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余話 剣(クシフォス)と盾(アスピダ)1
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「ぁん……んふぅ……」
背中に覆い被さっていたアスピダの体温が離れていく。後孔に入っていた熱塊が抜ける感触にクシフォスの腰が震えた。ズルッと先端が抜け切る瞬間、まだ物足りない言わんばかりに後孔が吸いつこうとする。そのせいで体内に溜まっていた種がドロリとこぼれてしまった。
「んっ……あぁ、こぼれてしまった」
肌を滑り落ちていく種がもったいなくて思わず指を這わせた。それを見ていたアスピダがクスリと笑う。
「まだ足りませんか?」
「ん……もっとほしぃ……」
隣で仰向けになったアスピダにそう答えれば、宝石のように輝く赤い瞳が少しだけ細くなる。
クシフォスは、昔からこの赤い目が大好きだった。狼族のほとんどはオレンジ色の瞳で、クシフォスとバシレウスはそれより淡い金色の目をしている。二人の目は優秀な血族の証だと周囲は勝手に喜んでいるが、アスピダの赤い目は忌まわしい色だと言われていた。
「どうかしましたか?」
「その赤い目、相変わらず綺麗だなぁと思って」
「この目は、あなたに愛されるためだけにあるんですよ」
そう言って笑う顔が苦々しいものでなくなったのは、いつの頃からだろうか。
(それだけアスピダも落ち着いてきたってことかな)
いや、周囲が落ち着いてきたのかもしれない。母親のこともすっかり過去のことになり、クシフォスが月の宴の任を継いでからは余計なことを口にする狼族もいなくなった。
(そして僕の役目もそろそろ終わるだろう)
そうすべきだと言ったのはバシレウスだった。月の宴の形を変えるべきだと口にし、子宮を持つ狼族を道具のように使うのはやめるべきだと声を上げた。
(まったく、いつの間にか立派に独り立ちしちゃって)
雌が生まれなくなった狼族には、定期的に体内に子宮を持つ雄が生まれる。クシフォスはそれを種族としての最後の抵抗だと考えていた。そんな特殊な肉体を持つ狼族は、昔から狼族の子を孕みやすい兎族を嗅ぎわける力を持っていた。
(いま、その力を持つのは僕だけだ)
クシフォスが生まれる前には二人いた。一人は長の弟で、クシフォスとバシレウスの母親となった人物。もう一人はアスピダを生んだ雄だ。
昔から子宮持ちの雄からは同じ子宮持ちが生まれやすいと言われている。ここ数十年はとくにそうだったようで、子宮持ちからは必ず次の子宮持ちが生まれていた。だからクシフォスにも子宮があり、バシレウスに子宮がなかったのは二人目の子だったからだろう。
(それなのにアスピダには子宮がなかった)
子宮持ちの雄から生まれた一人目の子だったのにも関わらず子宮がなく、狼族には現れない赤い瞳を持つ子。真っ白に見える白銀の毛も珍しく、奇異な姿で生まれたアスピダに周囲はひどくざわついた。
アスピダの母親は産後すぐに亡くなってしまい、その後たらい回しにされていた彼を引き取ったのは長だった。
(ただでさえ僕のことで大変だっただろうに、ご苦労なことだ)
アスピダが生まれたとき三歳だったクシフォスは長に育てられていた。クシフォスの母親が正式な番を得て屋敷を出たからだ。
クシフォスの母親は長の弟で父親は長だ。公にはしていないが、地位の高い狼族なら誰もが知っている。クシフォスは雌のいない狼族では生まれるはずがない“禁忌の子”として誕生し、長の子として育てられた。
クシフォスを生んだ母親はその後、バシレウスを生んだ。しかし心身共に衰弱し幼いバシレウスを残して死んでしまった。父親は死んだ番を忘れるためすぐさま兎族の花嫁を迎えバシレウスを顧みなくなった。そんなバシレウスを実子として引き取ったのは長だった。
(本当に物好きだな)
面倒な子ばかりを引き取っている。そのくせどの子も愛さない。「ま、僕としては愛してもらいたくもないけど」と思いながら愛しい白銀の髪を指に絡めた。
「どうかしましたか?」
「もっと早くにつがいたかったなと思ってね」
「仕方ないでしょう。狼族にとってあなたは最後の砦のようなものなのですからね」
「わかってる」
とくに名家の狼族はクシフォスの嗅ぎわける力を神聖視していた。クシフォスの選定のおかげで強い力を子に引き継げると信じているからだ。
たしかにクシフォスには孕みやすい兎族を嗅ぎわける絶対的な力がある。しかし、その力は本来狼族の雄なら誰もが持っていたものだ。その証拠にバシレウスは自ら嗅ぎわけリトスを花嫁に選んだ。クシフォスも一応確認はしたが、単なる後押しに過ぎない。
(知らず知らずの間に狼族は嗅覚を退化させてしまったんだろう)
それでは種族はいずれ滅んでしまう。だからこそバシレウスは月の宴の在り方を変えようと声を上げたに違いない。本来の狼族の在り方を取り戻すため、クシフォスのような狼族に頼らなくてもいい状況を作りたいのだ。
(まったく、次の長は頼もしい限りだ)
ふわりと微笑んだクシフォスの頬をアスピダの指が優しく撫でる。
「ご機嫌ですね」
「そりゃあ避妊薬なしで搾り取ったからね。でも、全然足りない」
仰向けのアスピダの胸にクシフォスが乗り上げる。そんなクシフォスの肩を撫でたアスピダの手が、肌の感触を楽しむように腰に向かって背中を撫でた。
「それはまた欲深い」
「ん……僕はいつだって欲が深いよ?」
「知っていますよ。だから番になる前から交わっていたでしょう?」
「そんなんじゃ全然足りな、ぁん!」
腰を撫でていた手が尻たぶを掴み、その奥でふくふくと疼いていた後孔に触れた。途端にクシフォスの中が熱塊を思い出して蠢き出す。ふっくらした縁は触れるだけの指に吸いつき、早く中に入ってほしいと誘惑するように開閉した。
「あれだけ注ぎ込んだのに、まだこんなに欲しがって」
「そりゃそうだよ。だって、そうでもしないと誰もが盾のこと欲しがるだろう? おまえは僕のものだとしっかり匂いをつけておかないと嫌なんだ」
「異端なわたしを欲しがる者など、剣の名を持つあなた以外いませんよ」
それは嘘だ。クシフォスはすぐさま心の中で否定した。
異端だと散々遠ざけておきながら、逞しく成長する姿を見た途端に多くの狼族が掌を返した。その凛々しい姿に、類い稀な強さに、気配だけで相手の戦意を喪失させる恐ろしさに、かつて大地を支配していた祖たる銀狼を見出し誰もが手に入れたいと欲した。
(だから先に手に入れることにしたんだ)
自分が頼めば長は絶対に断れないとわかっていて、アスピダを従者にしたいとねだった。従者にした日、絶対に逃してなるものかと全身全霊で誘惑し自分に縛りつけた。
(そして盾の名も与えた)
剣の名を持つ自分にふさわしいように、剣の対になる存在だと本人にも周囲にも知らしめるために“アスピダ”の名を与えた。
(そもそも、僕に剣の名を付けた長が悪い)
何を考えてそんな名を付けたのかはわからない。確かめようとも思わなかった。ただ、母親のように病んでしまわないように強い名を付けたかっただけかもしれない。幼い頃はクシフォスとは違う名で呼ばれていたが、何と呼ばれていたかもう覚えていなかった。
「僕はね、死ぬまでアスピダを僕だけのものにしておきたいんだ。この美しい顔も、綺麗な白銀の毛も、逞しい体も、もちろん種だって誰にも渡したりしない」
兎族になんて渡すつもりは毛頭なかった。だから兎族の番を得られないように先に手をつけた。毛の一本でさえアスピダは自分のものだ。そして自分の子宮を濡らしてよいのもアスピダだけだ。
子宮を持つクシフォスは、いずれ狼族の番をあてがわれる。本人の気持ちなど関係なく次代の子宮持ちを生むためだけに選ばれる番なんて冗談じゃない。そのこともあって、クシフォスは早々にアスピダをベッドに引きずり込んだ。この雄以外は認めないと周囲に見せつけるためだった。
「んふ……ね、入れていい……?」
クチクチと後孔をいじられるだけでは満足できない。もっと太くて熱いもので中を満たしてほしい。蠢く肉壁も、その奥で疼く子宮もアスピダで満たしてほしい。
返事を待つことなく、クシフォスは体を起こした。出した後も萎えることなく隆々とそそり勃つ肉茎を後孔にあてがい、「んっ」と甘いと息を漏らしながら腰を落としていく。エラの張ったもっとも大きな部分を飲み込むと、そこからはズブズブと根元まで飲み込んだ。
背中に覆い被さっていたアスピダの体温が離れていく。後孔に入っていた熱塊が抜ける感触にクシフォスの腰が震えた。ズルッと先端が抜け切る瞬間、まだ物足りない言わんばかりに後孔が吸いつこうとする。そのせいで体内に溜まっていた種がドロリとこぼれてしまった。
「んっ……あぁ、こぼれてしまった」
肌を滑り落ちていく種がもったいなくて思わず指を這わせた。それを見ていたアスピダがクスリと笑う。
「まだ足りませんか?」
「ん……もっとほしぃ……」
隣で仰向けになったアスピダにそう答えれば、宝石のように輝く赤い瞳が少しだけ細くなる。
クシフォスは、昔からこの赤い目が大好きだった。狼族のほとんどはオレンジ色の瞳で、クシフォスとバシレウスはそれより淡い金色の目をしている。二人の目は優秀な血族の証だと周囲は勝手に喜んでいるが、アスピダの赤い目は忌まわしい色だと言われていた。
「どうかしましたか?」
「その赤い目、相変わらず綺麗だなぁと思って」
「この目は、あなたに愛されるためだけにあるんですよ」
そう言って笑う顔が苦々しいものでなくなったのは、いつの頃からだろうか。
(それだけアスピダも落ち着いてきたってことかな)
いや、周囲が落ち着いてきたのかもしれない。母親のこともすっかり過去のことになり、クシフォスが月の宴の任を継いでからは余計なことを口にする狼族もいなくなった。
(そして僕の役目もそろそろ終わるだろう)
そうすべきだと言ったのはバシレウスだった。月の宴の形を変えるべきだと口にし、子宮を持つ狼族を道具のように使うのはやめるべきだと声を上げた。
(まったく、いつの間にか立派に独り立ちしちゃって)
雌が生まれなくなった狼族には、定期的に体内に子宮を持つ雄が生まれる。クシフォスはそれを種族としての最後の抵抗だと考えていた。そんな特殊な肉体を持つ狼族は、昔から狼族の子を孕みやすい兎族を嗅ぎわける力を持っていた。
(いま、その力を持つのは僕だけだ)
クシフォスが生まれる前には二人いた。一人は長の弟で、クシフォスとバシレウスの母親となった人物。もう一人はアスピダを生んだ雄だ。
昔から子宮持ちの雄からは同じ子宮持ちが生まれやすいと言われている。ここ数十年はとくにそうだったようで、子宮持ちからは必ず次の子宮持ちが生まれていた。だからクシフォスにも子宮があり、バシレウスに子宮がなかったのは二人目の子だったからだろう。
(それなのにアスピダには子宮がなかった)
子宮持ちの雄から生まれた一人目の子だったのにも関わらず子宮がなく、狼族には現れない赤い瞳を持つ子。真っ白に見える白銀の毛も珍しく、奇異な姿で生まれたアスピダに周囲はひどくざわついた。
アスピダの母親は産後すぐに亡くなってしまい、その後たらい回しにされていた彼を引き取ったのは長だった。
(ただでさえ僕のことで大変だっただろうに、ご苦労なことだ)
アスピダが生まれたとき三歳だったクシフォスは長に育てられていた。クシフォスの母親が正式な番を得て屋敷を出たからだ。
クシフォスの母親は長の弟で父親は長だ。公にはしていないが、地位の高い狼族なら誰もが知っている。クシフォスは雌のいない狼族では生まれるはずがない“禁忌の子”として誕生し、長の子として育てられた。
クシフォスを生んだ母親はその後、バシレウスを生んだ。しかし心身共に衰弱し幼いバシレウスを残して死んでしまった。父親は死んだ番を忘れるためすぐさま兎族の花嫁を迎えバシレウスを顧みなくなった。そんなバシレウスを実子として引き取ったのは長だった。
(本当に物好きだな)
面倒な子ばかりを引き取っている。そのくせどの子も愛さない。「ま、僕としては愛してもらいたくもないけど」と思いながら愛しい白銀の髪を指に絡めた。
「どうかしましたか?」
「もっと早くにつがいたかったなと思ってね」
「仕方ないでしょう。狼族にとってあなたは最後の砦のようなものなのですからね」
「わかってる」
とくに名家の狼族はクシフォスの嗅ぎわける力を神聖視していた。クシフォスの選定のおかげで強い力を子に引き継げると信じているからだ。
たしかにクシフォスには孕みやすい兎族を嗅ぎわける絶対的な力がある。しかし、その力は本来狼族の雄なら誰もが持っていたものだ。その証拠にバシレウスは自ら嗅ぎわけリトスを花嫁に選んだ。クシフォスも一応確認はしたが、単なる後押しに過ぎない。
(知らず知らずの間に狼族は嗅覚を退化させてしまったんだろう)
それでは種族はいずれ滅んでしまう。だからこそバシレウスは月の宴の在り方を変えようと声を上げたに違いない。本来の狼族の在り方を取り戻すため、クシフォスのような狼族に頼らなくてもいい状況を作りたいのだ。
(まったく、次の長は頼もしい限りだ)
ふわりと微笑んだクシフォスの頬をアスピダの指が優しく撫でる。
「ご機嫌ですね」
「そりゃあ避妊薬なしで搾り取ったからね。でも、全然足りない」
仰向けのアスピダの胸にクシフォスが乗り上げる。そんなクシフォスの肩を撫でたアスピダの手が、肌の感触を楽しむように腰に向かって背中を撫でた。
「それはまた欲深い」
「ん……僕はいつだって欲が深いよ?」
「知っていますよ。だから番になる前から交わっていたでしょう?」
「そんなんじゃ全然足りな、ぁん!」
腰を撫でていた手が尻たぶを掴み、その奥でふくふくと疼いていた後孔に触れた。途端にクシフォスの中が熱塊を思い出して蠢き出す。ふっくらした縁は触れるだけの指に吸いつき、早く中に入ってほしいと誘惑するように開閉した。
「あれだけ注ぎ込んだのに、まだこんなに欲しがって」
「そりゃそうだよ。だって、そうでもしないと誰もが盾のこと欲しがるだろう? おまえは僕のものだとしっかり匂いをつけておかないと嫌なんだ」
「異端なわたしを欲しがる者など、剣の名を持つあなた以外いませんよ」
それは嘘だ。クシフォスはすぐさま心の中で否定した。
異端だと散々遠ざけておきながら、逞しく成長する姿を見た途端に多くの狼族が掌を返した。その凛々しい姿に、類い稀な強さに、気配だけで相手の戦意を喪失させる恐ろしさに、かつて大地を支配していた祖たる銀狼を見出し誰もが手に入れたいと欲した。
(だから先に手に入れることにしたんだ)
自分が頼めば長は絶対に断れないとわかっていて、アスピダを従者にしたいとねだった。従者にした日、絶対に逃してなるものかと全身全霊で誘惑し自分に縛りつけた。
(そして盾の名も与えた)
剣の名を持つ自分にふさわしいように、剣の対になる存在だと本人にも周囲にも知らしめるために“アスピダ”の名を与えた。
(そもそも、僕に剣の名を付けた長が悪い)
何を考えてそんな名を付けたのかはわからない。確かめようとも思わなかった。ただ、母親のように病んでしまわないように強い名を付けたかっただけかもしれない。幼い頃はクシフォスとは違う名で呼ばれていたが、何と呼ばれていたかもう覚えていなかった。
「僕はね、死ぬまでアスピダを僕だけのものにしておきたいんだ。この美しい顔も、綺麗な白銀の毛も、逞しい体も、もちろん種だって誰にも渡したりしない」
兎族になんて渡すつもりは毛頭なかった。だから兎族の番を得られないように先に手をつけた。毛の一本でさえアスピダは自分のものだ。そして自分の子宮を濡らしてよいのもアスピダだけだ。
子宮を持つクシフォスは、いずれ狼族の番をあてがわれる。本人の気持ちなど関係なく次代の子宮持ちを生むためだけに選ばれる番なんて冗談じゃない。そのこともあって、クシフォスは早々にアスピダをベッドに引きずり込んだ。この雄以外は認めないと周囲に見せつけるためだった。
「んふ……ね、入れていい……?」
クチクチと後孔をいじられるだけでは満足できない。もっと太くて熱いもので中を満たしてほしい。蠢く肉壁も、その奥で疼く子宮もアスピダで満たしてほしい。
返事を待つことなく、クシフォスは体を起こした。出した後も萎えることなく隆々とそそり勃つ肉茎を後孔にあてがい、「んっ」と甘いと息を漏らしながら腰を落としていく。エラの張ったもっとも大きな部分を飲み込むと、そこからはズブズブと根元まで飲み込んだ。
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