくりなのよ。
差し出されたクッキーを食べたら「クッキーが無くなった、ひどい。返して」とか、「お兄ちゃんがほしい。今すぐ産んで」とか言わなかったからね。聖なる薔薇は切ったけどさ……。
「いいや、そんなことで聖なる薔薇を切るなんておかしい。デボラはきっと前世持ちに違いない!」
「あなた、自分が何を言っているかわかる?」
「……あ、いや、ちが」
「何が違うって言うの?」
前世持ち……それはこの世界では最大の侮蔑だ。この世界に輪廻転生は存在しない。唯一の例外は、罪を濯ぐために転生を繰り返している魔王だけ。人間の器に閉じ込められた魔王は、転生のたびに少しずつその力と記憶を失っていくのだそうだ。そしてすべてがこの世界から消え失せたときに、ようやく真の平和が訪れると言われている。神殿と聖女は、それまでこの世界を見守っている。
聖女であるデボラを前世持ちと罵ることは、聖女を魔王と名指ししたことに他ならない。いくら言葉のあやとはいえ、これ以上は庇いきれない。
それに私は怒っているのだ。私の可愛い妹を魔王扱いするボンクラなんて、もうどうなっても構いやしない。
「迷惑なの。もう二度と私に関わらないで」
「そんな、ルイーズ。俺の話を聞いてく、あ、あれ? るいず、からだが、たすけ」
「あんまりふざけてると、我が家のスーさんにお尻を噛んでもらうから。出ていって!」
思い通りにならなかったことがよっぽどショックだったのか、よたよたとタコ踊りをしながら彼はどこかへ行ってしまった。
「まあまあ。辺境も結構いいところだよ?」
まるで魔王との戦いに負けた勇者のように、地面に膝をつき悔しがる元婚約者。でもカッコつけたところで、内容が内容だからね。そもそもこのひとの場合、自業自得だし。
「あら、これからここに住むのならうちの近くなんてどうかしら」
「縁ができたのだもの。これからは家族だと思って頼ってちょうだい」
ちょっと、おばちゃんたち! 興味津々なのはわかるけれど、いっぺんに話しかけてもわかんないからね。落ち着いて。あとは、もうちょっとダメ押しが必要かな。ノアに矢面に立ってはもらったけれど、やっぱり自分の言葉で拒絶しておかないと、後々までまとわりつかれたりしたら面倒だし。
「ねえ、デボラを放っておいて他の女性の元に通って許されると思った?」
「貴族の男が妾を持つのは普通のことだ」
「あなたは婿養子なの。種をそこらへんに撒き散らかされたら困るのよ。それにもしもデボラの夫になっていたなら、一生清く正しい生活になるのよ。だって聖女の夫なんだから」
「俺に童貞のままでいろというのか!」
あ、童貞なんだ。また要らない情報を得てしまった。ほら、おばちゃんたち、意味深な笑みを浮かべないの。
「数字の間違いを上から目線で注意されたって言われてもね。結婚したら仕事はできて当然なの。まさか本気で、種馬として働くつもりではなかったよね?」
「だが、言い方というものがあるだろう!」
「年下に間違いを指摘されてプライドが傷ついたというのなら、計算間違いくらい自分で気がつきなさい」
本当に情けない。国は異なるとはいえ、同じ王族。このひとこそが、デボラを教え導く立場であったとしてもおかしくはないのに。
「それから、デボラが気まぐれでわがままだなんて。考えてもみて。あなた、自分があの子の年齢の時におとなしくしていられた?」
「くっ」
「できなかったはずよ。むしろ、できていたと言い張るなら、あなたが都合よく忘れている黒歴史を一から十まで披露してあげるわ。えーと、私を池に突き落としたのは……」
「や、やめろ! まだあの時のことを恨んでいるのか」
「だから、恨んでなんかいないってば。ただ確認しているだけよ。4歳の子どもにどうこう言っても、無理なものは無理なの。あの年頃にしては、あの子はおとなしい方よ。あなたより賢いし」
そう、まだたったの4歳。だからと言って、聖なる薔薇を笑顔で切っちゃうのはどうかと思うけれど。
「ねえ、一体どうしちゃったの。最近、なんだか変よ。私から義妹に乗り換えるにしてももう少しやりようがあったはずだし。どうしてあんな馬鹿な真似をしたの」
「……デボラだ。全部デボラの仕業なんだ。あいつからもらった手紙では、もう成人してるって書いてあったし。それ以外にもルイーズから自分に乗り換えたらいろんなメリットがあるって言われて……。本当なんだ、ルイーズ、信じてくれ」
……心配して損しちゃった。言うに事欠いてデボラのせいだなんて。幼児に責任転嫁をするなんて、大人のやることじゃないわ。もしも万が一デボラが大人をからかうようなイタズラをしていたのだとしても、裏付けをとらなかった元婚約者が悪いのよ。私たちが生きる世界は、甘くないんだから。
「まったく」
「俺は知ってるんだ。あいつが薔薇を切った理由も、お前をここに追いやった理由も!」
「薔薇を切ったのは、私の誕生日プレゼントにしたかったから。私をここに送り込んだのは、自分のやったことに耐えられなかったから。泣きすぎて吐いちゃうような状態なんだから、仕方がないの」
「それを信じるのか」
「子どもの反省に意味はないとでも言うつもりかしら。まあ、神殿側への説明は大変だったみたいだけれど、デボラが聖女だったことでなんとかなったみたいだし」
反省できるだけデボラは育てやすい子だ。魔のイヤイヤ期だって、ほとんどなかった。侍女たちから聞いて戦々恐々としていたから、物分かりの良さにもうびっくりなのよ。
差し出されたクッキーを食べたら「クッキーが無くなった、ひどい。返して」とか、「お兄ちゃんがほしい。今すぐ産んで」とか言わなかったからね。聖なる薔薇は切ったけどさ……。
「いいや、そんなことで聖なる薔薇を切るなんておかしい。デボラはきっと前世持ちに違いない!」
「あなた、自分が何を言っているかわかる?」
「……あ、いや、ちが」
「何が違うって言うの?」
前世持ち……それはこの世界では最大の侮蔑だ。この世界に輪廻転生は存在しない。唯一の例外は、罪を濯ぐために転生を繰り返している魔王だけ。人間の器に閉じ込められた魔王は、転生のたびに少しずつその力と記憶を失っていくのだそうだ。そしてすべてがこの世界から消え失せたときに、ようやく真の平和が訪れると言われている。神殿と聖女は、それまでこの世界を見守っている。
聖女であるデボラを前世持ちと罵ることは、聖女を魔王と名指ししたことに他ならない。いくら言葉のあやとはいえ、これ以上は庇いきれない。
それに私は怒っているのだ。私の可愛い妹を魔王扱いするボンクラなんて、もうどうなっても構いやしない。
「迷惑なの。もう二度と私に関わらないで」
「そんな、ルイーズ。俺の話を聞いてく、あ、あれ? るいず、からだが、たすけ」
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