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姉の許嫁だった人3

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「昼食を食べなかったそうだけど、具合がよくないのかな?」

 お昼過ぎ、部屋に修一朗さんがやって来た。いつもなら緊張しつつも嬉しくて仕方がないのに、いまは顔を見るだけで胸が苦しくなってしまう。

「いえ、大丈夫です」
「あまり顔色がよくないな。具合が悪いのなら医者を呼ぼう」

 やっぱり修一朗さんは優しい。βの僕なんかに優しくする必要はないのに、こうして体調まで気遣ってくれる。

(αなのに誰にでも優しい。こういう人だから僕は好きになったんだ)

 大好きな姉が好いていた人で、いつの間にか僕自身が好きになってしまった人。

(でも、この想いは抱いていてはいけないものだ)

 修一朗さんは、いずれ家柄のよいΩと結婚する身だ。それなのに僕のようなβが想いを寄せてもしょうがない。こうしてよくしてもらっているだけでもありがたいと思わなくては。
 わかっているのに、どうしても胸がツキンと痛んだ。膝の上で両手を握り締め「気持ちを悟られないようにしなければ」と必死に表情を繕う。それでも胸の痛みはなかなか消えてくれない。いま修一朗さんを見てしまったら余計なことを口走りそうで、そっと顔を伏せた。

「何か悩んでいるなら相談してくれないか?」

 椅子に座ったまま俯く僕の視界に修一朗さんの顔が映った。床に膝をついて、僕の顔を覗き込むように見ている。

「それとも僕では相談相手にならないかな」
「そんなことは……」

 そんなことは決してない。修一朗さんは優しくて頼りがいがある。珠守たまもり家の次男としてもαとしても、もちろん男としても尊敬できる人だ。でも、だからこそ僕が抱いている想いを告げるわけにはいかなかった。

「もしかして、何か余計なことを耳にしてしまったかな」

 僕の様子から何かを察したのだろう。ひと言も話していないのに、僕の様子だけでわかるなんて修一朗さんはやっぱりすごい。
 本当なら、ここで「余計なことじゃないです。婚約おめでとうございます」と告げるのが正しいに違いない。めでたいことだし、お祝いの一つでも口にするのが礼儀だ。

(いや、姉さんのことを考えたら僕が言うのも変か)

 それに僕はただの居候のようなものだ。自分がどういう立場でここにいるのかよくわからないのに、お祝いを口にしてもいいものか判断できない。それなら下手に何か言うより黙っていたほうがいい。
 寳月ほうづきでは、いつもそうしてきた。βの僕が口を挟むことは許されなかったから、ただじっと父の言葉を聞くことしかできなかった。

(それに、もし姉さんと修一朗さんが“運命の相手”だったとしたら、弟の僕から祝いの言葉を聞くのは不快かもしれないし)

 姉が亡くなって四十九日すら終わっていない。修一朗さんはまだ姉を思っているかもしれないのだから、姉に似ている僕に祝福されてもよくは思わないはずだ。

(……そうか。ということは、僕がここにいること自体が迷惑なのかもしれないのか)

 姉が亡くなったあと、母は姉を思い出すからと僕を遠ざけた。瓜二つじゃなくても思い出させる程度には似ているということだ。
 ということは、修一朗さんがそう思っていてもおかしくない。引き受けた理由はわからないけれど、そんな僕がそばにいては修一朗さんも結婚しづらいんじゃないだろうか。

(だからといって、勝手に珠守たまもりの屋敷を出るわけにもいかないしな)

 何かしらの約束事があって僕を引き受けたのだろうから、勝手にいなくなっては珠守たまもり家の顔に泥を塗ることになる。

「もしかして、都留原つるはら家の話を聞いたんじゃないかい?」

 都留原つるはらという言葉に胸がツキンとした。一瞬何と返事をしようか悩んだけれど、ここで嘘をついても意味がない。僕はただコクリと小さく頷いた。

「そうか。まったく、あのご隠居にも困ったものでね」

 少し視線を上げると、床に膝をついたままの修一朗さんが渋い顔をしている。こんな表情を見るのは初めてで、立ち聞きしてしまった僕のせいだと思った。

「あの、すみません」
「どうして謝るんだい?」
「その、勝手に立ち聞きしてしまって」
「立ち聞きしたんじゃなく、聞こえてしまったんだろう? きみは噂話に耳をそばだてるような子じゃないのはわかってる」

 たしかにわざわざ話を聞いたりはしないけれど、聞いてしまったのだから似たようなものだ。そんな僕の顔を見ながら修一朗さんが口を開く。

「千香彦くん、よく聞いてほしい。本当はもっと早くに言うべきだったのかもしれないけど、ここに来たということは承知してくれているものだと勝手に思い込んでしまっていた」

 修一朗さんが、やけに真剣な顔で僕を見ている。何かよくないことを言われるのではないかと心臓が嫌な鼓動を刻み始める。

「僕はきみ以外の人を迎える気はまったくない。だから安心してほしい」
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