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第八章 赤の魔女
8-8 エイミーの存在を組合は見過ごせないだろう。
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俺の師匠は元来、自由人だ。
そのことを誰よりも知っている俺は、長年、その足取りを調べてこなかった。
必要とあれは家に戻ってくるだろうし、連絡がないのは元気な証拠って云うから、どこかで変わらず未踏遺跡を探しているだろうから。
案外、エイミーの情報を聞いて興味を抱いているかもしれないな。
そんな根なし草の様な師匠が今どこにいるかは分からなくても、組合を通せば何か情報を掴めるはずだ。
「俺から組合に、お前を師匠に預けることを打診する」
その提案に、もじもじと指先をこすり合わせたエイミーは、何か言い出しにくそうに口籠った。それを不思議そうに見上げたビオラが、どうしたのかと尋ねれば、彼女はちらちらと視線を彷徨わせた。
「あ、あの……もしも、もしもですよ。アドルフ様が私を弟子にしないと言った時は……」
「その時は、ラスが引き受ければよいのじゃ!」
「おい、勝手に決めるな!」
俺が声を荒げると、ビオラは口を尖らせて不満顔になる。
「お前が口を挟むと、ややこしくなる。黙っていろ」
「何じゃと! 妾はエイミーのことを思うて言っておるのじゃ!」
「そうだとしても、組合の都合は、お前にはさっぱり分からないだろう? レミントン家からエイミーを連れ出したいなら、俺に任せておけ」
はっきり任せろと言ったことに、ビオラは目を丸く見開いたが、仕方がないのと言って口角を上げた。
俺たちを交互に見るエイミーは、困り顔であのあのと繰り返している。それを安心させる意味も兼ねて、俺は「心配ない」と言葉を投げた。
「師匠は案外、人情に弱いからな」
「人情とは、どういうことでしょうか?」
「お前の話を聞いたら放っておかないだろう」
「何じゃ、ラスが案外お人好しなのは、師匠譲りということかの?」
けらけらと笑うビオラの横で、目を見開いたエイミーはしばらく思案すると、顔を真っ赤にして何度も頷いた。
別に俺はお人好しな訳じゃない。平穏に金儲けをする場を荒らされないよう、最善を尽くそうとしているだけだ。
「とにかくだ。エイミー、お前は組合に連れて行く。そして、俺の師匠に合わせる」
まあ、俺の勘が間違っていなければ、師匠の意思とは関係なく、預かることになるだろうな。
魔術師組合をよく思っていない魔術師だっている。特に青の魔術師連中が、あの魔法陣を知って力を手に入れでもしたら、大事になることは容易に想像できる。
そうならないためにも、彼女の保護はしかるべき人物がするべきだ。その適任者は、組合総本部長を除けばそう多くない。その一人が、うちの師匠と言う訳だ。
「ただ、約束できないこともある」
「何でしょうか?」
「レミントン家の行く末だ。組合は潰しにかかるだろうし、そうなると、お前の母親も──」
「それでしたら、ご心配なく! 母はすでに死んでいますから。私は学べる場があれば、家がなくなっても問題ありません!」
こともなげに言って笑うエイミーは、カップの中の珈琲を飲み干した。
「鬼才と謳われるアドルフ様にお会いできるなんて、考えただけでもワクワクします!」
まるで初デートを楽しみにする少女のように頬を染め、体を揺らしたエイミーはテーブルにカップを置いた。そこからステップを踏みながらベッドに向かい、その身を投げる。しばらくすると、何を妄想しているのか黄色い声を上げて枕を抱きしめた。
俺はもう一杯、カップにインスタント珈琲を作り、薄い香りを吸い込んだ。
ひとまず、当初の目的通りに明日も動けそうだ。
安堵しながら珈琲を啜っていると、ビオラがエイミーを呼んだ。
「のう、エイミー。背中の魔法陣をもう一度見せてもらえぬかの?」
エイミーがじたばたとしていたベッドに飛び乗ったビオラは、顔を上げた彼女にぐんっと顔を近づけた。
「魔法陣ですか? 構いませんよ」
「それと、聞きたいのじゃが、エイミーは今、いくつなのじゃ?」
「今年で十四です!」
そう返しながら、エイミーはシャツをぽいっと脱ぎ捨てる。
またビオラにとやかく言われないよう視線を逸らしたが、カップの中身に視線を落とした俺は、彼女の台詞を脳裏で反芻した。
聞き間違えでなければ、十四と言ったな。
十四といえば思春期真っただ中のガキだ。胸の膨らみだって発展途上だろう。しかし、その想像する十四歳の少女とエイミーの姿は合致しない。
二人を振り返った俺は「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げていた。
そこにいたのは、見た目、十九、二十歳くらいに見える半裸のエイミーだ。
今、目の前に曝け出されている姿は、未成熟な少女のものではない。大人と言って良いほどだ。その胸のふくらみも十分で──呆気にとられながら凝視していると、ビオラがこっちにブランケットを投げてきた。
「女子の裸体を凝視するでない!」
「……勝手に脱いだのはそっちだろうが」
「エイミーも、すぐ脱ぐのは感心せんの!」
「も、申し訳ありません」
投げられたブランケットの下で、どっと疲れを感じた俺は長椅子の背に体を預けた。
それにしても、今どきの十四歳とはずいぶん早熟なんだな。
花農家の三兄弟を思い浮かべると、男の方が色々と成長が遅いのだろうかと、少し疑問に思えた。三男レムスはエイミーと歳が近いのだろう。しかし、あいつの方がもっと幼く思える。
「こっちを向いて良いぞ。ラスも、魔法陣を見てみよ」
しばらくして、ビオラが声をかけてきた。
ブランケットを退けて再びベッドを振り返った俺は、あの赤い魔法陣を目にした。
何度見ても、白い肌に刻まれたそれは、痛々しい傷にしか見えなかった。
そのことを誰よりも知っている俺は、長年、その足取りを調べてこなかった。
必要とあれは家に戻ってくるだろうし、連絡がないのは元気な証拠って云うから、どこかで変わらず未踏遺跡を探しているだろうから。
案外、エイミーの情報を聞いて興味を抱いているかもしれないな。
そんな根なし草の様な師匠が今どこにいるかは分からなくても、組合を通せば何か情報を掴めるはずだ。
「俺から組合に、お前を師匠に預けることを打診する」
その提案に、もじもじと指先をこすり合わせたエイミーは、何か言い出しにくそうに口籠った。それを不思議そうに見上げたビオラが、どうしたのかと尋ねれば、彼女はちらちらと視線を彷徨わせた。
「あ、あの……もしも、もしもですよ。アドルフ様が私を弟子にしないと言った時は……」
「その時は、ラスが引き受ければよいのじゃ!」
「おい、勝手に決めるな!」
俺が声を荒げると、ビオラは口を尖らせて不満顔になる。
「お前が口を挟むと、ややこしくなる。黙っていろ」
「何じゃと! 妾はエイミーのことを思うて言っておるのじゃ!」
「そうだとしても、組合の都合は、お前にはさっぱり分からないだろう? レミントン家からエイミーを連れ出したいなら、俺に任せておけ」
はっきり任せろと言ったことに、ビオラは目を丸く見開いたが、仕方がないのと言って口角を上げた。
俺たちを交互に見るエイミーは、困り顔であのあのと繰り返している。それを安心させる意味も兼ねて、俺は「心配ない」と言葉を投げた。
「師匠は案外、人情に弱いからな」
「人情とは、どういうことでしょうか?」
「お前の話を聞いたら放っておかないだろう」
「何じゃ、ラスが案外お人好しなのは、師匠譲りということかの?」
けらけらと笑うビオラの横で、目を見開いたエイミーはしばらく思案すると、顔を真っ赤にして何度も頷いた。
別に俺はお人好しな訳じゃない。平穏に金儲けをする場を荒らされないよう、最善を尽くそうとしているだけだ。
「とにかくだ。エイミー、お前は組合に連れて行く。そして、俺の師匠に合わせる」
まあ、俺の勘が間違っていなければ、師匠の意思とは関係なく、預かることになるだろうな。
魔術師組合をよく思っていない魔術師だっている。特に青の魔術師連中が、あの魔法陣を知って力を手に入れでもしたら、大事になることは容易に想像できる。
そうならないためにも、彼女の保護はしかるべき人物がするべきだ。その適任者は、組合総本部長を除けばそう多くない。その一人が、うちの師匠と言う訳だ。
「ただ、約束できないこともある」
「何でしょうか?」
「レミントン家の行く末だ。組合は潰しにかかるだろうし、そうなると、お前の母親も──」
「それでしたら、ご心配なく! 母はすでに死んでいますから。私は学べる場があれば、家がなくなっても問題ありません!」
こともなげに言って笑うエイミーは、カップの中の珈琲を飲み干した。
「鬼才と謳われるアドルフ様にお会いできるなんて、考えただけでもワクワクします!」
まるで初デートを楽しみにする少女のように頬を染め、体を揺らしたエイミーはテーブルにカップを置いた。そこからステップを踏みながらベッドに向かい、その身を投げる。しばらくすると、何を妄想しているのか黄色い声を上げて枕を抱きしめた。
俺はもう一杯、カップにインスタント珈琲を作り、薄い香りを吸い込んだ。
ひとまず、当初の目的通りに明日も動けそうだ。
安堵しながら珈琲を啜っていると、ビオラがエイミーを呼んだ。
「のう、エイミー。背中の魔法陣をもう一度見せてもらえぬかの?」
エイミーがじたばたとしていたベッドに飛び乗ったビオラは、顔を上げた彼女にぐんっと顔を近づけた。
「魔法陣ですか? 構いませんよ」
「それと、聞きたいのじゃが、エイミーは今、いくつなのじゃ?」
「今年で十四です!」
そう返しながら、エイミーはシャツをぽいっと脱ぎ捨てる。
またビオラにとやかく言われないよう視線を逸らしたが、カップの中身に視線を落とした俺は、彼女の台詞を脳裏で反芻した。
聞き間違えでなければ、十四と言ったな。
十四といえば思春期真っただ中のガキだ。胸の膨らみだって発展途上だろう。しかし、その想像する十四歳の少女とエイミーの姿は合致しない。
二人を振り返った俺は「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げていた。
そこにいたのは、見た目、十九、二十歳くらいに見える半裸のエイミーだ。
今、目の前に曝け出されている姿は、未成熟な少女のものではない。大人と言って良いほどだ。その胸のふくらみも十分で──呆気にとられながら凝視していると、ビオラがこっちにブランケットを投げてきた。
「女子の裸体を凝視するでない!」
「……勝手に脱いだのはそっちだろうが」
「エイミーも、すぐ脱ぐのは感心せんの!」
「も、申し訳ありません」
投げられたブランケットの下で、どっと疲れを感じた俺は長椅子の背に体を預けた。
それにしても、今どきの十四歳とはずいぶん早熟なんだな。
花農家の三兄弟を思い浮かべると、男の方が色々と成長が遅いのだろうかと、少し疑問に思えた。三男レムスはエイミーと歳が近いのだろう。しかし、あいつの方がもっと幼く思える。
「こっちを向いて良いぞ。ラスも、魔法陣を見てみよ」
しばらくして、ビオラが声をかけてきた。
ブランケットを退けて再びベッドを振り返った俺は、あの赤い魔法陣を目にした。
何度見ても、白い肌に刻まれたそれは、痛々しい傷にしか見えなかった。
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