上 下
91 / 211

79

しおりを挟む
少し肌寒くなったとはいえ、昼間の晴れている日は過ごしやい温度で、休憩したくなるのは十分わかる。
が、いくら皇帝でも中途半端に仕事をされるのはいただけない。
なぜ、署名してあるのに、押印がされてない?それをするだけで書類が一枚片付くのに!
ローレンツは中途半端で投げ出された書類を見てため息と、皇帝だが軽く殺意を覚えた。
「ちゃんと仕事するから、一時間休憩したい」と言われ、急ぎの仕事もなかったので許可したが、こんな事は許されない!!と、憤ってローレンツは城の外に出て皇帝を探す。

外を歩いていると、近衛騎士を数名見つけて居場所を聞き出す。すぐに居場所が特定される。西の庭のガゼボにいることがわかりすぐに行く。

色とりどりの薔薇の花が己の美しさを競争するかのように、咲き乱れる西の庭は別名「薔薇の庭」と言われる。
その庭には白い六角形の形をしたガゼボがあり、そこから休憩して庭を楽しむのは城に来る貴族達の楽しみの一つでもある。

ローレンツはそのガゼボに続く道を歩いていると、普段から聞いている声が聞こえてくる。そしてもう一人の声も聞こえる。
女性の声で今にも消えそうな細い声だ。その声が一瞬悲鳴をあげたかと思うと、段々と上擦った嬌声が聞こえてくる。

ローレンツはため息をしたが、その二人の声の主を知っているので、遠慮なくガゼボに行く。
そこにはいつも見ている、アイスシルバーの髪を緩く束ね、黒い詰め襟の軍服を着た皇帝、ルードヴィッヒが、己の膝に白練色の髪をローシニヨンでまとめて、赤い色のエンパイヤドレスを着た「スティグマ」を持つ人間が座り、その首筋に皇帝の牙が深々と食い込んでいる。
「ん、あぁ、ぁ・・・・」

上位貴族しか使えない吸血行為の一つ「色の牙」吸血と同時に体内に一種の媚薬的な成分を注入することにより、吸血されている相手は恐怖よりも快楽に溺れる。

今、目の前で吸血行為をされている人間も、顔を赤らめて、半開きの口からは、喘ぎ声が漏れ出ている。
「・・・・・・ローレンツ。こっそり見てないで、こっちに来たらいいよ。のぞきが趣味だったのかい?」
「そんな趣味ありませんよ」
ルードヴィッヒが血に濡れた唇を舐めながら、近くで吸血行為を見ていたローレンツに声をかける。
「それにしても随分、大人しくなりましたね。最初は、拾ってきた猫のように威嚇していたのに。今や娼婦顔負けの立派な存在だ」
荒い呼吸を繰り返して、ルードヴィッヒにもたれている夜神と、腰に手を回し耳を玩具のように遊ぶルードヴィッヒを見る。
その顔は愉悦の表情を浮かべており、楽しんでいるのが分かる。
「娼婦はいただけないかなぁ~。相手は私一人だけだよ?」
「毎夜、相手していればそう言わざる得ないでしょう?全く陛下がとうとう「例の部屋」を使用した!と城に勤めている者は喜んだのに、相手がまさかの「白目の魔女」だったんですから。落胆は凄いですよ?」
「だって、凪ちゃん。私は意外とみんなから好かれているようだよ?凪ちゃんだけが私の事を嫌いらしいけど?」

耳で遊んでいた手を、首筋から鎖骨にかけて撫でていく。全身を甘い熱が翻弄している夜神は、その感覚さえも痺れる程の感覚で、背中をしならせて熱い吐息を吐き出す。
ルードヴィッヒのつぶやきを聞くほどの余裕はなく、その甘い刺激をどう逃がすかだけが頭の中を埋め尽くす。

「ハァ、ン、ンン・・・・」
「ふふふっ。私の話を聞くほどの余裕はなさそうだね。軍人だからかな?毒や薬の耐性があるせいか、牙の成分も徐々に耐性をつけてくるから、普通の数倍を注ぎ込んでいくんだけど、中々コツを掴むのが難しくてね・・・今日は多すぎたみたいだ。我々の事など気にしてないようだね」
「成程、だからそんな状態なんですね」

成分の濃度調節など普通は出来ない。それを簡単にしてしまうのだから、ルードヴィッヒは「皇帝陛下」と言われるのだ。それ以外にも我々が持っていない力を持っている。
その一番の象徴は体内で精製されて手足のように動く「鎖」だろう。

「陛下、お楽しみの最中ではありますが、時間ですよ?どうせ白のお嬢さんを部屋まで連れて行くのでしょう?往復を考えると・・・・そろそろ移動しないといけないですね」
懐にある懐中時計を取り出して時間を見る。「休憩一時間」と陛下自身が言ったのだから、それを守らせるのも宰相の務め。
「そうなのかい?まー風も少し冷たくなったのかな?凪ちゃん、風邪をひいては大変だから、そろそろお部屋に戻ろうか?あーでも、こんだけ体が火照っていたら関係ないかな?」
「ん、あぁぁ・・・・あぁっーー!」
デコルテの空いたエンパイヤドレスからは、胸の谷間が見える。そして簡単に手を入れることも出来るのだ。
ルードヴィッヒはVネックラインから手を差し込み、白い胸を掴むと軽く揉みしだく。そのしっとりした肌の感触を楽しんだあと、何事なかったように手を離し、ぐったりした夜神を横抱きにして立ち上がる。

「公共の場でふしだらな行為はやめて下さいと伝えましたよね?するなら寝所でするようにと合わせてお伝えしてますよ?」
「仕方ないじゃないか。凪ちゃんが可愛くて仕方ないんだから。あんなに小さかったのに、今や私を楽しませてくれるんだから、色々な所で可愛がりたいと思うのは自然な事だよ?ローレンツもそのうち分かるようになるさ」
「余計なお世話です。例え、そんな存在に出会っても公共の場と寝所の区別はしますよ。陛下ではないのですから」
「さすが、血も涙もない、冷酷無無慈悲な極悪非道の悪魔のような宰相閣下だ」
「血も涙もない以降の言葉が酷すぎますね。陛下に対してのみしてもいいなら、お望み通り叶えて差し上げますが?」
「ハハハッ。冗談だよ。さて、凪ちゃん行こうか?」
ガゼボから薔薇の生け垣を辿りながら城に向かう。ルードヴィッヒの後ろから、ローレンツはついていく。

夜神を部屋の寝所に連れて行く。一緒に付いてきたローレンツは扉の前で待機する。馬に蹴られる前に、身を引くことも大事な事だと思う。

ルードヴィッヒは意識はあるが、目の焦点が合わず、体も力無く預ける夜神を見る。例えるならば、辺りをふよふよと漂うような感じだ。
ベッドに寝かせると、履いている靴を脱がして布団をかける。そして手のひらを瞳に覆いかぶせ力を使う。手のひらが熱を帯びる。やがて規則正しい寝息が聞こえてくる。
「おやすみ。けど夕食時までには起きてね?多分、侍女長が起こしに来るかもね。その時は付き合ってね。本当、侍女長のはいい仕事してくれるよ。おかげで随分弱ってくれたよ。これならスムーズにいくね」

前髪を整えて、眠っている頰を伝い、少しだけ空いた口元を指で撫で、部屋を出ていく。扉の前にいるローレンツが気づいて扉を開ける。

「それにしても、なんでもローレンツは私のことを探していたんだい?」
長い廊下を歩きながら、ルードヴィッヒを探していた事を聞く。
「そうでした。陛下の中途半端な書類のせいです。署名したなら押印まで押して下さい。どちらだけではやめて下さいーーーーと伝えたかったのに、まさか白いお嬢さんの痴態を見せらせるなど考えもしなかったですよ」
「良かったね、ローレンツ。滅多に見れないよ」
「見れないのでなく、見せないが正しいと思いますよ。全く陛下が何をしようが別にいいですが、巻き込みだけは勘弁してください」
「巻込みかぁー。考えておくよ。さて、休憩のお陰でリラックス出来たから、仕事が捗るといいけどなぁー」
「お願いしますよ」
「あぁ、分かっているよ」
ローレンツは分かっているのか、いないのか、掴みどころのないルードヴィッヒの応えにため息をした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の不倫相手は妹で?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:24,047pt お気に入り:147

婚約者の彼から彼女の替わりに嫁いでくれと言われた

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,943pt お気に入り:381

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:131,834pt お気に入り:2,891

流刑地公爵妻の魔法改革~ハズレ光属性だけど前世知識でお役立ち~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,676pt お気に入り:4,287

妹が私の婚約者も立場も欲しいらしいので、全てあげようと思います

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,932pt お気に入り:3,921

大賢者たる私が元遊び人のはずがない!

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:113

【R18】婚約者の優しい騎士様が豹変しました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:2,596

処理中です...